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サイレント魔女リティ  作者: ゼットン
四章 悪辣たるマイノリティ
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魔女の再誕

 そこから先のことは、記憶にない。


 どうやって道を選び、どれくらいの時間をかけて辿ったのかも定かではない。ただひとつ確かなのは、水も食事も摂らず、睡眠を取ることすら惜しんで走り続けたということだけだ。


「いた、い」


 枝や砂利が足の裏に刺さって、血が吹き出す。更に、ヒールで王都を駆けた際に負った怪我も相まって、脂汗すら浮かび上がるほどだ。


 死すら予期させる限界に、遂にシェスカは地面へと転がってしまう。口の中に入る泥に含まれる水分を吸い、乾ききった喉を潤す。そして、すぐに立ち上がろうとしたところで、異変に気付く。


 周囲の木々が腐敗していることに。これは――魔障だ。


「……なん、で」


 魔女であるアルテイシアは死んだはずなのに。どうして、魔障が継続しているのか。疑念と僅かな期待をバネに足を引きずっていくと、シェスカは発見する。


 黒々と腐り果てる森林の奥に待ち受ける豊かな自然と広大な湖、そして虚空に入る裂け目を。これはまさしく、フランシスカ湖に設けられた魔女の結界への入口だった。


「間違いない、結界の入口だ。まだ魔女教があるっていうの? それとも、魔女様は死んでなんかいなかったんじゃ!」


 結界が健在していることで、希望が膨らむ。すぐにでもアルテイシアに再会したい一心で入口へと飛び込もうとするシェスカを、


「だれ!?」


 鋭い誰何が咎める。


 弾かれるように振り向くと、黒いローブを着た少女がいた。目深に被るフードからは切れ長の瞳が覗き、伸びる足の片方は氷細工で造られた義足。見覚えのある人物に、シェスカは詰め寄る。


「もしかして、姉様ですか? よかった、無事だったんですね! 魔女教は? 結界はどうなっているんですか?」


 アルテイシアの死後でも、同胞たる魔女教は滅んでいなかった。半ば予期していなかった事実に胸を躍らせるシェスカだったが、反してリリィナの表情は曇っていた。


 最初に浮かんだのは困惑。切れ長の瞳が見開かれて丸みを帯びるが、徐々に鋭さを取り戻していく。


「――シェスカ・フランシスカ!」


 激昂に吼え、シェスカの胸倉を掴み上げる。


 ぎりぎりと首が締まる。爪先が地面から離れ、宙ぶらりんになったシェスカは足をばたつかせる。


 しかし、リリィナの腕の力が緩むことはない。確固たる殺意が漲る双眸でシェスカを睨みつけ、喚き散らす。


「まさか、あんたが勇者の仲間なんてね。内通者を使うなんて勇者が聞いて呆れるわ! あんたも! 魔女様を……あたしたちを裏切って得た名誉はどう? さぞかし気持ちいいでしょうね! そればかりか、おめおめと顔なんか出しちゃって……あたしたちを嘲笑いにきたっていうの!?」


「ね、えさま……ちが……っ」


「あたしは許さない! あんたも、あいつらも! 殺した魔女様を燃やして弄んで……喜んでいるような悪魔を野放しにはしておけない。魔女様がいなくても、あたしたちは遺志を引き継ぐ! 絶対に、滅んでなんかやらないんだから!」


「魔女様が……いなく、ても?」


 放たれる、リリィナの決意。朦朧とする意識のなかで聞き届けたシェスカは――ふっと鼻で笑い飛ばす。


「なにがおかしいのよ!」


「い、いえ……無謀だと、思っただけです。相手は……勇者で……しかも、魔女様よりも悪魔……なんです。魔女様が……魔女がいなければ、勝ち目は……ない」


「だったら、どうすればいいのよ! このまま、結界に閉じこもってろって!? あたしたちみたいな人間は、変わらずに淘汰されろっての!?」


「いいえ……そうじゃありません。魔女がいないのなら、新しく生み出せばいいんですよ」


「は?」


 苦痛に喘ぐシェスカが、笑みをこぼす。小さくて吐息じみたそれは、次第にくひひと不気味なものへと歪んでいく。 


 世界には魔女教なんかよりもよほど邪悪で醜悪なモノがひしめていて、それを根絶やしにしなければ真の正義が示されることはない。


 とはいえ、アルテイシアが殺されたことで脅威は消えてしまった。多くは再び安寧を取り戻し、無自覚で無邪気な悪が蔓延ることになる。


 ならば、アルテイシアに成り代わる者を生むしかない。世界を恐怖に落とし込む存在が復活すれば、蔓延した悪を滅することだってできるかもしれないのだ。


 考えてもみればあまりに単純明快で、つい笑ってしまう。シェスカはポケットに仕舞っていたあるものを取り出し、太陽にかざす。


 青白い光を透かして輝くそれは――アルテイシアから渡された、氷の魔晶だった。


「私が……魔女様の遺志を継ぎます。悪を滅ぼして、世界中に生けるすべての命が救われるような世界にしてみせます。ですから、そのための力を私にください」


 祈り、魔晶を齧る。


 文字通り、石のように硬い歯ごたえに脳が揺れる。歯茎から血が溢れて、金臭さが充満する。噛む歯も欠け、喉仏を刺激する異物感に吐き気がせり上がるが、構うことはない。シェスカは魔晶を頬張り、怯むことなく咀嚼する。


 がりがり、ごりごり。綺麗に艶めいていた結晶が砕け、塵へと化していく。そして、ごくりと唾液とともに嚥下をされた瞬間に、シェスカの肉体が青く発光する。


「ひゃ!? な、なに!?」


 驚いたリリィナが解放し、シェスカが地面に崩れ落ちる。うずくまるシェスカは縮こまり、襲いくる激痛に悶えて甲高い断末魔が森林の静寂を破る。


 魔障。魔力を内包する結晶である魔晶を体内に取り込んだシェスカは、その果てしない暴力に嬲られることになるが、ふとある感情がシェスカの中で湧き上がる。


 ――あれ、大したことないな?


「……そっか、そういうことだったんですね。どうして魔女様が……アルテイシア様が魔女になれたのか、わかりました。魔障が及ぼす痛みなんて、私たちが負ってきた痛みに比べればどうってことないからなんですね!」


「……ぐ、愚妹? あんた、なにしたっていうのよ」


「あはははは、姉様。喜んでください。まだ私たちは終わってなんかいませんよ。いえ、終わらせちゃいけないんです、世界に見せる悪夢を」


 哄笑を迸しらせて、シェスカがゆらゆらとよろめきながら立つ。赤髪に張りついた砂埃を払って、天を仰ぐ。


 頭上には薄ら寒さすら覚えるほどの清々しい青空と、皮肉なくらいに燦々と佇む太陽。暖かいでいて、平和を象徴するようなそれらを睨んで、シェスカ・フランシスカは告げる。


「――魔女は、再誕したのですから」

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