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1-3 青の時代<プロローグ>(3)

「舞彩亜さん、このあと、空いてます?

 ……その、ちょっと寄り道しませんか。

 話したいんで」

 

 え……。

 

 はぁ!?


 工の突然のお誘いに、舞彩亜は再びどぎまぎして固まっていた。


 予期していなかった、この通信制高校での再会。


(いや、「もし通信制高校が同じだったらおもしろいな……」とちょっと期待していたのは事実だが。しかし実際にそんなことになるとはまったく思っていなかった。)


 しかも前回初めて会ったときのように、「ミュージシャンとお客さんの関係」であるだけではない。

 これからは同じ高校の「先輩・後輩の関係」にもなるのだ。


 工は作家志望、インテリな香りのする男子。

 生意気なところもあるがやさしい心遣いも見せてくれる、ちょっとかっこいいなと舞彩亜には思えてしまう年下くん。

 こんなタイプの男子に出会ったことは、いままでの舞彩亜の人生にはなかったと言っていい。

 気になる存在だ。

 舞彩亜が混乱しないわけがない。


 これから工くんに、あたしはどう対すればええんやろか……?


 舞彩亜は、か細い声で工に答えた。


「寄り道はええけど……。

 なに、話って……?」


 工の表情はいつもと変わらず、いたって冷静に見える。


「え、たいしたことやないですよ。

 せっかくここで会えたんやし、雑談でもどうかな、って感じで」


「雑談……」


 おろおろしながらも、舞彩亜はとりあえずうなずいた。

 工は喜んだような微笑をわずかに見せて、教室を出ると舞彩亜に手招きした。


 工と舞彩亜の二人。

 教室に残っていたほかの新入生たちも、この二人の関係は気になってしょうがないようだ。

 みんな、二人が出ていくのをじっと見つめていた。


 舞彩亜の母親と工の母親も入学式に来ていたのだが、二人とも自分の親に「さっそく友だちができたので、近間でいっしょに昼を食べてから帰る」と言って、先に帰ってもらうことにした。

 舞彩亜の母親は、


「初日からさっそくお友だちができたなんて、舞彩亜にしては快挙ね。

 よさそうな学校でよかったわ! 

 あんまり遅くならないように帰って来るのよ」


と言って帰っていった。

 

 ……まあ、その前から知り合ってたんやけどね……。


 工の母親は、黒いワンピースを基調とした落ち着いた雰囲気の装いをしていた。

 工の言葉を聞くと、意外と感じたように目を見開いて笑顔を見せた。


「あなたが入学初日からお友だちができたなんて、めずらしいわね。

 やっぱり通信制高校って、ちがうのねえ……」


 そう言って、にこやかに帰った。


「……ふぅ、帰ってもらうことにはなんとか成功しましたね」


「あー……ええんやろかな、これで……」


 舞彩亜と工は外に出た。

 なんばの通りを歩きながら工が言った。 


「……寄り道、とは言ったものの、どこに行きましょうか。

 こないだライブの後に寄ったハンバーガー屋なら、ここから近いですけど」


「んー……。

 まあ、そこでええんちゃう……?」


 舞彩亜はまだ頭の中と心の中の整理がつかず、やや上の空の状態だ。

 それでも、工はそんな舞彩亜の様子に気づいているのかいないのか、冷静なままで答えた。


「そうしましょうか」


 二人は、あのときに寄ったハンバーガーショップに再び入ることにした。


 いまは平日とはいえ昼間だから、夜とはだいぶ雰囲気がちがう。

 人の多さはあまり変わらないが、とにかく明るい。

 昼間だから実際に光が明るい、というだけではない。

 いまは、そこに集う人々がみな明るく楽しくしているように感じられる。


 そんな中に放り込まれた、舞彩亜と工。

 舞彩亜は、昼間にハンバーガーショップに入るのが初めてなわけでもないのに、いまはなぜか慣れない居心地の悪さをおぼえてしまう。

 工といっしょ、というせいもあるからだろうか。

 でも、この間の路上ライブの後だっていっしょだったのに……。

 

