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彼女の炎は変幻自在がすぎる


「ニーナ……様?」


 その背中を見て、リシアの口からその名前が漏れる。


「ええ。状況はすでに把握していますが、さすがに人質を巻き込むような手段はあまり褒められませんわね」


 ニーナはちらりとリシアを見て微笑むと、想魔人へと向き直った。

 とはいえ――想魔人に捕まった経緯を考えると、素直にブルーモを助けたいと考えられないのも事実だ。


 その足下に転がるブルーモへと冷たく告げる。


「とっととお退きなさいな、まったくグズですわね」

「ど、どいつもこいつも! 痛くて動けないと言ってるだろ! 殴られたし、頭も握られたんだぞ!」


 瞬間――ニーナの姿がかき消えた。

 実際は、そう錯覚しただけで、ニーナは地面を蹴って移動しただけだろう。


 あっという間にブルーモのところまでいくと、熱のない炎の紐を作り出して巻き付けた。


(なんで亀甲しばり?)


 思わずリシアは胸中でツッコミを入れる。


「痛みで動けないと喚く程度の根性で戦場(いくさば)に出るなど、愚かしいにもほどがありますわッ」


 怒気の孕んだ声でニーナがそううめくと、ブルーモを縛りあげている炎の紐の一部を伸ばして、自分の左腕に巻き付けた。


「な、なにを……」

「少し教育してさしあげます。それをもって戦場というモノを正しく理解してくださいませ」


 告げた直後、想魔人の腕がニーナに向けて振り下ろされる。


「ぐるぅぁ!!」


 だが――


「甘い」


 ――ニーナはそれを右腕を軽く持ち上げて受け止めた。


「パワー不足ですわね。想魔化してこれとは……元々鍛えてはいらっしゃらない方なのでしょう」


 まるで世間話でもするかのような調子で想魔人へと話しかける。


「まずはその体内で暴れ回る月想力を落ち着かせてさしあげますわ」


 次の瞬間、炎の紐が巻き付いた左腕で拳を握ると、アッパーカットのように振り上げた。


「びひゃあああ!?」


 急に紐を引っ張りあげられて、ブルーモが悲鳴をあげる。

 直後に、ニーナの拳は想魔人の鳩尾(みぞおち)を貫く。


「ぐぉぉ……」


 身体をくの字に曲げながら、想魔人がうめき声をもらした。

 同時に、その口からキラキラと輝く結晶がこぼれ落ちていく。


 結晶化した月想力だ。

 体内で暴れ回り想魔化の原因となっている月想力に対して、ニーナは自分の拳からそれを抑制するチカラを打ち込むことで結晶化させたのだ。


 そして、この技はボディへと拳を打ち込むだけでは終わらない。


 うめき、結晶を吐きこぼす想魔人へ向けて、ニーナは逆の拳を握りしめる。

 その拳に、いつもよりももっと濃い――黒に近い紫色の炎を宿した。


 黒い拳を、先ほどよりも身体を深く沈めながら振りかぶり――


滅臥龍昇(メツガリュウショウ)!」


 今度は顎へ向けて拳が振り上げられた。

 ただ振り上げるのではない。振り上げると同時に飛び上がり、そのついでに鳩尾へと追撃のように膝をねじ込む。


 滝を登る龍のように、ニーナとニーナの纏う黒い炎が、想魔人を巻き込み天へと昇る。

 ついでに左手にくくりつけられた紐を引っ張られるので、亀甲縛りをされたブルーモも一緒に天へと昇っていく。


「ぴょまままわわわあああああああ――……!!」


 そして、巻き込まれた想魔人より高い位置に来たニーナは、黒い炎を自分の左手に集約していく。それを振りかぶって――


灼豪破(シャクゴウハ)!」


 宙を舞う想魔人へ向けて振り下ろされる。


 拳が相手を捉えると同時に、そこからエネルギー波のような、あるいはビームを思わせるような月想力と念の入り交じる衝撃波が解き放たれた。


 拳のインパクトのあと、エネルギー波に飲み込まれた想魔人が、勢いよく地面へと叩き付けられる。


「ぐるぉぁぁぁ……」


 口からだけでなく、全身から血の代わりに結晶を零していく。


「びひゃぁぁっぁあぁ――……!!」


 拳を振るう勢いのせいで、空中でぐるぐると振り回されるブルーモの悲鳴が聞こえる。


 ニーナは華麗に着地し、ブルーモはべちゃっと着地する。あるいは地面に激突したともいう。


(滅臥龍昇・灼豪破?

 そんな技、正史(ゲーム)で見たコトないんだけど、どこから生まれた技なの……?)


 その光景を見ながら、リシアが気になるのはそこだった。

 リシアの中では、想魔人もクソモブのこともどうでも良くなっているのだ。


(でも強い。すごい技だとも思う)


 地球でやれば大道芸の域を出ない技ながら、月想力(クレスチア)(マナ)というチカラが存在しているこの世界においては、十分な必殺技になる動きだ。


(もしかして、我流?)


