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切りつける激情


 らしくなく、口汚い言葉で咆哮を上げるニーナの背中に、アンウォルフは顔を歪ませていた。


 彼女が口汚い言葉を使っていることにーーではない。

 その慟哭のような言葉の意味を、アンウォルフも正しく理解しているからだ。


「ランハート……あの想魔人化した上に機械症まで発症していた男は……」

「はい。最後の最後で正気を取り戻しておりました」

「なるほど。本当に、ふざけるなーーって感じだな」

「……同感です」


 身分相応の振る舞いというモノに少々うるさいはずのランハートさえも、今のニーナを咎めたりはしない。

 あの背中に、あの叫びに、掛けるべき声を持ち合わせていないのだ。


 それでも、必要とあれば声を掛けられる気概を持った男ーーウェルナーがここにいる。


「ニーナ嬢、そろそろ落ち着け。警備や教師たちが来るぞ」

「……そのようですわね」


 気配を察知した二人が、小さく息を吐く。


 ドタバタとした気配と共に、まずは警備騎士たちが姿を現す。


「こ、これは一体……?」


 慌ててやってきた様子はあるが、あまりにも暢気なことを言っている。


「遅い。どこで道草を喰っていたのかしら?」


 酷く低い声色で、ニーナが問う。

 普段の余裕のある様子はなく、取り繕うことなく怒りと不機嫌を見せつけてくるニーナに、警備騎士たちは戸惑った。


「戦闘開始からここまでどれだけの時間があったかしら? どれだけ大きな音が立ったのかしら? あまりにも暢気ではなくて?」


 ニーナの剣呑な空気にあてられ、騎士たちはゴクリと息を呑んだ。

 そこへ、教師たちもやってきたようだ。


「こ、これは……!?」

「ニーナ・モヴナンデス伯爵令嬢! これはどういうコトだ!? 学園内でくだらない火炎系の術をどれだけ使えば気が済む!? これだから野蛮な……」


 教師の一人がニーナへの嫌みを早口で語り出したところで、紫色をした小さな火の玉がその教師の顔面で炸裂した。


「……ぐわっ!?」


 たまらず倒れ込む教師に、ニーナは据わった目を向ける。


「この状況で生徒の心配よりも先に私への苦言?

 しかも、明らかに政治的、派閥的なコトを由来とする嫌味だなんて、まともな教師だとは思えませんね」


 紫色の炎を背負い、ニーナは大人達へと一歩踏み出す。


「他にも、倒れている生徒達より私への苦言を言いたい人は出てきなさい。この場で全員、焼き焦がすわ」


 ニーナから猛烈な怒りと殺気が、熱気となって(ほとばし)る。


 殺気のようなモノを直接ぶつけられることに馴れていない教師などは、それだけで泡を吹いて倒れそうになっていた。


 それを見、さすがにやりすぎだろうとアンウォルフは止める。


「ニーナ。それ以上は八つ当たりにしても行き過ぎだ。落ち着け」

「…………」


 ギロリーーとニーナはアンウォルフを睨む。

 しかし、彼の手の中で意識を失ったままのエルケルーシャと、彼の首に残る絞首痕を見て、大きく息を吐いた。


「そうですね……その通りです……」


 ニーナは苦しそうにそれだけ絞りだすと、大きく息を吐いた。

 それから、俯いた状態で大きく息を吸い込み、上体を軽く逸らしながら両手を天高く掲げる。


「うわあああああああーー……!!」


 そして、怒りによって無意識に体内へとため込んでいた月想力と念の全てを空に向かって解き放つ。

 紫色の火炎竜巻がニーナを中心に立ち上り、一つの火柱へと変わったあと、天へ向かって放射され、やがて炎は収まった。


「…………ふぅ……」


 ゆっくりと両手を下ろし、視線も地面へと落として、大きく息を吐く。

 それから、改めて顔を上げたニーナが、アンウォルフへと視線を向けた。


「申し訳ありません殿下。この場の諸々をお任せしても?」

「もちろんだ。キミは消耗が激しいからな。先に帰ってくれて構わない」

「お言葉に甘えさせて頂きます」


 アンウォルフとそのやりとりを交わしたあと、ニーナは大人達に向けて丁寧に一礼をした。


「では皆様、ごきげんよう。お先に失礼させていただきますわ」


 八つ当たりしたことを謝罪することなく、まるで何事もなかったかのようにいつも通りの挨拶をして、ニーナは笑顔を浮かべ、去って行った。


 付き合いの長いアンウォルフたちからすると、その笑顔が明らかに無理しているものであるのは一目瞭然だ。

 しかも、何日も徹夜したり飲まず食わずだったのかと思わせるほどに、やつれた様子を見せている。


 今回の一件、ニーナにとってはかなり精神的な疲労を(もたら)しているのだろう。

 それが見てとれたからこそ、アンウォルフはさっさと帰るように促したのだ。


「明らかに重要参考人のニーナ嬢を帰すなど、殿下はなにを考えて……」


 教師の一人が慌てて声を上げようとする。だが、それをアンウォルフはこれまで見せたことがないほど冷酷な表情で告げた。


「少し黙れ。この後に及んでニーナ、ニーナと……お前達はこの状況で、なぜニーナを糾弾しようとしている?」


 それに続くように、ウェルナーとランハートも冷たい表情で告げる。


「警備の騎士の皆さんも、殿下やニーナに腰を引いてないで、倒れている生徒たちの手当をして頂けませんかね?」

「人死にが出てもおかしくない戦闘があったのはこの場を見れば分かるでしょう? するべきコトはまず倒れている者たちへの手当です。そんなコトも分からないほど無能であるとアピールでもしたいのですか?」


