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サイレント魔女リティ  作者: ゼットン
二章 呪われたオリジナリティ
7/8

姉妹(シスター)

 窓の隙間から吹き込む風が、赤い髪を揺らす。身じろぎをして寝返りを打つと、石鹼特有の清潔感に富んだ香りが立ち昇る。


 なんて、いい匂いなのだろう。布団も柔らかくて暖かいし。


 生まれてこの方、体感したことのない心地よさに身を委ねかけるシェスカだったが、すぐに嫌な予感が駆け抜けた。


「――っ、掃除をして洗濯をしなくちゃ……!」


 飛び起きて、寝ぼけ眼を擦る。寝癖がついた赤髪を手櫛で適当に整えて、布団から出ようとしたところで、シェスカはようやく思い出す。


 自分がいま寝泊りしているこの場所はミシェル村のマーゴット夫妻の家ではなく、魔女が創造した結界に建てられた教会――の外れにある寮なのだと。


「よかった……」


 ひとまず、寝坊をしてもマリアに叱られることはない。ほっと安堵をして、シェスカは自分があてがわれた寮の一室を見渡す。


 部屋としては決して広くはない。ランタンが置かれた勉強机とシェスカが腰掛けるベッドだけで部屋の空間はほとんど埋め尽くされてしまっている。といっても、それも仕方のないことではある。


 なぜなら、勉強机は一つではなく二つ並んでいて、更にはシェスカの眠るベッドは天井にまで届きそうな高さのある二段ベッドなのだから。


「……」


 上段のベッドから寝息が漏れてくる。


 物音を立てないように気を遣いながら、シェスカはベッドから這い出る。そして、上段のベッドに引かれるカーテンを静かに開くと、だらしなく口元を緩めて涎を垂れ流す少女の寝顔と対面した。


「リリィナ・シュリンカ……さん」


 極限まで声量を絞って、少女の名前を独りごちる。


 リリィナ・シュリンカ。昨日、早とちりをしてシェスカを教会にまで引っ張り込んだお転婆娘。きっと、感情に素直な性格なのだろう。考えるよりもまず、思ったことを優先して行動するようなリリィナの快活さは美徳でもあるのだろうが、引っ込み思案にして人見知りなシェスカにとっては苦手なタイプだった。


 まさか、そんな彼女が自分の指導を担う直属の教育係になろうとは。シェスカとしては辟易せざるを得ない。


 姉妹シスターという魔女教独自の制度らしい。掃除や炊事、洗濯などの雑務を三十人の魔女教徒たちで分担して行っており、同じ班の教徒は姉妹シスターとして関係を深める。


『わたくしたちは家族なのよ。運命をともにする。血の繋がりはなくとも、多くの時間を分けて育んでいく。そして、絆を強くするには寝食と苦楽を一緒にすることが大事なの』


 魔女教に入信をした新入りのシェスカに、魔女――アルテイシア・ガゼルはそう言った。


「家族……か」


 どこまで本気かは読めない。あくまで体のいい方便であって、実態は違うのかもしれない。それでも、魔女を絶対的存在として据えた悪の組織として認識していただけに、シェスカとしては拍子抜けしてしまう。


『戯れ言をほざくな。貴様らはどこまでも邪悪な害悪であることに変わりない。シェスカさんも、惑わされないように』


 魔女教徒であるキメラに吐き捨てられたナナイの台詞が脳裏をよぎる。


 そうだ。相手はあの魔女なのだ。簡単に心を許すわけにはいかない。


「……とりあえず、報告しないと」


 同室のリリィナだけでなく、魔女教徒たちが寝静まっている間が好機だ。


 寝巻のうえにローブを羽織って、部屋をあとにする。できるだけ床板が軋まないように慎重を期して扉を押し開くと、満天の星空がシェスカを出迎えた。


「昼間って概念はないのかな」


 正確に把握はしていないが、体感にして五時間ほどは眠ったはずだ。にも拘わらず、空は夜闇に満ち、星々と月明かりが雪原を青白く染め上げる。無論、オーロラだってそのままだ。


 結界という特性上、独特の時間の流れや気候があるのは間違いない。シェスカは現時点での魔女に関する情報をまとめて、通信機能を内包した魔晶の欠片を耳に嵌める。


「繋げ」


 呪文を口にすると、ジジ……とノイズが走る。結界の内側にいるということも影響しているのだろう。数秒の間、ノイズが続いて――ようやく接続した。


『はい、ルーシー・メルブラッドです』


 応答をしたのは、勇者一行の魔導士であるルーシーだった。


 うっかりと漏れそうになる溜息を嚙み殺す。曲者揃いの勇者一行のなかでも、特にルーシーは一番に苦手意識を抱いていた。


「フランシスカ……です。この時間はメルブラッドさんが受電係を?」


『えぇ、まぁ』


「た、大変ですよね。いつかかってくるかも分からない連絡を待つのって」


『はぁ……仕事ですし。それに、書物を読み進めているので特に苦痛ではありません。それよりも、さっさと報告をしてもらってもいいですか?』


「は、はい……そうですよね、すみません」


 やはり、この人は苦手だ。願わくば、次の報告の際にはルーシー以外の人が応じてくれることを祈って、シェスカは経緯を話す。


「結界を通過すると、その先には別世界がありました。外が昼間であるのに、こっちは夜なんです。時季外れの雪を積もっていますし、伝説とされていたオーロラまでありました」


『オーロラですって? ……所詮は魔女が創った紛い物でしょうが。というか、フランシスカ。あなた、どうして撮影の魔晶で情景を送らないのですか? わざわざ口頭でいう必要もないでしょうに』


「は、はい。それが……落としてしまって」


『……なにをしているんですか。しっかりしてくれないと、わたしたちも困りますし、あなたも殺されますよ?』


「す、すみません」


 厳密には自分のせいで紛失してしまったわけではないが、下手に言い訳をしても心証が悪くなるだけだ。寮で惰眠を貪っているであろうリリィナを呪いつつ、シェスカは首をすぼめる。


「ただその、録音はしてあるので。魔女から招集がかかったときの集会の様子を、録音の音声とともに解説します」


『……わかりました、お願いします』


 ローブに忍ばせていた録音機能を内臓した魔晶を取り出す。乾く唇を湿らせて、シェスカは呟く。


「捲れ」


 呪文をトリガーに、魔晶が発光する。耳に付けている通信の魔晶にできるだけ近づけて、シェスカは頭の中で情報を整理する。


 ほどなくして再生をされたのは、昨日に教会において行われた魔女教の集会の模様だった。



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