ふざけた想機人
「くッ、どうなった……?」
吹き荒れる爆煙に顔を覆いながら、アンウォルフは戦況を確かめるように視線を巡らせる。
やがて煙が晴れてくると、両膝をついて俯き、腕を力なく垂らしているリシアの姿が現れた。
「リシア!」
「お待ちください殿下ッ!」
「ランハート!」
リシアの元へと駆けようとして、ランハートに止められる。
「明らかにおかしいのです。どうして月想術を撃ったはずのリシアさんが膝をついているのですか?」
「あ」
撃ってしまったものは仕方が無い。
それで盾にされた生徒たちが命を落としてしまったら仕方ないではすまないが、それはさておく。
少なくともリシアは月想術を放った。
あの爆発は、それが異形に向けて放たれたモノだと、アンウォルフもランハートも思っていた。
だが――
「無事だと? 生徒も、エルケも、異形もか!?」
「そうなのです。あれほどの術で何も起きていない」
――完全に煙が晴れて二人の目に飛び込んできたのは信じがたい状況だった。
(リシアさんの月想術を完全に無効化された? いや、それにしてはあまりにも無傷すぎる……)
ランハートは必死に状況を分析していく。
今の爆発で、ウェルナーとニーナもこちらの異常に気づいたはずだ。
二人が来るまで持ちこたえられれば、なんとかなる可能性もある。
しかし――
(二人が来るまで、持つのか? この状況……ッ!?)
ランハートの思考に一抹の不安が過る。
それを押しのけてでも思考しなければならない状況でそれは明確なノイズだ。
不安に苛まれながらも、ランハートは必死に状況を確認する。
そして気がついた。
「殿下。リシアさんの周囲にいる目の付いた触手、わかりますか?」
「ああ。あるな」
「あれとは至近距離で絶対に目を合わせないでください」
そういえば、先ほどのエルケルーシャもあのタイプの触手と目を合わせた途端にチカラを失っていた。
何らかのそういう能力を持っているのだろう。
だとしたら――
「恐らくは月想術発動の直前に、リシアさんもあの目にやられたのでしょう。
意識が奪われたコトで、月想術が中途半端に発動し、爆発こそしたものの大した威力のないモノになってしまったのだと思います」
「不幸中の幸いなのかどうか判断に困る話だ」
毒づくようにしながら、アンウォルフは剣を構える。
「とにかくあの人質の壁を抜けて、エルケを助けなければ」
「目の触手だけは気をつけてくださいよ」
「承知している」
エルケルーシャは捕らわれているだけではなく、あの目の触手によって意識まで奪われているのだ。
自力で脱出したり、こちらの動きに合わせて脱出方法を考えたりすることはできなくなっている。
敵の狙いがエルケルーシャを連れ去ることであるならば、なんとしてでもここで止める必要があった。
――失ってから正しかったとか、大事だったとか思っても、手遅れですから
――ならいつ失われても良いように、今のうちに感謝などを伝えておくべきだと、思った
――いつ失われてもいいって何だよ!
先日のやりとりが、アンウォルフの脳裏に過る。
(全くもってリシアの言うとおりだ。いつ失われてもいいなんて、バカらしいッ!
失っていいワケがないだろッ、手遅れにならないように感謝を伝えるのも大事だがッ、そもそもッ、失いたくないんだろうがッ!)
そんな状況に直面してから気づくなんて遅すぎる。
だが、気づけたのだから、状況は改善できるはずだ。
自分を叱咤したアンウォルフが地面を蹴る。
迫る触手を躱して、切り払い、異形の本体へと肉迫していき――
「チッ」
――舌打ちをして下がる。
目玉付きの触手が周囲に現れたのだ。
あれと至近距離で目を合わせると意識やチカラを奪われる以上、近づくのは危険だ。
追いかけてくる目玉触手から、思わず目を逸らす。
それは同時に、視界の範囲が変わることを意味する。
「がッ!?」
逸らした視線の死角から触手が振るわれて、アンウォルフのボディを強打した。
「殿下ッ!」
ランハートが月想術を準備しながらアンウォルフに駆け寄ろうとして――
「クッ、邪魔を……ッ!」
――何かがランハートの服の裾を掴んだ。
邪魔をするなと振り払おうとして、ランハートの動きが止まった。
「リシアさん?」
意思のない虚ろな瞳。
だらしなく半開きになった口の端から垂れる涎も拭わず、リシアはランハートの服の裾を捕まえていた。
「う、ぁ……」
うめきながらリシアがランハートの裾を引っ張る。
「離してくださいッ、リシアさん!」
特に交流のない生徒であれば、ランハートは躊躇わず突き飛ばしていただろう。
だが、それなりに付き合いのあるリシアだったからこそ、乱暴に振り払うことを躊躇ってしまう。
「しまったッ!」
その躊躇が、ランハートに最悪を齎す。
力強く裾を引っ張られバランスを崩したランハートを、生気のないリシアは押し倒し、上にのしかかる。
一見するとランハートの腰の上にまたがるリシアという、大変はしたない絡み合い方をしてしまっている。
だが、上に乗っているリシアはそんなことを気にすることはなく、意思のない瞳を揺らしながら、押し倒したランハートの首に手を掛けた。
「リ、シア……さん!?」
まずい――と、ランハートが思った時だ。
「ぐあッ!?」
アンウォルフの小さな悲鳴が聞こえてきた。
(殿下ッ!?)
視線だけそちらに向けると、アンウォルフが何かに突き飛ばされて尻餅をついていた。
そして、アンウォルフへとのしかかろうとする女がいる。
(エルケ……ルーシャ……様ッ!?)
リシアと同じように生気のない瞳のままアンウォルフを押し倒し、感情のない様子のままアンウォルフの首に手を掛けている。
(まずい……最悪の敵だッ! あの目は、意識を……奪うだけでなく……人を、操る……のか……)
ランハートは必死にもがくがリシアの手を外せない。
(意識がないせいで、チカラの限界の、制限がない……とでも……?)
目の前が滲んでいく中で、リシアが振りほどけない理由を漠然と理解する。
だとしたらエルケルーシャも同じだろう。
彼女場合はもっとひどい。
ケガをしている腕を治療しないまま強引にチカラを込めてるせいで、出血が酷くなっている。
アンウォルフもがいているようだが、やはり振りほどけないようだ。
(どうにも……ならない……)
ランハートの意識が遠のきだした来た時だ。
「私の前でふざけた光景を作り出しておりますわね」
怒気の孕んだ女性の声が響き、轟ッ! という音と共に紫色の炎が戦場を撫でた。
するとリシアの腕からチカラが抜け、グラりと傾くと彼女は倒れた。
アンウォルフの方をみると、エルケルーシャも同じようだ。
「げほッ、がほッ……」
激しく咽せながら、それでもこの状況を逃すまいと、ランハートは倒れたリシアを抱えて動き出す。
視線だけアンウォルフを向ければ、彼も同じようだ。
激しく咳き込みつつも、エルケルーシャを抱きかかえて立ち上がっている。
アンウォルフとランハートの視線が絡み、互いにうなずきあうと、言葉もなく異形から離れるように動く。
「ウェルナーは二人の撤退支援と人質の救助を。私は――」
ニーナは、いつもよりも暗く激しい紫炎を纏い、異形を睨んだ。
「このふざけた状況を作り出した元凶を灰にかえて差し上げますッ!」




