もうバタフライとかエフェクトとか言ってられない
(な、なんで、シナリオ的にはチュートリアル直後なのに、中盤の結構手強いボスを瞬殺してんの!?!?)
コーザ教諭が変身した直後、抱えていた令嬢とオークをぽいっと投げ捨て、ニーナは笑みを浮かべながら対峙した。
リシアもそれに習って、抱えてた令嬢は邪魔にならないように放り投げた。やばい戦闘に巻き込まれた時、余波で死にたくないので。
気を失ってる令嬢たちが巻き込まれたりしたのなら、それはまぁ運が悪いということで。
運が悪かったとしても、どうせチュートリアルイベント以外では出番のないモブなので、それほどシナリオには影響しないはずだ。
……などとリシアは思っていたのだが、ニーナとコーザ教諭の戦いは――文字通り瞬く間に勝敗が決してしまった。
(強いってモンじゃないんだけど、どういうコトなの……ッ!?)
コーザ教諭の四本ある腕はすべて肘を砕かれ、両足の膝は砕かれ、そして今――ニーナの左手が首を鷲掴みして持ち上げている。
「ぐ……が……」
力なく四肢(六肢?)を垂らし、首を握られる苦しさでうめくコーザ教諭。
それを、ニーナは冷めた眼差しで見上げている。
「さてコーザ教諭。何か言いたいコトはございまして?」
「キミ、の……その、チカラ……は……?」
(それッ、わたしも気になる……ッ!!)
思わずコーザ教諭を応援しかけるリシア。
ニーナがなんと答えるのか、興味津々で耳を傾ける。
「はて? この炎と戦闘力は、日夜真面目にコツコツと積み上げてきた研鑽のシロモノですわ。あまり堂々と誇るつもりもございませんが」
「研鑽……」
「はい。私は昔から悪役というモノに憧れておりまして、理想の悪役となるべく日夜研鑽を続けておりますの」
「……なんだ、それ……は……」
異形と化した顔を、困惑に染めるコーザ教諭。
その困惑はリシアも同じだ。
(悪役に憧れるって何……ッ!? っていうか憧れだけでこんな強くなれるのッ!?)
もはや自分の理解の及ばない存在と化しているニーナに、リシアは驚くことしかできない。
(どんなバタフライがどうエフェクトったら、モブ令嬢がこんなチート令嬢になっちゃうワケッ!?)
ゲーム通りに養父との仲を微妙にしていたら、こんな風にはならなかったのだろうか――と、リシアはふと思う。
だが、リシアは即座にその思考を振り払った。
(ゲームのシナリオが多少変わろうとも、地獄じみたスラム生活を思えば、モブがチート能力得るくらいどうってコトないじゃない……ッ!!)
泥水を啜り腐った残飯を漁るような生活になんて、戻りたいとは思わない。
例え誰かを蹴落とすことになっても、リシアはあそこに戻りたくはないのだ。
(そうよッ! 黒幕がこの国を終わらせなければそれでいいんだからッ、戦力が増えるのは良いコトじゃないッ!)
心の底か、頭の中核か――なんかそんなようなところにいるっぽい冷静な自分からの「ほんとうに?」というメッセージを無視して、リシアはそう結論づけた。
「さてコーザ教諭。あなたのそのお姿に関するコトや、通常よりも強力なオークをどこで調達してきたのか――など、色々と問いたいところではありますが」
「いえ……ないな……いえる、ように……できて、ない……」
「そうですか。残念です」
「モヴナ、ンデス……嬢……最後に、たのみ……が……」
「聞きましょう」
コーザ教諭が最後になんと言ったのかをリシアは聞き取れなかった。
だが、ニーナはそれに小さくうなずくと、自身の右手に、炎と同色の光球を作り出す。
それをコーザ教諭に押しつけるようにすると、教諭の体はそれと同化するようにくっついて、空中に固定された。
「お覚悟はよろしくて?」
「……ああ」
顔だけ人間の形に戻してコーザ教諭が微笑む。
「あ」
思わず声が漏れ、リシアは手を伸ばそうとした。
(伸ばして……どうなるっていうの……。
ゲーム通りなら、先生はもう人間に戻れない。戻せない。
タイミングは違えど、この結末はゲームと同じじゃない……)
脳、心臓、そして後付けされた核。
そのどれかが残ってしまうと、時間は掛かるが再生するような人外へと改造されている為、ゲームでは異形化したコーザ教諭を完全消滅させるのだ。
それというのも、光と闇のリンガーベルの黒幕は、人間や動物……さらには魔物を誘拐しては、自分たちの持つ能力を用いて肉体改造と洗脳を施し、見た目を元に戻して工作員として利用している。
肉体改造の時点で精神崩壊を起こす生き物は多いし、それに耐えても次の洗脳にあらがえる存在はほとんどいないとゲームでは語られていた。
例外がエルケルーシャであり、肉体改造されても精神を保ち、洗脳されても人格を保ち、死の間際に完全に正気に戻るという奇跡を起こしている。
そんなエルケルーシャを、ゲームの黒幕は希少適応個体と呼称し、レアモノが手には入ったと喜んでいたくらいだ。
そのくらい――黒幕の行いに耐えられる者が少ないのだろう。
少なくとも肉体的にも精神的にも一般の範疇の存在では耐えられないのかもしれない。
(あれ? だとしたら、今の先生の微笑みはなに?)
まるで正気に戻ったような微笑み。
この世界が光と闇のリンガーベルと同一の世界であるならば、コーザ教諭は恐らく正気には戻れない。
正気に戻って見えたなら、それは洗脳された怪人が、工作員として正気のフリをして微笑んだにすぎないはずである。
(ニーナさんに何を頼んだの? ニーナさんはそれに応えるの……?)
