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怨まれるのも悪役の仕事だと彼女は笑う


 リシアは王都にある屋敷の自室で目を覚ました。


「えーっと……?」


 覚えているのは怒りに駆られて大技を使おうとしたこと。

 伸びてきた目玉のついた触手が視界に入ると同時に、意識が遠のいたこと。


「あれから、どうなったの?」


 身体が痛い。空腹もすごい。喉の渇きも。


「とりあえず、起きよう」


 うめくように漏れ出る声が枯れている。

 相当長いこと寝ていたようだ。


 大きく息を吐きながら、リシアは枕元にある使用人を呼ぶベルを鳴らすのだった。


  ・

  ・

  ・


 食事をし、養父から事情を説明されたリシアは、とりあえずリハビリがてら外へと出てきた。


「まさか二日も寝込んでるとはなぁ……」


 一人で通りを歩きながら、独りごちる。

 通りでお腹も空くし、喉もカラカラだったはずである。


 整備された石畳の道を歩きながら、思い返すのは父から教えてもらった寝ている間のことだ。


 リシアが寝込んでいる間に学園は休校となっていた。

 なんでも、アンウォルフ殿下が学園の存在意義に苦言を呈したそうだ。


 それも普段の思いつきや気まぐれのようなモノではなく、王族らしい顔での話だったので、陛下やその臣下たちが聞く耳を持ち、そこへ至ったようである。


 またウェルナーの実家であるヴェルナード家がクソモブことブルーモの実家ウーサイ伯爵家へと厳重抗議する際に、父も連名で名前を書いてくれたらしい。


 ウーサイ伯爵家への抗議は、ヴェルナード侯爵家、ロゼスタ男爵家だけでなく、モヴナンデス伯爵家、バルドウィン侯爵、イアンガード公爵家、さらには王族も名を連ねている為、かなりの大事になっている模様。


 いっそ事故死してた方がマシだったのでは――と一瞬思ったが、まぁいいかと肩を竦める。

 関係者の誰かと会いたいとも思ったが、エルケルーシャはリシア同様に寝込んでいるそうだ。

 リシアからすると、誘拐されてないという事実だけで大きな安堵である。


 殿下、ランハート、ウェルナーは事件の後始末に奔走しているらしい。

 学園への不信感により、教師や警備騎士たちから権限を取り上げた以上、自分たちが責任を取るとして、色々と仕事しているようだ。


 ニーナは不明。

 単純に、表だっての動きがないだけだろう。案外、裏では今回の事件の犯人辺りを灰にしたりしている可能性がある。


「うーん、誰かと会えると詳細聞けそうだけど、難しそうだよねぇ」


 独りごちながら、父からの話を思い返し、リシアは嘆息する。

 だからこそ、暇つぶしとリハビリを兼ねて平民街へと出てきているのだ。


 目指すは綿毛人(わたげびと)互助協会。

 人によっては、冒険者ギルドなどと言えば通じるような場所だ。


 綿毛が風に乗るように、自由にあちこち旅する根無し草たちの総称であり、彼らが路銀を稼ぐ為に、町の住民などの困りごとを依頼という形で受領し、路銀稼ぎの為の仕事として斡旋している施設。


 綿毛人とひっくるめて呼んではいるが、その内訳としては、旅人もトレジャーハンターも、賞金首ハンターも、魔獣狩りも、旅の傭兵なども一緒くたである。


 正史(ゲーム)でも、資金稼ぎだったり、情報収集だったりで、たびたび訊ねることになる施設だ。


 ゲーム的なところでいうと、パーティメンバーの身分からの資金調達が難しいと判明したところで、リシアが思いついたのが依頼をこなしての資金稼ぎ。


 学園の授業が終わったあとの放課後は、シナリオ進行などがなければ自由時間であった為、アンウォルフたちを誘って、ギルドでサブクエストを受注したり、クエスト攻略の為に町の外で魔獣と戦ったりする。