 この間は夜だったから、二人だけでいても人目につかずに済む、そう感じられる安心感があった。

 しかし、きょうはまるで二人だけがステージの上にいて、天井からスポットライトに照らし出されているような気分だ。


「……舞彩亜さん、どうしました?」


 工の声に、舞彩亜はわれに返った。


「あ、いや……。

 なんてえか、いまは明る過ぎて、な……。

 こないだとちがって、なんかとまどう、っていうか……」


 工は、くすっ、とかすかに笑って言った。


「路上であんなに堂々と、人前で歌ってた舞彩亜さんらしくないですね。

 ……あっちの奥の席が空いてるから、あそこにしましょうか?」


 工の指さす方向、店の一番奥側に、ちょうど二人分空いている席が見えた。

 あそこぐらい人目につかないところなら、少しは安心できるかもしれない。


「あ、そやな……。

 ありがと、あそこにしよ……」


 ほかのひとに先に取られないよう、二人は足早に行ってテーブルに各々のタオルやペンシルケースを置き、席を取った。


「ふう……。

 工くん、なに食べる?」


 工はひと仕事終えたようにため息をつく舞彩亜を見て再び、くすっ、と笑った。


「席取っただけで、なにそんなに疲れてるんですか。

 ……ぼくはセットもの食べようかな」


「あたしもそうするわ」


 舞彩亜と工はレジカウンターに並び、順番を待った。

 やがて自分たちの番が回ってくると、工はえびハンバーガーのセットを、舞彩亜はチーズバーガーのセットを注文した。

 舞彩亜が工にツッコミを入れた。


「きみ、えびハンバーガーしか食わん主義か。

 こないだも頼んどったやん」


「そういう舞彩亜さんも、この間と同じやないですか」


「言われてみれば、確かに」


 二人は笑った。


 セットをカウンターで受け取ると、二人はテーブルにもどって来た。

 そして、各々セットの載ったトレイをテーブルに置くと、席に着いて急に神妙な顔になった。

 おたがいに手を合わせて「いただきます」と唱和した。

 こんなところに、舞彩亜も工も礼儀やしつけをしっかりと教えられるような家庭で育った子たちなのだ、ということが見てとれる。

 二人とも、おたがいに相手に対してそれを感じた。


 舞彩亜は気持ちが少し落ち着いてきたのだろう。

 コーラの入ったカップを持つと、それを顔の前に掲げて明るい調子で言った。


「……ほんなら、思いがけない再会を祝して!」


 工も舞彩亜の意味することに気づいて、バニラシェイクのカップを持つと前に掲げた。


「はい、そうですね。

 思いがけない再会を祝して!」


 二人がおたがいのカップを当てると、カップが、パカッ、と音を立てた。

 

 舞彩亜は、コーラの入ったカップのふたをストローごとはずすと、コーラを半分ほど一気に飲んだ。

 そして、ぷはーっ、とマンガのように声を上げた。


「……うっまー!

 はぁー……まあ、なんかいろいろと緊張してたから、やっとこれでリラックスできるわ!」


 工が言った。


「あらためて見ると舞彩亜さん、制服似合いますね。

 すごいかわいいです」


 舞彩亜は照れて、両手を工の顔の前にかざして工の視線をさえぎりながら言い返した。


「や、きみ、そんなに見んといて!

 ……工くんもよう似合ってるで、制服。

 男前めっちゃ上がってる!

 ……いや、ふだんから男前やと思うてるけど」


 工も舞彩亜の言葉に照れた様子で、ぺこりと頭を下げた。


「……ありがとうございます」


「おたがい、制服似合う同士でよかったな。

 せっかく入った高校の制服が似合わんかったら、目も当てられんしな」


 工は、ぷっ、と吹き出した。


「舞彩亜さんって、ほんとおもろいですね。

 不思議キャラやな、いろいろと」


「……どこが?

 きみのが、ずっとおもろいし不思議キャラやろ!

 あたしは、ふつうや」


 あはは、と工は声を上げて笑った。


「舞彩亜さんがふつうの女の子とは思えません。

 でも、そやからいいんです。

 舞彩亜さんには、ほかのどの女の子にもない個性がありますよ。

 そこが、ぼくが舞彩亜さんを好きな……」


 そこまで言って、工は急に口をつぐんで赤くなった。

 舞彩亜はその言いかけた言葉を聴き逃さなかった。

 びくっ、として頬を赤らめると、工を問い詰めた。


「……え、なに?

 いまなんて言った!

