ミリしら令嬢の矜持 2
ニーナは悲鳴と戸惑いで右往左往する人の間を縫って、エルケルーシャの元へと向かう。
「危険ですので、こちらへ!!」
「い、痛いです子爵……!」
エルケルーシャの手首を掴みかなり強引に引っ張るライトウベル子爵を見たニーナはためらうことなくそこへと駆け寄り――
「失礼」
ライトウベル子爵へ手にしていたドリンクを投げつけてから、彼の手を折り畳んだ扇子で思い切り叩いた。
「冷ッ!? ……痛ッ!?」
驚きと痛みでライトウベル子爵の力が緩んだ瞬間、ニーナはエルケルーシャを抱き寄せる。
そのまま左手でエルケルーシャを抱きしめ、ニーナは大きく後方へと飛び退いた。
月想力を用いて身体能力を強化をしているので、自分と同じくらいの女の子を抱えてジャンプするくらいはワケはない。
「緊急事態とはいえ、あまり紳士的とはいえませんわね。ライトウベル子爵?」
ニーナはエルケルーシャの腰に手を回して抱き寄せながら、右手に握る折り畳んだ扇子を真っ直ぐライトウベル子爵に向ける。
その姿は、さながら姫を守る騎士だ。
ましてやニーナは同世代の少女たちと比べて背が高く、目つきが鋭く凛々しい面差しをしている。
公爵令嬢とはいえ十歳の少女が、そのニーナの横顔と、物語の騎士様とを、このシチュエーションで重ねてしまうのは無理もなかったかもしれない。
「……モヴナンデス伯爵令嬢……ッ!!」
ギリリ……と歯ぎしりをしながらライトウベル子爵はニーナを睨むが、彼女はその程度のことなどものともせずに扇子を開いて口元に当てた。
「何を悔しがっているのかしら。あんなバレッバレの時間稼ぎをしておいて」
「お前、気づいていたのか……!?」
驚いたように目を見開くライトウベル子爵。もっともニーナは疑ってはいたが確証はまったくなかった。だが、ここでは確証を持って話しかけたのだという体を取る。
悪役令嬢たるもの息するように嘘を吐くのも嗜みだろう。
「どうして気づかれないと思っていたのかしら?
私が話しかけた時点でしどろもどろ。その場に居続ける理由も、私を追い払う理由も即座に出てこないくせに、その場を離れたくないと全身で訴えているのですモノ。
素人の下手なダンスよりも滑稽で面白かったですわ」
ニーナは悪役令嬢として成長するにあたり、一つの思考が形になっていた。
即ち、悪事を働く者はより大きな悪事を働く者か、正義の側にいる者よって討ち倒される――と。
だからこそ、ニーナはここでライトウベル子爵を討つ。
大悪党らしく、小悪党の悪事を露悪的に暴き、その企みを嘲笑しながら踏みにじり、最後は無造作に踏みつぶす。
「それにしてもどうしてこんな滑稽な踊りを踊られたのですか?」
疑問の形で口にしながら、ニーナは敢えて見下すような視線をライトウベル子爵に向ける。
「派閥争いの一環だとしても、些か手段は雑すぎます。
資金繰りに息詰まった子爵の起死回生を狙った誘拐だとしても、パーティ中にやる理由はありませんわよね?