 それが、ゲームにおける資金や経験値の稼ぐ手段であった。


 現実となった今も、リシアは早い段階でギルドに登録をしていた。

 万が一、男爵家を追い出されても良いように――というモノと、自分を受け入れた男爵領の領民たちの為に、何かしたかったというのもある。


 今では領地においてリシア人気は高く、ちょっとしたアイドルだ。

 領地の騎士として、時に綿毛人として、魔獣の集団や悪漢の集団などとの戦闘に混ざって戦果を上げるだけでなく、掃除や畑仕事の手伝いなどの依頼も積極的に引き受けていたら、勝手にそうなっていた。


 学園に通うことが目的だったので、王都のギルドには顔を出していない。

 だが、暇を持て余している状態というのは好きではないので、せっかくだから――と思ったのである。


 その為、今の格好は学園の制服でもなければ、貴族らしい格好でもなく、ちょっとお金に余裕のある冒険者のような格好となっていた。


 ノンナ通りを抜けて、メニス通りへと入る。

 このメニス通りの先にある噴水広場に、綿毛人互助協会の建物があるのだが――


(こ、この世界にも黒スーツってあるんだ……サングラスも……)


 メニス通りを歩いていると、黒いスーツに身をくるみサングラスを掛けた、いかにもな男性二人組を見かけてギョッとする。

 もちろん、関わっても面白いことは無さそうなので、見て見ぬ振りをして通り過ぎようとした。


「……え?」


 二人の黒服の間に、いかにも貴族然とした少女がいたのだ。

 それを思えば、左右の黒服二人は彼女の護衛騎士か何かなのだろう。


(護衛騎士というかボディガードって言葉の方がしっくりくるけど)


 その少女の髪は、見慣れた赤色だ。

 というか、その少女はニーナだった。


(あ、なんか納得)


 あの護衛達はニーナのこだわり仕様というモノなのだろう。

 この時点で、黒服サングラスなんて地球じゃないんだから――というツッコミはできるのに、何でニーナのこだわり仕様がそれなんだろう……と疑問が湧かないのがリシアである。


「ふざけんじゃないわよッ!!」

「大いに怨んでくれて構いませんわ。あなた程度の怨みなど、大して怖くもありませんし!」

「この……ッ!」

「ダメよッ、イゼラ!」

「でも母さん……!」


 リシアは声を掛けようかと思っていたが揉めているようなので、様子を見ることにした。


 よく見ればあれは民家の前だ。

 伯爵令嬢であるニーナがわざわざ出向く理由などなさそうな場所だが。


「怨んでくれてもいいけど、邪魔はしないで。わざわざ私がこんな小さな家に顔を出してあげてるって意味、理解したら?」

「貴族だからって……ッ!!」


 先ほどイゼラと呼ばれていた自分たちより少し年下と思われる平民の少女は、親の敵を見るような憎悪に満ちた顔でニーナを見ている。


(ニーナちゃんは、何をしてるの……?)


 それに対して、母親の方は苦しそうな悲しそうな顔をしながら、娘を抑えた。


「中に入っていてイゼラ」

「母さん……!」

「今の貴方を前に出すワケにはいかないわ」

「………………クソッ!」


 バタンと乱暴に玄関のドアを締めて、イゼラが家の中へと入っていく。

 それを確認してから、ニーナが丁寧に頭を下げた。


 ニーナが頭を下げるのを見て、母親の方は戸惑った様子を見せる。


「あ、あの……一体……ッ!?」

「改めまして――この度は、私の力不足で貴方の旦那様を救えぬまま、虚月に送るコトになってしまいました。まずはそのコトをお詫び申し上げます」


 納得がいかないような、何が起きているか分からないというような顔をしている母親に、ニーナは続ける。


「娘さんには私を怨ませておいてくださいませ。

 最初の報告の際の目――自害してでもお父様を追いかけかねない様子でしたので。それが憎悪であろうと生きる理由になるならば、と」

「あの……では、あなた様の、先ほどの態度は……」

「はい。重ねてお詫び申し上げます。ご不快な思いをさせてしまって申し訳ありません」


 そこで、母親の目から涙が零れ始める。

 何の話をしているかは分からないが、ニーナが娘のイゼラからわざと怨みを買う言動をしたというのだけはリシアも理解する。


「虚月へと向かう傍ら、貴方の旦那様からは――妻と娘を頼むという伝言を頂いておりますので……。

 その責任を果たすのもまた、命を奪ったモノの責務であると考えております」

「……ぁぁ……!」


 母親は大粒の涙をこぼし、声にならない嗚咽を漏らしている。


(殺した……? ニーナ様が、あの人の旦那さんを?)


