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番外編ですが、短編には少し長い気もするのでこちらにのせます。
「なぁ、兄ちゃん」
「なんだ、弟よ」
俺は秋らしいのか夏らしいのか、抹茶アイスを食いながら兄ちゃんの後ろにあるカレンダーをさした。今日は日曜、学校は休みだ。だから家でゆっくりくつろいでいる。そばにはすねこすりが気持ちよさげに俺の左足をはさむように二匹、くるまっている。見た目はネコみたいでかわいいけど、大きさは小型犬と変わらないからちょっと……邪魔。
「もうすぐハロウィンだろ?」
「……そうだな」
一瞬憂鬱そうに顔をゆがめる兄ちゃん。ああ、嫌なこと聞いちまったな。ごめんよ。
俺の兄貴はハロウィンがあまり好きじゃない。盆や彼岸もあんま好きじゃない。理由は…まぁ家の事情ってやつだな。長男じゃなくてホントよかったよ。特に仕事を請け負わなきゃなんねーし。まぁ…俺も関係なくもないし、基本的に盆やその類は好きじゃないけどな…。
「ごめん、けど友達がさ、聞いてきたんだよ」
「ほぉう? トモダチがなんだぁ?」
さっきとはうって変わってものすんごい笑顔。友達とは誰の事を指しているのか、兄ちゃんは察しがついたようだ。そんな俺らを見て座敷ワラシのななとが興味深げに倉ワラシとこそこそ話しているのが聞こえる。チクショウ…バレんなよ。俺は舌打ちをすると嫌味な笑顔を向ける兄に話した。
「ハロウィンってさ、なんであるんだ?」
「はっ!」
兄ちゃんは鼻で笑うと目線を宙に投げて憎々しげに笑った。
「オレが知りたいね。」
「いや、起源を知りたいんだけど。」
「キゲンだ~?今のオレの機嫌はすこぶる悪い。」
「ボケはいらん」
アイスの棒を袋と一緒にそばのゴミ箱に捨てると、俺は兄ちゃんを見た。
俺らは代々、妖怪や霊の類の専門家だ。とは言っても退治したり、お祓いするわけじゃない。ただ一般人より妖怪のことに詳しく、ただ一般人より妖怪や魑魅魍魎を視ることができる一族ってなだけ。つまるところ妖怪類の学者の血筋だ。
どうして俺らのご先祖様はこんな……ことになったのかわかんないけど、遠い昔、それこそ本家本元の妖怪万屋と言うのやら陰陽師やらと友達だったらしい。そいつらに感化というか、環境適応というか、生きるためというか仕方なく、一般人だったはずをざあっと妖怪に関しての知識はすべて頭に叩き込まざるを得なかった事情が発生らしい。というのは、その友達とともにいると自然とよく妖怪に遭遇してしまう上、どうも妖怪らに狙われやすいタチだったからという。というか狙われる糞食らえな体質になってしまったんだ。
そしてその時以来、その子孫らにはそいつのどうしようもねぇ、糞食らえな遺伝が伝わってしまった。その可哀想な子孫というのがオレらのことだ。よく言えば妖怪や霊に好かれたり懐かれる、言葉を変えれば寄せつけ狙われてしまうという無慈悲な遺伝だ。なにせ退治なんて出来ねーんだ。襲われそうになったら自分達では『逃げ』ではなく、『説得』という手段しかない。妖怪にとって俺らの気配はすぐに見つけやすいらしいから。
特にこの時期、盆や彼岸などを俺らが嫌うのは奴らがわんさか出現するっていう事情からだ。ハロウィンももちろん例外ではない。そんなことから俺らの家では小さい頃から、その類の知識を習慣的に勉強することになっている。特に俺達兄弟は親戚の中でもトップで妖怪を惹きつける体質。妖怪の知識の叩きこまれ方が半端ない。更に兄ちゃんは次期正岡当主なんて肩書を貰っちゃってりするほど、親戚で一番妖怪に狙われる超体質。俺よりことさらに妖怪学について学ばされている。
だから俺が知らなくても兄ちゃんはおそらく、ハロウィンの起源くらい知っているだろう。あ、ちなみに俺がハロウィンの知識に疎いのはまず先に日本の妖怪学を叩きこまれて、そっちの知識はまだだから。
「……あ~、面倒い」
なのにもったいぶる兄。本当にだるそうに肩をぼきぼきならした。というよりおっさんくさい。
「そう言わずにさ。錦ちゃんならもったいぶらねぇくせに」
「まぁな! 錦のためなら火にでさえ飛び込む。いや、濡れ女や疫病神の大群に飛び込んでもいい」
