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ミリしら令嬢の矜持 3


「小娘がッ、調子に乗って……ッ!」


 我慢しきれなくなった黒服の一人がニーナに襲いかかる。

 だが――


「警告はしたはずですけれど」


 左手より襲い来る黒服に対して一瞥もせずに嘆息した。

 次の瞬間、浮かんでいた火の玉の一つが高速で動き出して賊を撃つ。


「がッ……?!」


 ぶつかり、炸裂し、火の粉と煙を撒きながら、黒服の一人を吹き飛ばした。


「あら? まだ虚月(ヴァ・クレス)からの手招きはなさそうですわね」


 吹き飛び、テーブルを粉砕しながら転がるも、黒服はゆっくりと立ち上がる。


 単純にタフなのか、防御系の何らかの能力を使ったか、あるいはあの衣服などに防御に関する祝福が施されているのか。


 立ち上がった男に対してニーナは面白くなさそうに一瞥すると、扇子を畳み、つまらなそうに起きあがった黒服へと向けた。


「おかわりをさしあげます。たくさんありますので遠慮せずに召し上がってくださいな」


 直後、ニーナの周囲に浮かぶ火の玉たちが一斉にその黒服を襲う。

 その動きは、ニーナにとっては前世の兵器――ガトリングを思わせる連射。あるいはこれこそが、グミ撃ち式ファイアーボール。


 今回は優雅さをプラスする為に、両手で連打するのではなく、扇子の先を向けるという一つの動作だけでで連射するように解き放つ。


 それが収まったところには、テーブルもろとも炭になった、元人間の破片が散らばっていた。


 その光景に一番青ざめたのは、ギャラリーだ。

 逃げまどうパーティ参加者――特に戦いを知らない女性たちは真っ青になっている。


 しかし、そんなことなど歯牙にもかけず、ニーナはつまらなそうに肩を竦めた。


「弱い。この程度の実力で悪党なんてできるのだから驚きね。それとも、よっぽどの下っ端なのかしら?」


 口ではそう言うが、ニーナは相手の実力を正しく測る。

 少なくとも黒服たちは一山いくらの雑魚などではない。

 今、虚月(ヴァ・クレス)へと灰にかえて送り出した男だって、世間的には雑魚とはいえない。

 一流ではないが、二流クラスの実力はある。暗殺や盗みなどでそれなりの名をあげていた可能性がありそうだ。


 そして、ニーナを囲む黒服たちは誰も彼も最低でそのくらいの実力がありそうである。


 これだけの戦力を揃えるのにはそれなりにお金がいるだろう。

 やはり、ライトウベル子爵だけではどうにもならなそうだ。


「あれだけの連射だ! 今ならあのガキを……ガキを……」

「あら? どうなさいまして? 今なら襲えると――そう思ったのではありませんか?」


 淑女の笑みで、ニーナはそう口にする。

 その周囲に浮かぶ火の玉は、まったく数を減らしていない。


「そんな……あれだけの連射をして……」

「どうして弾切れしないのか、ですか? 決まってるではありませんか、撃ち出すたびに補充する。それだけです」

「ば、化け物……」

「ええ、そうですわ。化け物ですわよ。

 それで? その化け物にケンカを売ったのです。諸々のお覚悟はおありでして?」


 黒服たちの中に、逃げることが選択肢に混ざり出す。


 ニーナ・モヴナンデス伯爵令嬢。

 黒服たちも、噂には聞いていた。年齢とかけ離れた聡明さと戦闘力を持つ天才であり、盗賊狩りや魔物狩りにも積極的に行っていると。


 だが、これほどの強さを持っていたのは完全に想定外である。


「お、お前たち……! 高い金を出して雇っているんだッ! 逃げるんじゃないぞ!!」


 緊張と緊迫に満ちた沈黙の中で、ライトウベル子爵の声が響く。

 露骨に黒服たちが舌打ちする音が聞こえてきたのは、ニーナの空耳ではないだろう。


 雇い主はライトウベル子爵で間違いないかもしれないが、資金の出所は黒幕のもの。

 だとすれば、今から報酬を増やすなどということは恐らく不可能。


 そう推察した時、ニーナの脳裏に閃くものがあった。


「これ以上の睨みあいは無駄でしょうに、雇い主が無能だと大変ですわね」


 心底から憐れむように、ニーナは笑う。


「報酬に釣られたのか、それとも断れない筋からの依頼だったのか……どちらにしろ、貴方たちの破滅は確定したわけですけれど」


 ぐっ……と、黒服たちが押し黙るような声を出す。

 その様子を見て、これなら行けると感じたニーナは、言い聞かせるように続ける。


「すでに騎士たちに捕らえられたり虚月(ヴァ・クレス)へと送られてしまった方々は残念ではありますが――今、ここで私と睨みあっている皆様には朗報を差し上げましょう」


 扇子をエルケルーシャを抱きしめる左手に渡し、空いた右手をゆっくりと差し伸べる。


「私の手を取り、(こうべ)を垂れ、忠誠を誓い、(かしず)きなさい」


 まるでマフィアのボスが浮かべるような、悪しきカリスマに満ちたような笑みで、ニーナは優しく言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「公爵家に押し入った上で仕事を失敗した――となれば、どうせ後がないのでしょう? 貴族からの依頼ですもの。名声が地に落ちるどころか口封じされても仕方がない。