 リシアが状況を全く理解できないまま、ニーナたちの話は進んでいく。


「――とはいえ、貴族として特定の平民へ不自然に肩入れするコトは出来ません。

 ですので、影ながら……という形で支援はさせて頂きます。当面はこちらを」


 黒服の片方が小さな袋を母親に渡す。


「旦那様が万が一の為に貯めていたモノ――というコトにしておいてください。

 袋の中に、私への連絡手段を書いたメモも入っておりますので、困ったコトがありましたら連絡をください。

 メモは……今、取り出してポケットにでも入れておいた方がいいかと。娘さんには見られないようにお願いします」

「娘に……事実は伝えなくていいのですか?」

「どのタイミングで伝えるかはお任せいたします。怨みが生きる糧になっている間は、明かさない方が良いかも知れませんが」

「……わかりました。ご丁寧にありがとうございます」

「では失礼いたします」

「あの、お名前を伺っても……?」

「……敢えて伏せさせて頂きますわ。名前も分からない憎き貴族令嬢――それで構いません。悪を目指している私にはちょうど良いですので」


 そう言って、ニーナは丁寧にお辞儀をすると、その場をあとにした。

 そのまま真っ直ぐ、遠巻きに見ていたリシアの元へとやってきた。


「見ていたのねリシアさん」


 苦笑するように訊ねてくるニーナに、リシアは申し訳なく思いつつ謝罪する。


「ごめんなさい。通りすがりに見かけちゃって……」

「構いませんわ。それより、無事にお目覚めになったようでなによりです。冒険者の装いも良く似合っていてよ」

「ありがとうございます。寝起きのリハビリも兼ねて、綿毛仕事でもちょっとしようかなって。学園もないですし」

「そうですか」


 ――と、ニーナがうなずいたところで、ゾッとするような気配を感じて視線を向ける。


 イゼラだ。

 家の窓からニーナへと射殺(いころ)すような視線を向けている。


「わざわざ露悪に振る舞っていたけど、いいの?」

「ええ。聞こえていたと思いますが、これが彼女の生きる糧になるならば。

 重度のファザコンだったそうでして……私が父親を虚月へと送ってしまったショックで、それこそ、その場で自死しそうだったので」

「あー……」


 彼女を生かすためにやむを得なかったらしい。


「ところで、ニーナさんがお父さんを殺したっていうのは?」

「リシアさんだって知っているはずですよ。その最後の場面には気絶していて立ち会ってはいないでしょうけれども」

「……あ」


 そのニーナの言い回しで理解した。

 あれは、学園に乱入してきた想魔人の家族なのだと。


「そうだリシア様。実は貴方とお話したいコトがありまして……しばらく学園は無さそうなので、どこかで時間を取って頂きたいのです」

「今日は暇ですけど?」

「できれば本調子に戻ってからの方がいいですわね。一週間後とかはどうでしょう?」

「それなら大丈夫だと思いますけど……」

「では一週間後の今ぐらいの時間に、綿毛人互助協会のロビーで待ち合わせましょうか」


 リシアはそれにうなずいてから、ふと首を傾げる。


「ニーナさんって協会への登録は?」

「もちろんしておりますわ。お忍びで綿毛仕事するのは結構好きですので」


 ニーナはそううなずいてから、雰囲気をお嬢様から生徒会室で見た下町の姉御っぽいモノへと変えた。


「そうでもなきゃ、下町喋りなんて覚える機会なんてないし、使う機会もないでしょ?」

「あ、なるほど」


 それもそうか――と、リシアは納得するのだった。


ストックに追いついてしまったのと、息切れしてしまったので

毎日更新はここまでとなります


次回から不定期更新となりますが、引き続きよろしくお願いします

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