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耳をすましていると酒呑童子が話しているのが聞こえた。
「なぁ、人間のとこへ行っちゃわね? 退屈でさぁ」
「おらも行きてぇ、むしろ行こう」
一反もめんの言葉に鉄鼠が口をだした。
「正岡のわっぱが文句言うでろーな」
「ああ、別にいいじゃん。正岡があわてるのを見てるのも面白そ」
「だなぁだなぁ」
「ちょっ……待て!」
俺は毛倡妓と目くらべの会話に思わず声を出した。するとみんながいっせいにこっちを向く。なにせこのメンバーだ。柄が悪いうえ気迫がある。だから次の言葉がなかなかでなくて、かみかみになりかけてしまった。
「お、まえら。…よせよ?」
すると、彼らはお互いに顔を見合わせ、こちらを再び見た。いやーな予感がするのは気のせいだよな……。そんな願いはあっけなく、こちらにとびっきりの笑顔を向けると妖怪たちは人のいる方面へ走り出した。
「止まれよお前ら!」
俺の言葉をシカトして、むしろべくわ太郎は舌をだしてあっかんべぇさえして人のいる方面に走っていった。
や、やばいって!なんで兄ちゃんがいない時にこんなことが起きるんだよ!俺はなめられてるのか?子どもだから?いや、違う。
「さ、覚!兄ちゃん達に報告お願い!」
にやにや面白そうに俺らのやり取りを聞いて、後からついてきた覚に猛ダッシュで妖怪らを止めるべく走りながら言った。奴らはこういう時なぜか逃げ足が速い。普通に頑張って走っても少し前を彼らは行っていた。
「あ゛~? なんであっしがぁ?自分で解決しろよ。子どもじゃねーんでしょ?」
つくづく人の考えてることを読むなよ!と心の中で思いながら、俺は息があがってくるのを感じた。ここで怒鳴ったら息切れして走れなくなる。我慢して、一句一句はっきりと覚に頼んだ。
「お願いだからさ。頼むよ」
そう言うといっきに走る速度を上げて、智紀は手目をつかんだ。すると当然、ばたばた暴れた。そのため、どうしても智紀は一度立ち止ってしまい、囮にその横をうわん、百々爺、白容裔しろうねり、如意自在、オシロイバアサンなどの妖怪達が次々と走り去っていった。
「……ああ!人がいるところに!ちょ…お前らものんな!」
次に塗り壁が俺の前にぬっと立ちはだかった。
「……!?」
そこで塗り壁はにやりと笑い、そのすきにどんどん妖怪たちを人のいる方面へ通していく。
「あっ――!!待てよ!!」
すると今度はガシャドクロが器用にも、音を立てずに颯爽と走っていった。一瞬、俺は感心とも呆然ともつかずに考えが停止してしまったけど、次の瞬間別の意味で真っ白になりかけた。
「げ!!」
これはさすがにまずい。智紀は背中に氷を入れられたように背筋が冷え、青ざめた。というのは、ガシャドクロはデカイのだ。どのくらいかと言うと、3階建てのマンションくらいという大きさ。なのにすでに人のいる数百メートル手前にガシャドクロはいたのだ。巨大な骸骨が接近するのを誰かが目撃する可能性がある。そしてちょうど道の先には合わせて11人の親子づれが歩いていた。
「お前は特にだめだぁぁぁ――――――――――!」
おそらく一生でこれ程速く走れたことはないだろう。
俺は約百メートルを6秒くらいで走ってガシャドクロの前に立ちはだかった…正確に言うと立ちはだかろうとした。が、あまりにも勢いよく走りすぎたせいでそのまま止まれず、つんのめってあり得ないほど人に突進してしまった。
幸か不幸か、華奢なわりに腕力のあるように思われる母親の一人に当たったようだ。そしてその人は弾丸のようにぶつかってしまった俺をしっかりと受け止め、まわりから守ったのだった。
「大丈夫!?」
心優しい彼女はとがめることよりもまず、智紀の心配をしてくれた。
「お、俺こそごめんなさい! どこかけがはないですか!?」
「大丈夫よ、あなたの方こそほんとに大丈夫?」
