英雄の凱旋
それからの展開は、目まぐるしいものだった。
簡単な身支度をされたシェスカは、強制的に浴場へと連行。身体中の垢という垢を落とすという侍女たちの気合いのもと、三人がかりで洗身をされて。
ヘアオイルと称される液体を髪に塗り込まれ、熱を放出する魔晶によって髪を乾かされたあとには、食堂へと案内される。とても朝に食べる物ではない数々の高級料理を胃に詰め込み、最後の仕上げとして待ち受けていたのは、凱旋に参加する際の衣装の着付けだった。
「まぁまぁシェスカ様! 大変お似合いですよ!」
「……そう、でしょうか」
侍女たちが揃ってはしゃぐが、シェスカとしては気後れしてしまう。それほどまでに、自分には過ぎた恰好だったからだ。
丁重なケアを受けた赤髪はかつてないくらいの艶を帯び、緩やかなウェーブを描いている。肢体をくるむ衣装は眩い純白のドレスであり、赤髪とのコントラストも相まって相乗的な美しさが生み出されている。
更に、ドレスの内側にはコルセットが巻かれていて、猫背が矯正された背筋で姿見の前に立たされると、否が応でも自分と見つめ合うことになる。
その境遇か、はたまた生来の性格からか。昏く、精気がないことが嫌で、赤髪で隠していた顔は、化粧によって見違えるほどに変貌していた。
「……これが、私?」
思わず、疑ってしまう。軽く頬を摘まんで引っ張ってみるが、訪れる痛みが現実であることを教えてくる。
それでも、実感は伴わない。まるで別人と鏡越しに対峙しているようで、妙な違和感に苛まれるシェスカの肩が、突然つつかれる。
「は、はい! ……って、ルーシーさん?」
振り返ると、悪戯っぽく笑うルーシー・メルブラッドがいて。真っ黒な法衣が印象的な姿が深緑色のドレスに様変わりしていることで、ついシェスカは尋ねてしまう。
すると、不服だったのか。ルーシーが微かにむくれる。
「そんなに意外ですか? 私がドレスを着ることが。晴れの日くらい、別にいいじゃないですか」
「す、すみません……失礼しました。その、良く似合っていたので……」
「え、えぇ? 本当ですか? 派手すぎない……ですか?」
「そんなことはないですよ。ルーシーさんの知的な雰囲気とよく合っていると思います」
「そ、そうですかね? 手放しに褒められるというのも、なんだか気恥ずかしいですね」
魔導士としての知識量と能力を評価されることはあっても、ひとりの女性として認められる経験が少ないからだろうか。赤面をして亜麻色の髪先をくるくると弄り回すルーシーの可愛らしさについ和んでしまうが、シェスカの生暖かい眼差しを感じたのか、ルーシーは気を取り直すように咳払いをする。
「そういうシェスカも似合っていますよ、ドレス」
「い、いえ……私は……」
「つまらないお世辞なんかじゃありませんよ。私は嘘をつかないので。なにが素敵かといえば、ドレスもそうですが髪ですよね。飾り気のない真っ白なドレスだからこそ、赤髪がよく映えています」
「そう……でしょうか。私、ドレスどころか白い服なんて着たことないんです。赤髪が悪目立ちして、バカにされるから」
「もうそんな輩はいませんよ。赤は魔を討ち、勝利をもたらす色として神格化されました。いまや、望んで髪を赤く染める者もいるくらいです。シェスカの豊かな人生はこれから始まるんです」
おめでとうございます、とルーシーが髪を撫でてくる。そのくすぐったさに身じろぎをしながら、シェスカは未来を夢想する。
たくさんの人が赤髪を認め、自分を英雄として歓迎してくれる。きっと、ミシェル村の住人だって不当に爪弾きしてくることもない。人並み以上の生活を手に入れて、多くの人々の輪の中心に立てる世界。紛うことなく、シェスカ・フランシスカが欲し、願っていたもの。
「……なのに」
なぜだろう。胸の中にモヤモヤとした靄がわだかまり、晴れやかにならないのは。
「シェスカ? どうかしましたか? まさか、具合でも悪いのですか?」
「い、いえ! だ、大丈夫です。ただ、想像しがたいというか……私は特になにもしていないのに」
「おいおい、そりゃ謙遜が過ぎるんじゃねぇかよ、嬢ちゃん」