敬愛する幼馴染みが住む隣りに、熱い視線を向ける兄の瞳は真剣そのものだ。ちなみに実際にしかねないほどマジだ。いつも思うけど、そんな兄貴のアタックに耐えられる錦ちゃんはすごい。毎度錦ちゃんの苦労が垣間見える一瞬である。
「……てか古いし、むしろ……ほんとに、死ぬよ?」
ぼそっとつぶやくと、噂をすればなんとかやら、丁度窓の向こうに錦ちゃんが小さなジョウロを持って現れた。
……なんてタイミングだよ、おい。
そばで「オレの愛が伝わったか!?」などとのたまう兄を呆れて見つつ、向こう側の彼女に会釈した。彼女もこちらに気付いて、ぱたぱた手を振るななとと俺に向けて、普段は何事にも動じず冷静ですました表情を和らげた。これは彼女なりの微笑だ。
「で……兄ちゃん?」
再び部屋に戻るお隣りさんを見送り、兄を見ると案の定彼のまわりに花が咲いていた。いつものことながら馬鹿だ。恋馬鹿野郎がここにいる。しかも10年越しの片思いという年期もの。
いい加減そんな兄にも慣れてきたけど、なんというか幸せなやつだなぁ、兄貴はとつくづく思う。姿を見ただけで幸せな気分になれるんだからなぁ。なにか奇跡が起こったとして、兄ちゃんと錦ちゃんが付き合うことになったらいったいどうなるんだろう。……この上ないほどウザいオーラをまきちらすことだろう。
もう諦めるか……めんどくさいけど父さんの書斎に行けば詳しい本あるだろうし
少し残念に思いながらその場を離れようとすると、急に兄に呼び止められた。
「なんだよ?」
振り返るとにこにこ顔で窓から顔を上げた兄ちゃんがベッドの上に腰をかけていた。今まで言わなかったけど、ここは兄貴の部屋。俺の部屋は隣り。錦ちゃんの家をしっかりと眺めることができる、ベストプレイスな兄の部屋だ。兄ちゃんは俺にイスに座るようにあごをしゃくりあげた。黙ってそれに従う俺。
「ハロウィンの起源な……」
「あ? ……ああ」
なんだ、教えてくれるのか。ならもっと早く教えろよ
いろいろと思うことがあったけど、そのままその言葉を心ん中にしまいこむと、兄ちゃんの気がそげる前に話に耳をかたむけた。
「元来、言うなればアイルランド、スコットランドのケルト人で言う、盆と正月みてぇなもんからきてんだよ。今はカトリックの習慣が混ざってるけどな」
兄貴は足を組むとつらつらと話しだした。
「ケルトの風習では11月1日が一年の始まりで10月31日は一年の終わり。で、その一年の終わりの10月31日に死者の霊が家に来たり、精霊や魔女が現れると言われてんだ。っていうのはこの時期はこの世と霊界との間に目に見えない「門」が開いて、この両方の世界の間で自由に行き来が可能になるから、ということらしい。ま、実際そうなんだけどな。だから身を守るため昔のケルト……アイルランド人は仮面をかぶって、魔除けに焚き火をたいた。そんな習慣が開拓時代にアメリカとかカトリックに伝わり混ざって、今のハロウィンになったっつうことらしい」
「ほー」
俺は兄貴に相づちをうった。そっか、ケルトが起源だったのか。確かにケルトには妖怪ていうか精霊、妖精や神話の類が有名だったよな。
「……てか思ったんだけど、もし日本が開国してペリーさん来なかったらハロウィンなんぞなかったんじゃね?」
ふと、思ったことを言うと兄ちゃんはにっこり笑った。
溜め息をついておでこに右手を当てる。
そして左手でいきなり枕を殴った。
ちなみに兄ちゃんは左利きだ。
「……っそーなんだよ! ………あの×××っ!!」
いや、それは暴言だ。外で言うのやめなよ兄ちゃん。
なにやら信者さん達が聞いたら殺されそうなことを言い放った兄ちゃん、俺はかわりに心の中で謝っておいた。
「……まぁ、あとは父さんとことか『図書室』の「ケルト民俗」辺りの本をざぁっと読んどけ」
「うん、サンキュ」
「いや、読めよ? つか、そろそろ基礎から脱皮して詳しい資料も読め。13歳過ぎた頃からアイツらさらに寄ってくるからな」
「ほいほい」
俺はそう言うと背伸びをして、ばたばたさんがはしゃいでいるのが聞こえる地下の書斎、別名『図書館』へ向かった。……あそこ資料とか調べるのにいいものがいっぱいあるんだけど、妖怪の邪魔が入ったり、詳しすぎることが多いのが難点なんだよなぁ。ある程度兄ちゃんに話聞いといてよかった。