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ミリしら令嬢の矜持 1


 ニーナ・モヴナンデスが十歳の頃――



 月想術(ブレス)でも月想技(アーツ)でも紫色の炎を自然と使いこなせるようになり、戦闘訓練も十分に積んでいるニーナは同年代でも頭一つ以上飛び抜けた才能を見せていた。


 もちろん戦闘だけでなく、マナーやダンス、勉強だって何でもござれの秀才令嬢として密かに有名になり出しているほどだ。

 ちなみに勉強に関しては前世の記憶が大いに役になったのはナイショである。


 ともあれ、なにあれ、自分は悪役なれど令嬢だ。

 主人公のライバルであり、悪役でありながらも、令嬢としての矜持とマナーは失してはならない。


 参考文献は、前世で読んだ少年マンガ。七つの龍玉の物語に出てくる野菜の星の王子。あのあたりが理想型だ。

 彼は自分より圧倒的に強い神様など相手にしたときは、ちゃんと礼儀を持って接したりしてたし。


 立派なライバル兼悪役な令嬢を目指す一環として、小さな火の玉を連続で打ち出す魔術――いわばグミ撃ち式ファイアーボールも我流で編み出したので、かなり悪役に近づいたと思っている。


 そんな彼女がその日やってきていたのは、イアンガード公爵家のパーティだ。


 両親に連れられてやってきたニーナは、一通りの挨拶を終えたあとは、一人で食事を楽しんでいた。


 立食パーティで、あちこちのテーブルに美味しそうな料理が並んでいるので、食べ歩くのが楽しみだったのだ。


 世界の雰囲気はいわゆる中世ヨーロッパ風ではあるけれど、ゲームの世界だからか、食事はふつうに美味しい。


(うーむ……ゲームが先かこの世界が先か……なんて考えは意味ないんのでしょうけど……)


 時々、そんなことを考えてしまうのは、転生前の記憶なんてモノが蘇ってしまった故だろうか。

 あまり気にしても仕方がないので、そういうものだと納得しながら、ニーナは下品にならない程度に料理を皿に盛っては食べていく。


(んー♪ そんなコトよりローストビーフがやばいわ……このお皿のやつ食べ終わったら、おかわりしちゃおー)


 ニーナが上機嫌に食事をしていると、綺麗な銀髪の少女が、父と同じ年頃の男性に話しかけられているのが目に映った。


(この家の子供のエルケルーシャちゃんだっけ?)


 男性の方は――確か、父にも挨拶していた子爵だったはずだ。


(ちゃんと対応してて偉いねぇ……でも……)


 エルケルーシャの手元を見ると、ジュースの入ったグラスを持っているのが見える。

 そのグラスは、まだだいぶジュースが残っており、しかもかなり結露しているようだった。

 つまりは――彼女は全然それを飲めていないということだろう。


(子爵がどうこうじゃないわね。

 恐らくは最初の公爵への挨拶が終わったあとも、食事の雑談ではないような話が次々振られているのかもしれないわ)


 もしかしたら子供相手の失言狙いで、子爵が何かをしつこく言い寄っている可能性もある。


「よし」


 ニーナは小さく気合いを入れると、はしたなくない程度に高速で皿の上の料理を完食し、近くに通った給仕に皿を返却した。


 それから、エルケルーシャの方へと向かう。


「あのー……ライトウベル子爵。エルケルーシャ様とは私もお話をしたいのですが、まだお話されますか?」


 子供らしく見られるように、恐る恐る訊ねる。

 ライトウベル子爵はこちらを見、僅かに面倒そうな顔を見せた。


「えーっと、それはですね……」


 そのあとも即答せずに、何やらしどろもどろな子爵の様子から、想像通り、エルケルーシャの失言狙いか何かで言い寄っていたのだとニーナは確信する。


 もにょもにょしてて答えが返ってきそうにない子爵は早々に見切りを付け、ニーナはエルケルーシャへと水を向ける。


「あら? エルケルーシャ様、飲み物のグラスが随分と濡れておりますね。その様子では、飲み物も温くなってしまっているのではありませんか?」

「え、ええ……、そうなのです!」


 突然、ニーナに声を掛けられて僅かな戸惑いを見せるが、彼女は即座にこちらの意図に気づいたようだ。

 しっかりとうなずき返してきた。


「実は子爵とのお話が弾んでしまいまして。なかなか飲めなかったのですよ」

「よろしければ――ですが、まだお話が続けられるのでしたら、私が新しいドリンクをお持ちしましょうか?」

「あら、よろしいのですか? それでしたら子爵の分のお酒もお願いしますわね」

「かしこまりました。

 あ、でも――私もまだ子供です。私が頼んでもお酒は頂けないでしょうから、誰か大人に頼みますね」

「ええ、そうしてください」


 ニーナとエルケルーシャのこのやりとり、要約するならば――

「変なおっさんに捕まって大変そうね。誰か人を呼んでくる?」

「お願いしてもいい? このおっさん、しつこくて。大人を連れてきて欲しいんだけど」

 ――で、ある。


 少し回りくどいが、直接的な言葉で子爵を追い払うのは貴族らしくないのだ。それに、相手が二人よりも爵位が低いとはいえ、こちらの子供ゆえに身分を利用したやり方もあまりよく思われない。


 故に二人は、可能な限りスマートに、それでいて周知するよう、やや大きめの声でやりとりをした。


「では、失礼しますね」

「あ、待って下さい。お名前を伺っても?」

「失礼しましたエルケルーシャ様。

 ニーナですわ。伯爵家のニーナ・モヴナンデスでございます」

「そう、ニーナ。ではドリンクの交換よろしくお願いしますね」

「ええ。では一度そちらを預かりますね。

 それと、濡れてしまっている手にはこちらをお使いください」

「あら、ありがとう」


 エルケルーシャからドリンクを受け取り、持っていたモヴナンデス家の紋章入りのハンカチを手渡した。手を拭いてもらう為と、今しがたやりとりした自分が、モヴナンデスの娘で間違いないことを証明するためだ。


「では、失礼します」


 一礼して、その場をあとにする。

 可能ならば、エルケルーシャの父親である公爵か、ニーナの父親である伯爵を連れてくるのが手っ取り早いだろう。

 

 あるいは、戻ってくる前にその様子を見かねた誰かが仲裁に入ってくれると助かるのだが――


 そうして、建前上の約束もしっかり果たすべく、ニーナが温くなったドリンクと新しいドリンクの交換を終えた時だ。


 ガッシャン、ガッシャンという音が連続して響いた。

 パーティホールの窓が複数箇所、突然割れたのだ。


(なに?)


 何事かと見回すと、割れた窓から武装した黒ずくめの男たちが入ってくる。

 突然の出来事にあちこちで悲鳴があがり、会場内がパニックで騒然となる。


(賊……? 公爵家のパーティに?)


 警備はどうした? とか騎士たちはどう動くのか?

 ……などとニーナが周囲の様子を伺っていると――


「エルケルーシャ様! 危険そうな賊どもです! あちらへ逃げましょう!」

「え? いえ、でも!」


 戸惑うエルケルーシャの手を取り、引っ張るように逃げる男の姿が目に入った。


(……そういうコトね)


 何が狙いかは分からないが、何をしたいのかを理解したニーナは、即座に子爵とエルケルーシャの元へと動き出した。


明日も更新予定です٩( 'ω' )و

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