 最後まで言うて!」


 工は顔を赤らめたまま、シェイクのストローを口に含んでもごもごと言い訳した。


「いや、あの、それは……。

 まあ要するに、舞彩亜さんには唯一無二の個性があって、魅力的だと……あ、人間的にです、ということを言いたかっただけです!

 以上!」


 舞彩亜は、あわてて恥ずかしそうに弁明する工の顔を眺めながら思った。


 ……かわいいな、コイツ。


 それと同時に、こんな気持ちにもなった。


 ……彼って、どう思うてるんやろな……あたしのこと。

 気になるわ……。

  

 そして、そんな自分の気持ちに気づくと、またいっそう赤くなった。

 あわててチーズバーガーにかぶりつき、そしてコーラを飲んで自分を冷やすと、工に尋ねた。


「えーと、なに話す、雑談?

 工くん、なんか話題あったら振ってえな。

 あたしにまかすと、あたしボサノバの話しかせえへんで」


 工もえびハンバーガーを食べながら、シェイクで自分を冷やして落ち着かせようとしていた。

 舞彩亜の言葉を聴くと、ストローから口を離して、しょうがないな、とでもいうように小さく笑った。

 そして、ふぅ、とひと息ついてから舞彩亜に言った。


「えと、入学式のあと、女子の人と話してましたよね。

 青と灰色の、派手な髪色の人」


「ああ、七海(ななみ)さんね。

 望月七海(もちづきななみ)さん。あたしと同じ2年。

 バンドやっててエレキギター弾いてるんやって。

 きみが大岡先生に、あたしが音楽やってるって話してたやろ。

 それ聞いて声かけてきたみたい」


「そういうことですか。

 確かに、見た目からしていかにもロックバンドやってる感じに見えましたね」


「うん、そう。

 あしたまた会えるみたいやけど、いい友だちになれるとええなー。

 音楽のジャンルはちがうけど、なんかあの子とは話せそうな気がする」


 工はうなずくと、真っすぐな目で舞彩亜を見つめて言った。


「なれると思いますよ、いいお友だちに。

 二人で話しているところをはたから見てて、波長が合ってる感じがしましたもん」


「なんやそれ、どういう意味や。

 まあええわ、工くんもそう思ってくれてるのなら、いっそう心強いというか。


 そういえば、工くんも聞いてたと思うけど、あしたから新入生向けに部活のオリエンテーションがあるそうなのやんか。

 この学校、軽音部があるんよね。

 七海さんも入るのかなあ。

 そやったら、あたしも入ろかな、軽音部。

 ボサノバ部とかは、あらへんし……」


 工が、ふっ、と微笑して言った。


「そうですね。

 軽音部は人によってジャンルもいろいろでしょうから、舞彩亜さんにとってもちがうジャンルの音楽が聴けるし、いい刺激になるかもしれないですよ。


 ……ぼくのほうは、文芸部がこの学校には存在しないんで、どこかの部活に入るとしたら、たぶんアニ研ですかね。

 この部活紹介のパンフ見ると、「アニメ・イラスト・マンガ・ゲームなどの研究部」ってことなんで、ジャンルはちょっとちがいますけど、まあラノベとかも範疇には入ってるでしょうし、興味・関心の方向が近い人がいる可能性はあるんで、とりあえず所属しといて損はないかな、と」


 舞彩亜はうれしそうな笑顔を見せて、元気にうなずいた。

 期待にはずんでいるような様子だ。


「ええやん、ええやん!

 あたし、アニメとかゲームとか、そっち系はうといから、工くんがアニ研に入るならきみにいろいろ教えてもらお!」


「舞彩亜さん……そういう、ぼくを便利屋みたいに……ま、いいですけど」


「そうや、あしたも七海さん来るって言うてたから、工くんにも七海さん、紹介するよ」


「はい、そうしていただけるとうれしいです。

 ぼくはロックも聴きますから、話はできると思いますし」


「そなんや!

 ……きみ、ほんといろんなこと知っとるなあ。

 さすが作家になりたいだけあって!」


「それ、そんなに言わんといてください、恥ずかしいんで」


「なんで?

 ぜんぜん恥ずかしいことないで。

 かっこいいことやと思うけどな、小説書いてて作家めざしてる、って!」


 工は両手で頭を抱えてうつむくと舞彩亜を上目遣いで見つめ、小声で言った。


「舞彩亜さん……。

 作家をめざすって、そんなもんやないです!