それは、何か致命的にマズいことが起きそうな気がする。
リシアは顔をあげて、再び手を伸ばそうとするが、既に間に合うタイミングではなかった。
「はぁぁ――……ッ!」
炎を纏う拳で、光球ごとコーザ教諭を打ち上げる。
ニーナはそれを追いかけるように飛び上がり、空中で両手を掲げるとコーザに向かって振り下ろしす。
「皇炎……」
その勢いのまま地面へと共に落下し、コーザ教諭を地面に叩き付ける。その瞬間――
「……轟嵐怒ッ!!」
紫色の火柱がニーナを取り囲むように一斉に生えると、それらは光球を砕きながらコーザ教諭を飲み込み、彼を再び宙高く打ち上げた。
ニーナは残心をしながら息を吐く。
ドサリと、コーザ教諭は落ちてきた。
それを見下ろしながら、ニーナは声高らかに人の名前を口にする。
「ウルガー」
「おう。呼んだかお嬢」
すると、どこからともなく執事服を着崩した長身の男が現れた。
「あれ。回収してドクのところへと持って行きなさい」
「なんだありゃ?」
野性味あるその目つきを訝しげにしながら、首を傾げる彼にニーナは応える。
「機械病の人間発症者よ。被検体としてドクに渡してほしいの」
「運んでる最中に襲ってこねぇよな?」
「さぁ? 四肢は折り砕いたのだけれど」
「それでも動き出すじゃんか。感染者どもって。急に羽根が生えたり、尻尾が生えたりとかもあるしよ」
「そうですけれど……文句を言わずに運びなさいな」
「はいはい。お嬢様は人使いが荒いこって」
そうしてウルガーと呼ばれた男は、異形化したコーザ教諭を無造作に抱き抱えた。
「……送ってくれ、と……虚月へと送ってほしい、と、そう頼んだ……だろ……?」
意識が戻ったのか、驚愕するように口を震わせるコーザ教諭。
それに対して、ニーナは大変悪女らしい笑みを浮かべて答えた。
「ええ。虚月へお送りするというお約束は守りますわ。
私とその家臣たちが、満足するまでそのお体を調べ終えたら……ですけれど」
「…………!」
「だって、機械病を発症された方々は正気を保っているようで根幹が壊れてしまっている方々ばかりではありませんか。
みな一様に同じ方向に向くように壊されている――とも言えますわね。
だから、正気に戻った顔で、正気の瞳で、人として虚月にいけないなら、せめて人でなしとしてハデに虚月へ送って欲しいだなんて殊勝な言葉を言い出した時点で、罠である可能性があるなと……そう思ったのですわ」
開いた口が塞がらないという顔をするコーザ教諭。それはリシアも同じだ。
(ニーナさんは独自にたどり着いているというの……? 黒幕の作り出した工作員たちに……? それってフラグブレイカーどころかシナリオブレイカーがすぎるんだけど……!?)
リシアの立ち回りで発生したバタフライエフェクトによるドミノ倒しはとどまるところを知らないらしい。
「……お前さん、自分が死んだら周囲にいる、機械病患者を一斉に呼び集めるトラップでも自分に仕掛けてたんじゃねぇのか?
それに気づいたから、お嬢はお前を殺さないギリギリの威力で技を出したんだと思うぜ」
煽るようなウルガーの言葉に、コーザ教諭の表情が一転する。
「ニーナ・モヴナンデスッ! キサマは……!!」
その怨唆はまるで機械音声だ。コーザ教諭そっくりの声なのに、人工的に作り出されたようなそんな声色。
憤る教諭にに対して、ニーナは美しいカーテシーを一つ。丁寧に礼をして、別れを告げる。
「それではごきげんよう。かつてコーザ教諭であったガラクタさん。
人としてのコーザ教諭は肉体ごと虚月へと向かった者として後ほど弔わせていただきますわ。
そうなれば貴方は自分をコーザ教諭だと思いこんだガラクタ人形でしかない。そうでしょう?」
連れていきなさい――と、ニーナが告げればウルガーはそれに応えるように、コーザ教諭と共に姿を消した。
恐らくは何らかの術か技を使ったのだろう。
「……はぁ。学園の教諭に、機械病発症者だなんて……これは、説明が面倒くさいわね」
アンニュイな嘆息を漏らしながら、ニーナはオークの焦死体の元へと向かう。
そして、オークの膨らんだ腹部へと無造作に手を突っ込むと、引き抜いた。
そこからは、血や内臓ではなく、金属片やケーブル、歯車などが引きずり出されてくる。
「やっぱり……機械病患者でしたわね。
機械症発症者であるコーザ教諭が用意した存在となれば、可能性はあるかもと思ったのですが……まぁコーザ教諭の身に起きた出来事の説明に使えるから、このオークがいるだけ、まだマシかしら?」
ぶつぶつと言いながら引きずり出したケーブルを弄ぶニーナを、リシアは呆然と眺めていた。
「でもこのオークをローストポークにするの、少し楽しみにしていただけに残念ですわね。表面が焦げた時、良い匂いをしておりましたのに」
分からない。変容しすぎたモブ令嬢のことが分からない。
リシアの中ではもう、このニーナ・モヴナンデスという伯爵令嬢がよく分からない存在へとなっていた。
そして、今現在の状況が、「バタフライエフェクトが起きてるのか~……」などとのんびり静観してられない状態になっている。
そのことは漠然と理解できていた。
理解できたところで、何かリシアに出来ることがあるのかと問われたら、答えようがないのだけれど。
本日は夜にも更新予定です٩( 'ω' )وよしなに