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「……ってことだから」
俺は兄貴に教えてもらった話と書斎の本を元に、隣りで興味深げに話を聞いていたヤツに、今し方話した。今日はいよいよ来ないでほしかったハロウィンだ。急いで家に帰らないといけなかったけど、その前に話しをすることにした。
「なーるほどなぁ。そうだ、トリック・オア・トリートの起源はなんなんだ?」
「キリスト教の伝道者が民家に来て、パンをくれたらその家で亡くなった人を供養してやる……ってヤツだな」
「おぉ!『お菓子くれ!』はキリスト教絡みか!」
すると彼、南波秀志は目をくわっと見開いた。知りたがりのヤツの目はらんらんと輝いている。相変わらずリアクションがデカい。そんな友人を見ながら、その上にまさにクラゲのように漂う煙羅煙羅が通り過ぎるのを感じた。そこで南波は満足そうにうなずくとニヤリとこっちに向いて笑った。
「おっけーおっけー!」
ぽんぽんと肩を叩いてくる彼に少々ムカつきながらも我慢した。
「このことを愛しの真帆ちゃんにも伝えといてやるから安心したまえ☆」
ああ……なんで非常によくこいつにムカつくのかわかった。あの兄貴とテンションが似てんだ。さらにその人をムカつかせる笑顔が余計だよ。俺は冷たい視線を彼に送ってやった。
「それはありがとよ、南波」
するとあいつは俺の気を感じて肩から手を外すと、アメリカ人みたく両手を上げてあたかも「僕が何かしたかい?」と言いた気な表情で肩をすくめた。
「ま、感謝しろよ? 真帆の従兄弟である俺がいたからこそ接点あるんだからよ?」
悪戯っ子のような嫌な笑みをうかべるヤツ。なんでこいつが真帆の従兄妹なんだよ。
「できればその言い方をやめてくれたらもっと感謝するんだけどな?」
「トモ君テレちゃって~♪しかも何気にさっき他人行儀に南波って呼ぶし~。」
キモいぞおまえ。
「あんまつっつくなって、秀。つか、智紀変な顔!」
すると横から曽根聡明が笑いながら言った。幼馴染で俺の家の一族の体質を知る、今んところ一般人の中では唯一の友達。トシには色々と相談にのってもらったり結構感謝している。そんなトシにまでからかわれたら、なんだかムカつくと同時にちょっとへこむ。爆笑中のトシに憮然として彼の方を見ると溜め息をつく。
「トシ、言うなよ。お前まで」
「いや、俺はからかうつもりはないから」
トシは俺の口調に何か察したのか取り繕うように言った。うん、多分殺気に近いものを送ったからそれだろう。でも俺にはわかる。トシ、お前やっぱおもしろがってんだろ?目が表情とは裏腹ににやけてんぞ。すると妖怪モマが通り過ぐそばを、ナンちゃんが心外そうに首をかしげながら話してきた。
「んー? 俺も曽根ちゃんと同じでからかったつもりはないぞ? トモが義従兄弟になるかも知れなくて嬉しいんだって」
「や……飛び過ぎだろ、ナンちゃん」
「だなぁ。智紀と真帆ちゃんは彼氏彼女になったばっかだし」
「でも何気に真帆にラブなトモ君は、中学受験で会えない真帆に甘甘なんデス★」
秀、ばっちりウインクなんてすんな。
「うはあ!智紀すげぇ」
「トシてめぇ、しっかりちゃっかりからかってんじゃねーかよ!」
なんか俺、ナンちゃんと親戚になるのはごめんだ。赤面しながら怒りをこらえていると、さらに秀はにこにこしながら再びぽんっと俺の肩に手を置いた。
「まぁまぁ!これからも楽しませて頂きまっせ?」
そのままじゃっと手を上げると、秀は颯爽と道の向こうへとかけて行った。まるで嵐のように。そんな彼をトシは腰に手を当てて見送っていた。
「はは、悪気ないからタチわりぃな、あいつ。な、智紀?」
悪気があるお前もタチ悪いよ?
こちらを見るトシに俺は心中つっこんだ。このままやられっぱなしは嫌だな。なんつーか、遊ばれてるっていうかなめられてる? まぁ、ほんとに親戚同士になるって本気に思ってないけど、いつかナンちゃんにも教えるだろうな、この妖怪を呼び寄せる体質のこと。そん時は覚悟しとけよ? 俺はほくそ笑んだ。
「……ああ、楽しませてやるよ。しっかりとそのうち妖怪地獄を……な」
「……お前も難儀な体質でご愁傷様だな」
するとトシがいたわるような視線を送ってきた、今度は本気で。妖怪がらみのことで彼はからかわない。なぜならずっと俺の近くで住んでてもちろん、必然的に妖怪を見る回数は一般人より多いからだ。そしてなにより、小さい頃よく妖怪らに『遊ばれていた』という理由もある。その度俺が『仲裁』兼『身代わり』になっていたもんだ。……ああ、ダッシュ婆が追いかけてきたときはマジで死ぬかと思ったなぁ。
トシにとって妖怪は今では恐れる存在ではないが、たまにその時を嫌な思い出として思い起こすらしい。
「ありがとう。トシだけだよ、わかってくれんの。別にわかってくれんでもいいけどあいつの場合、傷を見事にえぐってくれるからなぁ」
さっきトシが真帆のことでからかったことは許して、俺は苦笑した。
「ちなみに真帆ちゃんは妖怪事情知ってんの?」
「うん、ステキだってさ。面白いだろ?」
「……へー」
不思議そうに顔をこちらに向けながらトシは言った。トシにしたら信じられないんだろう。俺でも真帆はすごい奴だと思う。なんたって俺でも引く妖怪を「キモかわいい」だの「やんちゃで面白い子だね」などと言ってのけたんだ。真帆はどうも妖怪だけじゃなくてみんなに好かれるタイプらしい。おそらくいろんな物を受け止められる性格がそうさせるんだろう。変わってるけどそれが彼女の良い所でもあって正直、好きになった理由のひとつでもあるんけどな。
ああ……
真帆に会いたくなってきた
「今夜は忙しくなるなぁ、だりー」
「あ、今日かなり出てくんの?やっぱり?」
トシはちらっと横を見ながら言った。そこをのっぺらぼうの9歳くらいの男の子がうきうきしながら走っていっていた。
「ばっちりな。ま、俺の無事を祈っといてくれよ。」
「……そっか。……死ぬなよ!友よ!」
聡昭は微笑むとぽんっと智紀の肩に手を置いた。無言で意をくむ俺。するとふと思い出したように、トシは普通の表情に戻ると言った。
「つか智紀」
「ん?」
「ってことはお前はいけないんだな、今日の――――」
ちょうどそこでばっさあと、頭上で八咫烏が飛行していった。
「え? なに? もっかい言って」
俺はトシがなんて言ったのか全然聞こえなかったから聞きなおそうとしたが、そこではた、と思い起こした。あたりは薄暗くなり始めていて、もうすぐ妖怪達がいっきに来始める、黄昏時だ。兄ちゃんには黄昏時前に帰ってくるように言われていたことを思い出した。
「……て、やべっ。ごめん、俺急ぐわ。じゃっ!」
「え、ちょ……」
トシがなんて言ったのか気になったけど、別れを告げて急いで家まで走った。
兄ちゃんに怒られる!