何より、貧乏子爵の計画にしては、少々お金も手も掛かっているようですし……もしかしなくとも、別の方の描いた絵を、貴方がなぞっているのかしら?」
思いついたことを大層いじわるい笑みとともに口にする。
これで、前二つが事実だったとしたら、徹底的に計画の杜撰さをバカにするし、最後のだったとしたら、実行した子爵のマヌケっぷりを徹底して辱める。
「……モヴナンデス伯爵令嬢は同世代から頭一つ飛び抜けて優秀だと聞いていたが……これほどとはな……」
どうやら、何かかが引っかかったようである。
ちなみに、ニーナが確認するように口に出した言葉は、どう転ぼうが子爵をバカにする為のものである。
そう――ニーナからすれば、より大きな自分という悪が、小さな悪である子爵を踏みつぶすための作業にすぎない。
だが、横で抱かれているエルケルーシャからすれば全く違う姿に見える。
大人より先に助け船を出しに来てくれて、大人よりも先に駆けつけてくれた。
しかも子爵の計画をすべて見透かしたかのように、一つ一つ暴いていく。
言葉は非常に悪く、子爵を強くバカにしている一方で、自分を抱き寄せる力は絶妙だ。
エルケルーシャがふりほどける程度には優しく、だけど必要とあればニーナがすぐにでも抱きしめられる程度には強い。
そこにどこまでも気遣いを感じてしまう。
これを自分と年の近い、凛々しい少女がやっているのである。
エルケルーシャの中で新たな扉が開き掛かったり、あるいは何らかの癖が歪んだり捻れ出したりしても仕方ないことだろう。
「だが! 多少頭が良かったところで!」
勝ち誇ったのかヤケになったのか、ライトウベル子爵は笑う。
すると、武装した黒服たち数人がニーナたちを囲みはじめる。
「まったく……エルケルーシャ様には申し訳ないけれど、公爵家の警備能力の低さにはガッカリだわ」
敢えて大きな声で口にする。
この状況でエルケルーシャやニーナの元へ、騎士の一人も駆けつけてこないのは些か妙だ。
だから――と、ニーナは口の端をつり上がらせる。
どうせ自分は悪役だ。なら、悪いことをどんどん口にしてやろう。
「まぁでも今回の賊の手引きを、公爵家の関係者がしているというのであれば、それも仕方がないかもしれませんね」
途端、エルケルーシャがニーナのドレスを握りしめるような動きをした。表情は取り繕っているが、心当たりはあるのだろう。
「公爵様ご本人の預かり知らぬところで行われた計画だったとしても、このパーティ会場でそれを行うのは些か問題ね。事件の真相がどうあれ事件が起きたコトが問題でしてよ。
ああ――もしかして、暴かれなければ問題ないとでも思っていたのかしら。だとしたら今回の騒動を描いた画家も、さして絵はお上手ではないようで」
どこかにいるだろう黒幕を嘲るように、ニーナは朗々と歌うように言葉を囀る。
「そもそもパーティで問題が生じれば、公爵様はお立場を悪くされてしまいますもの。
事件の仔細がバレなければ問題ないとでもお思いかもしれませんが、警備の穴を付かれてパーティに賊が乱入したなど……公爵様にとってはそれだけで頭の痛い話。ましてや事件が暴かれてしまえば、よりその頭痛は強さを増しますのに。
だからこそ手ぬるい調査などしない――そこに思い至ってないのであれば、本当に愚かな画家が描かれた絵でしかありませんわ」
ニーナがそう口にしていると、ジリジリと黒服たちがこちらへと間合いを詰めようとしてくる。
すぐに襲いかかって来ないのは、ニーナを侮ってはいないからだろう。
立ち居振る舞いから、令嬢らしからぬ戦闘力を持っているのだと、そう感じているのかもしれない。
だが――一斉に襲いかかってこないのはむしろ悪手。
「ああ、そうそう。公爵様におかれましては事前にお詫び申し上げます」
ニーナは開いた扇子で、周囲をひと薙ぎする。
すると、ニーナの周囲に紫色をした握り拳ほどの火の玉が無数に発生した。
「無詠唱であれだけの数の火球をッ!?」
「しかも紫色の炎……?! どんな効果があるかわからん! 警戒しろッ!!」
警戒する黒服たちの言葉を余所に、ニーナはエルケルーシャを気遣うように微笑みかける。
「エルケルーシャ様。怖いかと思いますが、決して私からお離れにはなりませんように。炎に巻き込んでしまいたくはありませんので」
「……はい……ッ!」
ニーナの言葉に俯くようにしながら、エルケルーシャは抱きつくように体を寄せる。
公爵令嬢が素直に言うことを聞いてくれるのは助かる――そんなことを思いながら、ニーナは悪党たちに向けて、大悪党の笑みを向けるのだった。
夜にもう1話更新予定です٩( 'ω' )و