◇5
「てか、お前何してんだ?」
「カボチャ野郎に変装☆」
親指を立てて、おそらくウインクをするナンちゃん。
「いや……だからなんでそんな……まさか」
目前の誰かの家の塀に、なにかしら広告のようなものが張ってある。その紙には黒猫と魔女、フランケンシュタインなどの怪しい西洋妖怪が描かれていて、俺ンジ色の大きな文字が『町内会合同ハロウィン祭☆』と主張していた。
「ん? 町内会のハロウィン祭だよ。知んねぇの?」
んなのやんなよ町内会。どうせ俺は忙しくて菓子ももらえないのに。
頭を抱えたくなった。
「………今思い出したよ、こんちくしょう」
そばをちゃんころりん石が小さく「ちゃんころりんちゃんころりん」と言いながら通り過ぎていった。ナンちゃんはまったく気づいてない。
……ってそうか。
俺はさっき会った少年らのことを思い出した。あの人らは吸血鬼に仮装してたんだな。そうだよな、普段着なわけないよな。少し、冷静さを取り戻した智紀であった。すると、俺が家の手伝い(よく妖怪関係の用事の時はこう言い訳している)でハロウィン祭に参加できなくてイライラしてると勘違いしたのか、ナンちゃんはお菓子でふくらんでいる袋からチョコレートを出して、俺にそれをにぎらせる。
「ま、お前の分もトリック・オア・トリートやってやるから頑張れよ!」
違うんだけどなぁ……いっか、腹空いてたし
「……まぁ、サンキュ」
「だいじょーぶ! 明日お前にも分けてやるからよっ」
にかっと笑うナンちゃん。結構いい奴かも。
するとふと、なにかを思い出したような表情をすると、ナンちゃんはじーっとこちらの様子をうかがうように見た。なに?と顔で言うと、まーいーやとナンちゃんがつぶやくのが聞こえた。
「そうそう。ちなみに真帆も仮装してきてるぞ?」
なに?!
真帆が!?
思わず目を見開くほど驚いてしまった。確かに、いかにも真帆が参加したがりそうな企画だけど…。受験勉強の息抜きに参加しているのかもしれない。会いたいけど……むしろ俺、仕事中でそれどころじゃない。
ぬ、
抜け出してぇ
多少メールや電話はしてるけど、なにせ最後に会ったのは7月の終わり。三ヶ月前だ。そろそろ会いたいなぁと思っていた矢先なのに、俺にとってこの事実はかなりキツイ。
「残念だなぁ。真帆に会えなくて?」
一瞬、からかいモードになりかけていたが、おそらくあらかさまに愕然とした表情を出した俺を哀れんで、ナンちゃんはその言葉だけにとどめた。逆に落ち込むんだけどな?それって。
そんな俺を「んじゃ!菓子をもらいに行ってくるわ!」とだけ言い残し、足軽にナンちゃんは去っていった。不機嫌になりながら後ろを振り向くと、そこにはナンドババがニヤリと笑っていた。こいつも今の話を聞いていたんだろう。
「ひゃひゃひゃ! 可哀そーに!」
「残念、無念、また来週?」
「いやいや、正岡のぼうずは来週どころか何ヶ月も会えぬのだろう?」
「うひゃひゃひゃ!」
「この子も子どもなりに、いっちょ前におなごをつかまえて。やるねぇ」
「哀れだの~」
「ははははっ、ですね~」
「このわっぱは面白いねぇ。飽きないですむよ」
「その女の子にぜひ会ってみたいね。きゃーって叫ばしたいなぁ」
「むしろこの少年の反応のほうが面白そうだ」
「ケケケケ」
見計らったようにぞろぞろと出てき、口々に勝手にしゃべり始める妖怪達。管狐に貒の吟太郎さん、へー……ヤウシケブさんまで言うんだ。少し、ムカついてきた。
「今からさらいに行こうか?」
「いー加減にしてくれないかな……」
俺は彼らを見ると、つぶやいた。
途端、妖怪達は動きを止めた。
ただならぬ気配を感じたからだ。恐る恐る、妖怪達がその気配が発する元へ視線を向けると、智紀が静かに、ただ立っていた。しかし、そのまわりにただよう、すべてが静寂に包まれる緊迫感、全身に鉛の枷と重りをつけられたような重圧は、妖怪にとって息苦しさ一抹の畏怖を感じさせていた。
「じじょーだんじょーだん」
ヤマアラシがすんでのところで裏返らなかった声で明るく言った。
しかし
それは智紀にとっては逆に、ふざけているようにしか受け取れなかったのである。
彼はゆっくりと妖怪達の前に出た。
「お前らいっぺん……」
「はいはい、そこまで。智紀も物騒なこと言おうとしない」
いつの間にか、焚之助が智紀の後ろに立って、両手を彼の肩にのせていた。そばには覚が両手を頭の後ろに置いて、様子を見ている。
途端、場の空気がやわらいだ。
「だって……だってさ……」
智紀は下を向いたまま、焚之助と向き合う形になると、顔を彼の腹にうずめた。
そして……
「人がさっきから気にしてることをべらべらべらべらとつっついては人をコケにしやがってつけあがんじゃねーよこんにゃろう万歩ゆずって俺ら正岡にちょっかいだすのは許して一般人に手ぇだすな!特に真帆に!伊成さんにしばきあげてもらうか依理さんに呪いかけてもらうぞこらぁ! ……と心ん中で思うだけでこれでも我慢してたんだよ」
「まぁ……落ち着け」
少々引き気味の焚之助。彼はなだめるようにだきよせ、智紀の頭をなでた。完全に子ども扱いである。
「悔しいけどまだ俺はそこまで冷静になれるほど大人じゃないんだ。」
「うん、そうだね。」
……フォローしてくれよ
つか、この手はやめてほしい
「しかも俺、何気に兄ちゃんみたいに恋人煩悩になりかけてるってとこもなんだか嫌だし」
「……仕様がない。兄弟だからな」
……焚之助の発言が一番イタイ
あきらめろと言わんばかりの爽やかな笑顔に、俺はがっくりと肩を落とした。真実は時として残酷だな。泣きたくなった智紀であった。