 ぜんぜんかっこよくないですよ。

 世の中、何人ぐらいいると思います、小説書いてて作家志望です、って人?

 投稿サイトを見ても、そこに小説を投稿してる人はあふれかえってます。

 でも、実際にプロの作家になれるのは、その中の1%にも満たないですよ。

 つまり、あとの99%は書いてた、作家志望だった、だけどなれなかった、って人なわけです。

 ぼくもそっちの99%に過ぎないかもしれませんし……」


 舞彩亜は工の話を聴きながら、不服そうに工を見つめていた。

 そして、急にがばっと前のめりになると、工に覆いかぶさらんばかりになって顔を近づけた。

 工はびっくりしてのけぞったが、舞彩亜は工に顔を近づけたまま、真剣な表情で話した。


「……待て、工くん!

 きみがその1%に入ってない、という根拠がどこにある?

 あたしは小説のことはなんにも知らんけど、作家になる人って、みんな才能があって、いや、それよりも絶えず努力し続けて、その結果なっているのやろ?

 きみは作家になりたいと思ってて、いま実際に書き続けてる。

 努力をし続けてるやん!

 そやったら、あきらめずに努力するべきやと思う。

 

 あたしの場合、やってることは音楽やから、いろいろとちがうかもやけど、しかも超マイナーなジャンルのボサノバではあるけれど、でもあたしも絶対にあきらめずにがんばるつもりや。

 才能があるかどうかはわからん。

 でも、全力でがんばれば結果はあとからついてくる、そう思うことにした。

 なんでそう思えるようになったか、わかる?

 工くん、きみのおかげや。


 こないだのライブで、工くんがあたしを応援してくれたやないか。

 あんとき、工くんが励ましてくれなかったら、あたし折れそうやった。

 でも、工くんのおかげで、またがんばる気になった。

 「絶対あきらめずにがんばるぞ!」って決意できた。


 そうやって工くんから力をもらったから、今度はあたしが工くんに力をあげたい。

 ……工くん、きみは絶対に作家になるべきや。

 そして、いい小説をいっぱい書いてほしい。

 

 まだきみの小説をひとつも読んでないあたしが言うのも、おかしいけどさ。

 でも、きみとこうやって話したり、路上ライブのときにきみがあたしを応援してくれたり、いろんなことにきみが気づいたりしてくれてたりしてるのを見れば、きみがすごく賢くて、強い意志を持ってて、でも同時に繊細で、やさしい心の持ち主だということはわかる。

 そういう人なら、絶対いい小説が書けるはずや。

 そやから、いい小説を書いて、いい作家に絶対なってほしい!


 ……小説のことをなんにも知らんあたしやから、的外れなこと言ってるかもしれんけど。

 でも、工くんの夢を絶対に実現してほしい。

 これが工くんに、あたしが願ってることや。


 きみのこと、あたし本当に信頼してる。

 そやから……」


 舞彩亜はそこまで一気に言って、はぁー、と息を切らした。

 その頬はまだ紅潮していたけれど、それは恥ずかしさのせいではなかった。

 大切な人に全力で心のうちをさらけ出した、その興奮のせいだった。

 そして愛おしいものを見るようなやさしい、輝く眼差しで工を見つめた。


 工は、ちょっとあっけにとられたようにしばらく舞彩亜を見つめていた。

 やがて、彼女の眼差しがまぶしいかのように目をちょっとそらし、静かな声で言った。


「……ありがとうございます。

 うれしいです。

 とても、うれしいです。

 舞彩亜さんのいまの言葉で、がんばろう、って気になりました」


「そう?

 よかった……」


 舞彩亜は工を見つめたまま、うれしそうに笑った。

 工も再び舞彩亜と目を合わせて、はにかんだように笑った。


 二人の話題は、次の路上ライブをどうするかという話に移った。


「……高校の場所もなんばになっちゃったからさ、ちょっとこの周辺で路上やるのはマズいかな、って。

 ライブやってる最中に先生とかほかの生徒に見つかってもアレやし、ね……」


 工が腕組みをして、しばらく考えている様子で聴いていた。

 やがてスマホを取り出すと、なにか調べ始めた。

 そして数分後、そのスマホの画面を舞彩亜の目の前にかざすと言った。


「……こういうのがあるんですけど、どうですかね。

 FMラジオ局が梅田のショッピングモールとコラボして、モール内の広場でライブしてくれるミュージシャンを募集しているんです。

 オーディションがあるんですけど、舞彩亜さんのスキルなら絶対イケるんやないですか?」


 工が見せてくれたスマホの画面には、FMラジオ局と梅田の大型ショッピングモールの提携による、モール内スペースでのライブに出演するストリートミュージシャン募集のWebページが映し出されていた。

 じっくりとそのページを見た舞彩亜は、ごくり、と息をのんだ。


「こんなのやってるんや……。

 出たい、これ出たいわ!