 そもそも正史(ゲーム)ではない以上、ゲーム内で出てきた技以外にも世界には色んな技や術が存在しているのだろう――という発想には、リシアはたどり着けなかった。


 これは、リシアが前世の記憶として、この世界を物語(ゲーム)として経験してしまっているせいかもしれない。


 正史(ゲーム)とは違う道を歩んでいるニーナにならば、そういうのもありえるかもしれない――くらいには考えられたのだが。


「これだけ吐き出されれば、あとはゆっくりと元に戻れるかと思うのですが」


 困惑しているリシアのことなど気づいていないニーナは、ちょっとしたクレーターの中心でピクピクと痙攣している想魔人を見下ろしながら目を眇める。


「お、お前……ゆるさない、ぞ……」


 そんな中、ブルーモがニーナを睨みながらうめく。

 だが、ニーナはそれ以上に強い睨みを向けて、吐き捨てる。


「それはこちらの台詞です。

 戦況を理解できてない上に、伴わない実力で乱入し、事態を引っかき回す。

 戦場においてはそれを戦犯と呼ぶのです。そういう振る舞いは、戦場で事故死する上司ナンバー1と同じですわ。自覚なさい」

「は?」


 ニーナの言っている言葉の意味が分からないとでも言うように見上げてくるブルーモ。

 彼を下目使いで見下ろしながら、ニーナは悪役らしくネットリとした色気と、悍ましさをブレンドしたかのような笑みと声色で告げる。


「良かったですわね。ここが本物の戦場ではなくて。そして事故死しなくて」

「ひぃ……ッ!?」


 ブルーモが、小さく悲鳴を上げた。

 ニーナの雰囲気に当てられたのか、それとも何か感じ取ったのかは分からない。

 だが、ブルーモはイモムシのようにモゾモゾとしながら、ニーナから距離を取ろうともがく。


 その姿をゴミでも見るように見下してから、ニーナは息を吐いた。

 そこへ、新たな女性の声が掛けられる。


「ニーナ、そのイモムシはどちら様かしら?」

「ごきげんようエルケルーシャ様。私が助けた人質にして大戦犯様ですわ。邪魔だったので事故死させるべきか悩んでいたところですが、エルケルーシャ様が来たなら幸いです。お手数をおかけしますが、手綱をお渡ししても」

「ええ。お預かりしますわ。詳細は終わってからお伺いしますので、ニーナは全力で想魔人の対応にあたってくださいませ」

「ありがとう存じます。では」


 現場へとやってきたエルケルーシャに、ニーナは炎の紐を投げ渡す。

 それをためらわず受け取ったエルケルーシャは、自身に身体能力強化を施してイモムシを引きずりながら、ニーナから距離を取った。


「ふむ。何の騒ぎかと来てみたら……ウェルナー、リシア、ニーナと、想魔人に対応している者たちはさておき、そうでない者たちはどうしてそれほど近い場所で見学している?」


 続けて、アンウォルフもやってきて周囲を見回し、訊ねる。


「エルケに捕縛されている者は特に愚かだったのかもしれないが、そうでないお前たちは何だ?」


 もちろん、アンウォルフの問いに答えられる生徒はいない。


「警備の騎士や、教員の姿もないな。この状況を誰も大人に伝えていないのか?」


 アンウォルフから目を逸らす野次馬の生徒たちに対して、彼は露骨にわざとらしく嘆息してからニーナへと声を掛けた。


「ニーナ。大人たちが来る前に片付きそうか?」

「問題ありませんわ。ギャラリーの皆様もその場にいて頂いて結構。ここまで月想力(クレスチア)を消耗させ、抑えられれば、もう逃げる必要はありませんから。安心してくださいませ」


 どことなく投げやりな感じに告げるニーナに、ギャラリーたちが安堵を見せる。だが、その光景にリシアは胸中で思い切りツッコミを入れていた。


(いやこれ殿下とニーナは大人に説教して貰うためにギャラリーをここに釘付けにしたいだけでしょ……ギャラリーたちも安堵しちゃダメだと思うんだけど!?)


 まぁそれが分からない者たちだからこそ、どれだけ警告しようとこの場に留まるし、危機感が足りていないのだろう。

 なんとも言えない空気が流れる中、ニーナは倒れ伏す想魔人に近寄ると、膝をつき手を伸ばす。その手で徐々に落ち着きつつある想魔人の背に触れた。


「月想力がここまで落ち着けば、もう一息ね」


 興奮は落ち着き、理性のタガは戻りつつありそうだ。

 肉体の変質も緩やかにだが、戻っていっている。


 普段の紫炎とは異なる優しく暖かな桃色の炎を手に灯すと、改めて男性の背中に優しく当てる。


命焔再活功(メイエンサイカツコウ)火癒(ヒユ)


 その炎はニーナの手から男性の身体へと燃え移り、ゆっくりとその全身を覆っていく。すると乱れた月想力を整えつつ、傷を癒やしていった。


(え? 火属性にここまでちゃんとした回復スキルあるの!?)


 これも正史(ゲーム)にはなかったものだった為、見ていたリシアが驚いていたが、ニーナは気づくことはない。


 癒やしの炎に包まれた男性は、肉体の変質も落ち着いていき、やがて中肉中背の男性の姿へと戻っていった。同時に、彼に灯っていた治癒の炎も小さくなっていく。


 やがて治癒の炎が消えると、男性の呼吸は整い、落ち着いた寝息のようなものへと変わっていった。


「ふぅ……とりあえずは大丈夫そうですわね」


 ニーナは一息つくと、立ち上がって周囲を見回す。


「ウェルナー様。少々気になるコトがありますの。すぐに調べに行きたいので付き合って欲しいのですけど、身体のお加減は?」

「この程度なら問題ない。急ぎだというなら治癒術も不要だ」


 ウェルナーの言葉にニーナはうなずくと、今度はアンウォルフを見た。


「アンウォルフ殿下。この場はお任せしても?」

「構わぬ。急ぎなのだろう? 報告は後で構わぬし、ウェルナーは貸してやる。ここは気にせずに行くがいい」

「恐れ入ります」


 そうしてニーナは一礼すると、ウェルナーを連れてこの場を走り去っていくのだった。


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