 三人の言葉に、良識ある大人たちや、野次馬のように集まっていた生徒達の中でも、まだまともな感覚が残っていたらしい者たちが動き出す。


 そんな中でもどうして良いか分からず突っ立っている教師達へ向けて、アンウォルフは呆れたように言葉を向けた。


「今回の一件。この学園の存在価値そのものを揺るがす事件だったようだ。其方(そなた)らはその自覚はあるか?」

「で、殿下……一応ここは学園内ではあり、貴方は生徒で我々は教師なのですから、もう少し態度を改めて頂けると……」

「ふっ」


 何やら言い始めた教師に、アンウォルフは自嘲気味に笑う。


「なるほどな。他人がやっているのを見るとこれほど滑稽なコトは無い。正しく叱ってくれたニーナや父上には感謝せねばなるまい」

「な、なにを……」

「教師のクセに知らないのだな。身分や立場というのは、己の我が侭や、不都合な言葉に耳を塞ぐ為に使ってはならぬのだと」


 そう告げるアンウォルフからは、年相応のどこか頼りなく空回りしやすい可愛い少年という雰囲気が皆無になっていた。


 王を思わせる空気ーー王族らしい威厳と威圧に満ちた王気を纏い、アンウォルフは教師達を睨み付ける。


「今のオレは、いち生徒ではなく、王族に連なる者として、この場を収めるべく采配を振るっている。それに意を唱えるのであれば、相応の理由と覚悟を持て」


 静かな宣言。だが、その場にいる者たちはニーナの殺気に当てられた時のように威圧感を覚えていた。


「その上で、今回の件が深刻な理由を口にしてやろう。

 多数の学年が入り交じる中、想魔人と遭遇したのにまともに対応できたのが、ウェルナーとリシアだけだった。

 他は逃げるコトも、大人を呼びに行くコトもしない無能揃い。

 特に国に仕える騎士や術士を目指しそれぞれの学科を選んでいる者たち。それらが動けなかったのは情けないにもほどがある。ここで勉強しているコトがなんの役にも立たなかったではないか。

 教師や警備の騎士たちも同様だ。ニーナも言っていたが、最初の爆発の時も、二度目の爆発の時も大きな音がしたはずなのに、どうして動かなかった?」


 教師生徒問わず、手当や救助に動かないまま立ち尽くしている者たちへ、静かにーーだが確実に、叩き付けるようにアンウォルフは口にする。


「ウェルナー。ニーナの火縄に捕らえられているバカを連れてこい」

「はっ!」


 即座にウェルナーが動き、ブルーモを連れてくる。あちこち焦げているが、大したケガはしていないようだ。


「ウェルナー、騎士としてこいつをどう扱う?」

「そうですねーーまだ学生ですし、騎士としての矜持もなさそうですので、騎士としての罰を与えても意味がないでしょう。

 ですので、ウーサイ伯爵へ我が父より厳重なる苦言でもして貰うのが良いかと」

「なるほどな……ならば、我が父の名も連名にさせてくれ」

「それならば、当家バルドウィンも名を連ねるかと」


 さすがにそれがどういう意味なのか理解して、ブルーモは青ざめる。

 だが、ことはそれで終わらない。


「恐らくはイアンガード家とモヴナンデス家も乗ってくるか」

「リシアのロゼスタ家も乗ってくるコトでしょう。家格が下であろうと、上位の面々と名を連ねるコトには意味がありますからね」


 三人の話し合いに、恐る恐る訊ねる警備の騎士がいた。


「あの……彼は何を……?」

「戦犯だ。実力を伴わぬくせに戦場へと出て、権力を持ってリシアの行動を妨害、ウェルナーの作戦を邪魔をした挙げ句、自分は敵の人質に取られ、二人に無用なケガを追わせた。

 あの状況において、暴走している想魔人とまともに対抗できたのはリシアとウェルナーの二人だけだったというのにな」

「もっとも下がれと警告しているのに下がらなかった野次馬にも思うところはありますが」


 ウェルナーが周囲で立ち尽くしている野次馬たちを睨み付ける。


「その全員を罰するのは難しい故に、ウーサイ伯爵令息という生け贄がいる。ようは見せしめだ」

「そ、そうでしたか……」


 アンウォルフの冷え切った声色に、声を掛けてきた騎士がやや身体を震わせながら理解を示す。


 そうこうしているうちに、警備の騎士ではない騎士たちがやってきた。


「お前達、何をしに来た?」

「ニーナ嬢から、学園の警備騎士が使えないから、代わりに殿下へ協力するよう要請されて参りました」

「そうか。これでテキパキと作業が進みそうだ」


 気を利かせてくれたニーナに胸中で感謝しながら、アンウォルフは指示を告げる。


「ウェルナー、お前は隊長と情報のすりあわせを。

 他の隊員は倒れている生徒の手当と、治療院や治癒術士の手配を」


 はッ! と力強い返事と共に、この場へとやってきた騎士たちは動き出す。


「この場が収まったら、お前の負担が増えるかもしれないが、よろしく頼むランハート」

「問題ありません。報告書などの書類仕事は私の担当分野ですから」


 なんとか終息していく状況に、アンウォルフは大きく息を吐くのだった。



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