心から心配そうに見つめる彼女と、そのまわりでこっちを同じく心配そうに見てきた親子どもに俺は呆然とした。普通怒らないか、急にものすごい勢いでぶつかってきたら……。
俺の考えを読んだのか、彼女の息子らしき同級生くらいの少年が手を差し伸べながら言った。
「母ちゃんのことなら心配いらん。結構体が頑丈にできてるからな。君こそ大丈夫か心配だ。母ちゃんにかかればあたるだけで人間を怪我させてしまいそうだからね」
「やあね。そんなことないよ」
顔の前で手をふる彼女とまわりで笑う人達を見て、俺は感動した。すんげー優しい人達だ。少年に感謝して、彼の手をにぎって立ち上がった。
「ありがとう」
「いいえ…………ん?」
見ると少年は俺を起こしてくれた手をじーっと見て顔に近づけていた。すると、横から兄ちゃんと同じくらいの少年、おそらく彼の兄が少年を見た。不思議に思いながら彼らを見ていると、彼の兄が俺の右手をちらっと見、少年はこっちに向いた。
「君、手」
「て?」
「怪我してるね」
彼の視線をたどると実際、俺は右手にちょっと深めのすり傷を負っていた。あ、とそれに気づくと何気なくすっと、目の前にバンドエイドが飛び込んできた。差し出してきたのは静かな感じのする子だ。見た目、小4くらいかな。
「使って」
「え? ああ、ありがとう」
俺がバンドエイドを受け取るとその子は他の親や子どもの元へ戻って、俺はありがたく傷口にとりあえずはった。もちろん、あとで家に帰ったとき消毒してはりなおすつもりだけど。
優しいな、あいつら、さっきの妖怪らとは全然違う。
心にしみながら思っていると、5キロくらい向こうにガシャドクロと他の妖怪達がケラケラ笑っているのが目に入った。かろうじてガシャドクロ姿が見えるくらいの距離だったけど、十分気配で笑ってるのがわかる。そんな奴らにかなりムカついて、だから…
「からかうなよ!!」
思わずつぶやいてしまった。
その言葉に明らかにいっせいに俺に視線が集まった。ヤバイ、変な目で見られたかも。
「あ……すみません、なんでもないです」
そうしていると、男の人が(父親かな)と別の男の人が何か話していた。すると、あせる俺に少年はにこりと俺に笑いかけた。
「じゃあ、行きましょうか」
男の人がまわりの人に言った。それを合図にして、彼らはどこかへ向かって歩いていった。その前にさっき俺を受け止めてくれた女の人が目の前に来た。
「この頃夜が早いから気をつけて」
人懐っこそうな笑顔で彼女は言う。よく見なくても彼ら親子づれの人達はみんな美人で、彼女もすごく綺麗だった。俺は多少テレながら答えた。
「あ、はい」
すると彼女も歩いていったが、その隣にいた先ほどの少年がふと、立ち止まってこっちを向いた。とりあえず、俺は笑うと少年もにこりと笑って言った。
「じゃあ」
そのまま前を振り向きざま黒い外套をひるがえすと、彼は彼の家族のほうへ歩いていった。彼が笑ったときに見えた犬歯がなぜかやけに、印象的だった。
……て、マントと犬歯!?
あやうく納得しかけた俺はあわてた。なんでマントを羽織ってて…それに犬歯?なんでそこで納得するよ、俺。よくよく考えてみると普通マントなんて格好するのは不自然だ。俺は少年の姿を思い出していた。……そんな変わった趣味をしてそうな顔はしてなかったけどなぁ。そういえば他の人も黒いマントを着てた気がする……
「よう!!」
「どあわ!!」
「なんだ、トモ、仮装してねーじゃん。つまんねー」
急に気配もなく、どっからか沸いてきたのはナンちゃんだった。しかも意味不明なことを言って。おかげで変な声を出してしまった。
「なに言って……」
そこでふと気がつく。
声がした方を見ると、そこにはナンちゃんの顔がなかった。あるのはかぼちゃだ。そう、あのかぼちゃ。
なぜにナンちゃんの体ONかぼちゃ?
手目が少し離れたところからめずらしそうにこちらを見ていた。