 ……工くん、サンキュ!

 あたし、これ応募してみる!」


 工はうれしそうにうなずいて応えた。


「ぜひ、応募してみてください。

 絶対イケますよ。

 それに、これなら合法の路上ライブですから、友だちも呼べるし、先生に見られても問題ないです!」


「確かに!」


 しかし、舞彩亜は工のスマホから顔を離すと、考えこむように視線をずらして言った。


「……でも、梅田かあ……。

 梅田なんて上品な大都会、あたしには似合わん気がする……」


「なに言ってるんですか。

 そんなこと、あるわけないやないですか!

 舞彩亜さんの音楽は、どんなところでだって輝きます!」


 舞彩亜は工の顔を見つめた。

 そのとき、入学式で工が大岡先生に自分たちの関係を「友だち」と言ったことを思い出した。

 

 あれを聞いたときは最初、微妙な言い方やと思うたけど、でも、うれしいとも感じた。

 そんなふうに親しく思ってくれてるなら、って。


 でも、ちがう、それだけやない。

 彼は、本当にあたしの大切な、大切な友だち、いやそれ以上のなにかになってくれる人なのかも……。


 そして、なんとも言えない表情に自分がなるのを感じた。

 うれしさ、恥ずかしさ、重いほどの感動……。


 工も、舞彩亜のそんな表情を目にした。

 そこになにかとても深いものを感じて、彼も思わず赤くなった。

 そして、それをごまかすようにこう付け加えた。


「……あー、いや……。

 それにボサノバはもともと都会の音楽ですから、梅田みたいな大都会こそボサノバは絶対似合うかと……」


 すると舞彩亜は、やさしい笑顔になって工に応えた。


「……ありがと。

 そう言ってもらえるのは、すごくうれしいよ。

 とにかく、がんばってみる!」


 そして舞彩亜は唐突に、工の前に右手を差し出した。

 工が顔を上げると尋ねた。


「……え、なんです?」


 舞彩亜はまだ頬を染めながらも、今度は真っすぐに工を見つめて、きっぱりと言った。


「工くん、いろいろとありがとう。

 そしてこれからもよろしく。

 あたしら、友だちよね!

 先輩・後輩っていうより、友だち。

 きみがそう言ってくれたから、あたしうれしい。

 これはその友だちとしての、そして同じ高校の生徒同士としての、あらためてのあいさつ!」


 工はしばらく舞彩亜の差し出した右手を見つめた。

 あのボサノバのバチーダ奏法*で強く、そしてしなやかなリズムを奏でる舞彩亜の右手は、それほど大きくはないが指は長く、筋肉が引き締まっていてたくましく見えた。



 *バチーダ奏法:

 ボサノバギター特有の奏法。右手の親指でベース音を弾きながら、人差指、中指、薬指でコード音を弾くことにより、歯切れよいボサノバのリズムを生み出す奏法のこと。



 工は自分の右手を差し出し、舞彩亜の手をしっかりと握った。

 その瞬間、工の手に包まれた舞彩亜の右手の内側が、強く脈打ったように感じた。

 そして、初めて握る舞彩亜の手はたくましくて、しかし同時に繊細で、やさしくて、暖かかった。

 それは思った以上に小さな手だった。


 工は感じたものを秘めながら、舞彩亜に応えた。

 

「わかりました。

 ぼくからも、これからもよろしくお願いします、舞彩亜さん。

 ……おたがい、新たな出発ですね!」


「うん!」


 こうして、二人はしっかりと手を握り合った。

 そして見つめ合った。

 

 これからすべてが新しい始まり。

 いろんなことが、うまくいきますように……。


 舞彩亜も工も、心の中で同じように願いながら、おたがいの手を握り続けた。

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