 ですが、その才能をここで失うのは大変惜しい――と、そう思ったのです。器の小さい子爵には使いこなせないあなた方のその実力、私が正しく使って差し上げますわ。

 もちろん。タダで依頼人を裏切れなどという無粋は言いません。

 貴方がたが私のこの手を取るならば、今回貰うはずだった成功報酬と同額……いえ、さらにはそれに色を付けた額を私が支払いましょう。加えて、私の手勢として雇うのですから、月々の給金も付けますわ。

 その代わり――」


 ニーナは一度そこで言葉を切り、まるで平民の、それも貧民街のチンピラのような笑顔に変えて告げる。


「この襲撃に関して、ゲロっちまえることなら全部ゲロっちまいな。

 それをするのが最低条件って話だから……ちゃんと考えてこの手を取りなよ」


 ざわり――と、会場内がざわめく。

 それは急にニーナが口汚い言葉を使ったからだ。


 もっとも、下町へ遊びにいくことに忌避感がなく、平民とも平気で遊べるニーナからすれば、口汚い言葉でもなんでもないのだが。


 そして、貴族たちのざわめきとはとは裏腹に、黒服たちの深い葛藤の気配もまた広がっていく。


 黒服の一人が顔を口元を隠すマフラーを投げ捨てて、ニーナの元へと近づいた。


 纏う空気や歩き方などからして、恐らくは襲撃してきた黒服たちの中で一番の実力者だろう。


「嬢ちゃんの今の言葉が妄言だと感じたら速攻で手を切る。だが、逆に言えば――」

「有言実行し続けるのであれば(ひざまず)き続ける、と」

「ああ。そういうコトだ」


 ニーナは令嬢らしい笑顔を浮かべると、火の玉をどかして道を作る。


「どうぞ。いらして」

「そんじゃ失礼して。あいにくと作法とかには詳しくなくてな。見様見真似で悪ぃんだが」


 その男は跪いて、ニーナの差し出した手を取ると、その手の甲へと口づけをする。


「これでよかったか?」

「ええ。結構です。あなたの本気、受け取りました」

「報酬と給金、守れよ」

「もちろんです。約束を守る。それは貴族だろうと悪党だろうと大事なコトでしょう?」

「違いない」

「色々と話して貰えますわね?」

「おうよ。それも約束だろう?」

「ええ。守って頂けるようで何よりです」


 そのやりとりを間近で見ていたエルケルーシャは、ニーナを見る目が大きく変わっていった。


 物語の中の王子様と同一視するような子供らしい憧憬のようなものから、同じ貴族令嬢としての尊敬と敬意に。

 苛烈に敵を討ち滅ぼす一方で、有用であると見れば敵でも手を差し伸べて勧誘する器の大きさ。


 王子殿下の婚約者として。将来の国母を約束されている身だからこそ、ニーナの立ち居振る舞いとカリスマに憧れた。尊敬した。あるいは、恋すらもしてしまったかもしれない。


 エルケルーシャの中に、目指すべき貴族の姿として深く深く刻まれた。


「ほかの方はいかがでしょう?

 生活は一変するかもしれませんが、不自由をさせるつもりはなくてよ?

 無理に酷使するようなブラックな働き方はできるだけ控えますし、福利厚生のしっかりしたホワイトな主人を目指しておりますゆえ」


 そうしてニーナと対峙する黒服たちは、葛藤の末に全員がニーナの元へと下った。


 最後の一人がニーナに跪いた時、ライトウベル子爵はまずいという顔をしてその場から逃げ出そうとした。


 正直、ニーナからすれば判断が遅いとビンタしたくなる動きだ。

 もっとも、ビンタなどする必要がなく、ライトウベル子爵は逃げ道を塞がれたのだから、これで終わりだ。


「あまりにも判断が遅いなライトウベル子爵」

「君の雇った者の一人がニーナに炭にされた時点で、君は逃げるべきだった」


 立ちふさがるのは、エルケルーシャの父であるイアンガード公爵と、ニーナの父であるモヴナンデス伯爵の二人。


 どちらの武の心得があり腕も立つ。

 その周囲には騎士たちも引き連れている以上、ライトウベル子爵に逃げ道はない。


「遅いですわお父様」

「すまんすまん。私も公爵も、妙な足止めを食らってしまってな」

「うちの娘も守ってくれたコト感謝するよニーナ嬢。まぁ細かい話はあとでするとしようか」


 それでも逃げようと(きびす)を返す子爵だが、当然こっちにはニーナがいる。


 すでに周囲の賊たちは捕まったり逃げたりしている為、事態は沈静化してきている為、あとは子爵の身柄を拘束するだけだ。


 右からも左からも、警備兵や騎士、あるいは武に心得のある協力的なパーティ参加貴族が周囲を固めていく。


 完全に追いつめられたと悟った子爵は、そこで膝を突いてうなだれるのだった。



 ……恐らくこれが、ニーナが表舞台で活躍した、最初の事件だったと思われる。


 もっとも本人は特に気負いなどなにもなく、それをする必要があったからやっただけだ――くらいの感覚だったのだが。



 ちなみに――

 ニーナの手を取った黒服たちが約束通り色々とゲロったので、ライトウベル子爵から、今回の事件の黒幕に至るまで、芋づる式に全部明るみに出て罰されたということを記しておく。


明日からは一日1話になっていくかと思います

今後とも٩( 'ω' )وよしなに

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