コルセットが巻かれているにも拘わらずに、背を曲げて俯こうとするシェスカを叱咤するような声が飛んでくる。
反射的に頭を上げると、隆々とした筋肉を包み隠す特注品の背広を羽織るオルフェ・スタインがやってきた。
「魔女を狩れたのも、嬢ちゃんが呪文を聞き出した成果だろうが。自信をもって、胸を脹れやがれってんだ。ったく、.魔女を口説き落とすなんざどんなプレイボーイでも難しいってのによ。どんな口説き文句使ったんだ? オレにも秘訣を教えてくれよ」
「なにを言っているの。シェスカさんをからかうのは
やめなさい」
正装ともあって普段よりも紳士的な印象を与えるオルフェだが、無論内面まで変化するわけではない。凱旋を直前に控えても軽口を叩いてくるマイペースぶりに困惑していると、すぐさま助け舟が出される。
「これから凱旋だってこと、わかってるの? 少しは弁えなさい」
「へいへい。つか、お前さんこそ式典ってこと忘れてんじゃねぇのかよ。嬢ちゃんたちはこんなにおめかししてるってのに、色気のない服装しやがって」
「いいのよ。わたし、ひらひらしたスカート苦手だから」
そう言って、ふんと鼻を鳴らすナナイ・ローデンブルクの衣装は、濃紺に染まる燕尾服だ。シェスカやルーシーのような華々しさこそないものの、ナナイが元来から持ち合わせる気品も相まって高貴さと高潔さが十二分に溢れている。むしろ、ドレスを着こなすより難しいであろうそれをそつなくこなすあたり、流石は伝説の女騎士といったところか。
すっかり見惚れてしまうシェスカに、ナナイが笑いかける。
「おはよう、シェスカさん。とても素敵だし、綺麗よ」
「め、滅相もありません! ナナイさんこそお綺麗ですし、格好いいです」
「ふふ、ありがとう。ルーシーも、似合ってる」
「……どうも」
「おいおい、オレにもなんか言ってくれよ。なかなか着ないぜこんなの」
「ぴっちり過ぎて、破れそうだけどね。第一、貴方が着飾るべきは内面でしょ。セクハラはやめなさいみっともない」
「そういうお前さんもお堅すぎんだよ色々。そんなんだから男の一人も寄ってこないんだっての」
「……なっ、あなたねぇ!」
「ちょ、ちょっと二人とも――」
馴れてしまっているからか、大事な式典が控えていたとしても調子の変わらない二人。仲裁に入ろうとするシェスカだが――直後に割り込んだ声音に、息を呑んでしまう。
「ありゃ、もうみんな揃ってるのか。早いな」
それは、あまりに優しくて温厚で、爽やかで。人々を安心させて癒すような柔らかさがあったが、ぞっとした戦慄が背筋を駆け巡る。
「おぉ、誰かと思ったら主役のお出ましじゃねぇか」
「……遅いですよ。寝坊でもしたんですか?」
「まったく、貴方がそんなようじゃ恰好もつかないじゃないの。クリフ」
「あっははは、悪いね。ベッドがあんまりにふかふかなもんでさ。お陰でよく眠れたよ」
殺到する仲間のツッコミを物ともせずに軽くいなして、登場したのは――クリフ・アイルノーツ。言うまでもなく、伝説の勇者一行を率いる勇者その人だ。
「ん? どうかした、シェスカ」
「い、いえ……ただその、クリフさんは普段と同じ服なんだなと思いまして」
「あぁ、これね」
おずおずと伸ばされるシェスカの指が指し示す先には、十字架の意匠が施された外套があって。ぱさりとはためかせて、クリフは笑う。
「なんか宝石とかジャラジャラついた衣装を着せられそうになったんだけどさ、重そうだし断ったんだ。それにさ、飾った俺を民衆に見てもらっても仕方ないだろ? ありのままの俺を認めてもらわなきゃ」
「は、はぁ……」
「でも、みんな似合ってるね。特にシェスカは。赤い髪が光り輝いてる」
「……ありがとう、ございます」
「もう君を淘汰する人間も風潮も、世界もない。これからは、すべてが変わった世界が君を待っている」
おめでとう、そしてようこそ。
大袈裟な表現でも、気休めの慰めでもない。クリフは心の底から湧く歓喜を満面の笑みとともに贈り、シェスカの肩に手を回す。
「さぁ、行こうか。――英雄の凱旋に」




