家族
カランカラーンと雪が降り積もる白銀の世界に、高らかな鐘の音が打ち鳴らされる。
魔女からの招集を意味するそれに応じ、魔女教の教徒たちが教会に集う。当然、シェスカも教会へと向かって長椅子に腰かけると、脇腹を小突かれた。
「ちょっと愚妹。アンタ、どこいってたのよ」
「り、リリィナ姉様」
隣には不機嫌そうに半眼を作るリリィナがいて、シェスカは頬を引き攣らせる。
「い、いえ……少し早起きしたのでオーロラを見ていまして。いつ見ても綺麗ですから」
「はぁ? 忙しくなる朝になにしてんのよ。アンタが遅れたら叱られるのはあたしなんだけど?」
「す、すみません」
「ふん。まぁ、新参にとってオーロラが物珍しいってのはわかるけどさ。……まだ見たりないっていうなら、朝の仕事はあたしがやっとくわよ」
「え? なんで急に……」
「あたしはほら、寛大で優しい姉様だからね。それに、アンタは弱虫で引っ込み思案だからどうせ育った故郷から飛び出したことないんでしょ? あたしは元冒険者だし、色んな場所を知り尽くしてるから。アンタも外の世界を目に焼き付けときなさいよ」
薄い胸を張って、ふんぞり返るリリィナ。まるで脈絡もなくみせてくる親切心であったが、シェスカはすぐに合点する。
「もしかして姉様、気にされているんですか? 私に魔女様の氷細工を割ったことをなすりつけた件を。でもあれは、姉様自ら謝罪しにいったと聞きましたけど」
「は、はぁ!? そんなんじゃないし。ていうか、なんでアンタが知ってんのよ!」
「はぁ。ちょっと魔女様とお話する時間がありまして。そのときに」
「魔女様とって、あたしが謝ったのは夕食のあとだから夜に!? 二人でってこと? あたしだってそんな――」
「リリィナ! 静粛に。ここを何処だと心得ている」
愕然として大声を上げてしまうリリィナだったが、前席に座っている男性の教徒に咎められることで、慌てて口元を押さえる。ペコペコと何度も平謝りをしつつ、シェスカを睨みつけてくる。
「魔女様とどんな話をしたのよ」
「改めて氷細工のことを謝りに行こうとしたときに軽くですから。大したことはなにも」
「……ふぅん。けど、勘違いしないでよね。あたしは嘘をついたままのが気持ち悪いからしただけで、別にアンタのためじゃないから」
「はい、わかってますよ」
「……なに笑ってんのよ。ムカつく」
いまとなっては、アルテイシアが言っていた意味を実感できた。
姉妹であることを命令された当初こそ参ってしまったが、リリィナはどこまで愚直で正直なのだ。そのくせ、不器用であるから良くも悪くも表に現れてしまう。
それこそオーロラを彷彿とさせるようにコロコロと移り変わる表情が微笑ましくて、眺めているときだった。
キィと、教会の扉が開け放たれた。
「全員、揃っているわね」
教徒たちが振り返ると、そこにはアルテイシアがいて。アルテイシアは教会に集う面々を一望して、赤い絨毯のうえを歩いていく。
その様を、半ば呆然として見送る教徒たち。別段、アルテイシアの美貌や佇まいに見惚れてしまったわけではない。
普段は純白のドレスを纏っているアルテイシアが、自分たちと同じく黒いローブに身を包んでいるからだった。
「わたくしが今日、貴方たちに話すことは魔女教にとって大切なこと。――わたくしは、結界を出るわ」
「――なっ」
唐突に告げられるアルテイシアの決断に、教徒たちが息を呑む。
当然だ。結界の外には勇者一行が警備網を張っていて、ミハイルやサリーといった教徒たちが行方不明となっているのだ。危険でしかない。
「このまま、してやられるだけじゃどうしようもないわ。わたくしが打って出ようと思ってるの」
「魔女様自らですか? しかし、リスクが……。相手はあの勇者一行であって……」
「だからこそよ。勇者の相手をできるとしたら、わたくししかいいない。貴方たちに向かわせたところで、無駄な犠牲が生まれるだけだもの。わたくしは家族を喪いたくないの」
「魔女様……」
「問題はないわよ。わたくしは不死身も同然。この肉体は魔晶の呪いにかかっているのだから。勇者の聖剣だけは注意が必要だけれど。ともかく、わたくしは迎え撃つ」
「な、なにか我々がお力になれることはないですか?」
「ないわ。こと、勇者一行に関しては。けれど、他にできることはあるわ。洗濯をして掃除をして、美味しい料理を作って、わたくしの帰りを待つこと。わたくしは必ず帰るわ」
「……承知しました」
恐らく、それぞれに葛藤はあるだろう。とはいえ、他ならぬ魔女からの命令だ。渋々ながらも了解する教徒たちに、アルテイシアは笑いかける。
「勇者一行と戦うのは先のつもりではあったけれど、早まるのはむしろ僥倖よ。勇者さえ倒せば、世界はわたくしたちに傾いたようなもの。魔女教が世界を征服する日は近いわ。帰ったら祝杯でもあげましょう」
「美味しい料理をお作りしてお待ちしています」
それ以上、教徒たちが食い下がることはなかった。もちろん、魔女からの命令というのもあるが一番の要因は信頼だ。
「ありがとう。じゃあ、みんな。留守を頼むわ」
アルテイシアも教徒たちから押し寄せる忠誠心は感じているのだろう。にこやかに笑ってから、ふと顔をシェスカへと向ける。
「それじゃあ、シェスカ。シェスカに少し話がしたいことがあるから付いてきてくれる?」
「わ、私ですか?」
「えぇ。貴女にとって、とても大切な」
「……わかりました」
アルテイシアの言わんとすることは、すぐに察しがついた。
覚悟と恐怖を飲み下すように喉を鳴らす。フードを目深に被り直し、怪訝そうに見詰めてくる教徒たちのなかを割いて、アルテイシアとともに教会をあとにした。




