お約束と、バタフライ
未来でリシアと敵対する公爵令嬢エルケルーシャとともに歩いていたのは、伯爵令嬢のニーナという人らしい。
(ゲームの時には、ネームドモブのニーナちゃんって子はいたけど……あんなビジュアルだったけッ!?)
会話時はキャラのバストアップが表示されるタイプのゲームだったものの、ニーナはバストアップ絵が存在しなかったキャラだ。
一応、赤い髪だったのは覚えているが、顔までは覚えていない。
何より――
(エルケちゃんと仲が良いなんて設定見たコトないし……)
そうは言っても、この世界はもうゲームではなく現実だ。
何かしらの切っ掛けによって、ニーナの心境や、エルケルーシャの人間関係がゲームからズレてしまっても不思議ではない。
(それって……だいたい私のせい?)
地獄に戻るのが嫌だからと、領地経営に口を出したり、ちょっとした知識チートした結果が巡り巡って影響を及ぼしてたりするのではないだろうか。
(バタフライエフェクトってやつかぁ……)
思わず頭を抱えるが、起きてしまっていることは仕方がない。
受け入れながら、学園生活を楽しむとしよう。
少なくともスラムに戻るような、平穏な生活が台無しになるようなことにならないなら、それでもいい。
――そう思っていた日が、私にもありました。
「いい加減にしてくださいませ」
「元平民風情が、調子に乗って」
「エルケルーシャ様が怒っていらしてよ」
ある日の放課後。
リシアは複数の女子生徒に囲まれていた。
おおよそ、平穏とは言えない状況である。
(そういえば、ゲームでもあったなぁ……こういうイベント。
確か何故か魔獣が乱入してきてうやむやになるハズだから、聞き流しとけばいいか)
狙っていたワケではないのだが、ふつうに学園生活を送っていただけなのに、パーティメンバーの一人である、この国リングトリム王国の王子、アンウォルフ・リングトリムと仲良くなってしまったのだ。
(推しが王子と一緒にいる文官見習い君だから、王子と仲良くなるのはやぶさかではなかったけれど)
実際問題、多少の状況変化はあれどゲーム通りにラスボスが暗躍している気配がある以上は、ゲームでのパーティメンバーと仲良くなっておくことは大事だとは思う。
なので、推しがどうこう関係なく彼らと仲良くなることそのものは、むしろ積極的にするべきだろう。
まぁそれはそれとして――
(現実になってみると分かるけど、こいつら別にエルケちゃんの指示で動いているワケじゃないんだなぁ……。
エルケちゃんをダシにしてるだけじゃん。)
囲まれてはいるものの、考えているのは囲まれている理由とは別のこと。
(意地悪く厳しい言い方をしているせいで、エルケちゃんの印象は悪くなりやすいけど……言っているコトは正論だしなぁ……)
ゲームではとにかく、主人公や主人公の周りにあつまるパーティメンバーへ厳しいことを口うるさく言ってくる令嬢だった。
演出として、彼女が鬱陶しく感じるように工夫されてもいたのだろう。
けれど、自分が貴族令嬢になってみるとわかる。ゲームの序盤、まだエルケルーシャがふつうの人間であった頃の言葉の数々は、貴族としてとても正しい。
彼女はただひたすらに、公爵令嬢であろうとしていただけだ。そしてエルケルーシャの婚約者である王子や、その取り巻きや主人公たちに、王侯貴族としての振る舞いを思い出せと苦言を呈していただけにすぎない。
それらの言葉を聞き流し、省みなかった主人公たちは、終盤に後悔してもし足りない悲劇に見舞われるワケだ。
(でも、ちゃんと聞き入れていれば、悲劇は起きない……のかな?)
運命の修正力のようなものが、存在しているかどうか分からないが、あんな悲劇を現実にしたいとは思わない。
などと、つらつらと考えているリシアだったが――
「ちょっと話を聞いておりまして!?」
――ついに、聞いているフリをしているのがバレてしまった。
でも、取り繕う気もなかったので素直に言った。
「ああ、ごめん。聞き流してた」
「な……ッ!?」
気色ばむ令嬢たちを無視して、リシアは告げる。
「イアンガード公爵令嬢をダシにして自分たちは言いたい放題しているだけ価値のない言葉なんて、聞く意味ないし」
「この……!」
「そも、誰かをダシにしないと他人にケンカ売れないなら、黙ってすっこんでなさいよ」
「なんて下品な言葉遣いを……!」
そう言って一人の令嬢が、畳んだ扇子を振り上げた。
暴力で勝負するなら、こちらに分がある。
だが、こちらが暴力を振るってしまった時点である意味で負けではあるので、素直に殴られるべきだろう。
そう思って、殴られる覚悟をキメた時だ。
「あらあら、みっともないったらありゃしない」
リシアを囲う令嬢たちとは違う少女の声が響いてくる。
「言われて当然のコトを言われた挙げ句、返す言葉がないから暴力だなんて、はしたないどころの話ではないわ」
「ニーナ様……」
そこに現れたのは、例の迫力美人ニーナ。
リシアを囲う令嬢たちに嘆息を漏らしながら、何かを言おうとした素振りを見せる。
だが、言葉を発する前に目つきを鋭くし、関係のない方向へと視線を走らせた。
「……どうして学園に魔獣が入り込んでいるのでしょう?」
ニーナの呟く言葉に、リシアは「来たか」と小さく口にする。
想定外の乱入はあったが、チュートリアル用バトルイベントは、ちゃんと発生するようである。
リシアもニーナが睨む方へと視線を向けた。
まだ姿は見えないが、確かに魔獣っぽい気配は感じる。
「突然現れたかと思えば、ニーナ様は何を仰って……」
令嬢の一人がニーナに食ってかかろうとする。
だが、それを紫色の炎が舞って遮った。
「少し、お黙りになっていただけるかしら?
魔獣が入り込んでいる――そう言ったはずですが?」
「そ、そんなの……どこにもいないじゃない……ッ!」
炎を向けられてなおも口答えできる根性は大したものだが、時と場合をしっかりと弁えて欲しい。
(マジここでニーナちゃんを邪魔するとかナイわー……。
いくら気配がないと言っても、明らかに声を掛けてきた時とこの瞬間とで雰囲気違ってるでしょ!)
モブのはずのニーナがやたらめったら戦闘力があがっているようだが、今は気にしないことにする。
「お三方はとっとと逃げた方がいいですよ。
剣術や魔術の先生とか呼んできて貰えると助かりますけど」
「貴女まで詰まらない話題逸らしを……!」
いやもう本当に邪魔だな、いっそ魔獣の前に放り出すか――などとリシアが思った時、木々の陰から一匹の魔獣が姿を見せた。
(来たわね、ゴブリン! 今の私じゃチュートリアルにもならない相手だけど……!)
そう。ゲームでは最弱エネミーだったゴブリンが現れるこのシーン。
だが、現実として現れたのは――
「あれは、オーク……?」
悲鳴を上げて腰を抜かすご令嬢方を無視して、リシアは苦笑した。
二足歩行し、棍棒を持つ、豚の魔獣。
大柄で筋肉質な肉体から繰り出される攻撃は非常に強力な魔獣だ。
ゲームの時は中盤に現れる魔獣だったはずだが――
「あらあら。オークだなんて怖いわね」
微塵も恐怖の混ざらない声色でそう口にして、ニーナは一方前に出る。その右手に紫色の炎を灯しながら。
「でもせっかくですから――この私ニーナ・モヴナンデスが、料理して差し上げますわ」
楽しそうに口上をあげる。
それを聞いたリシアは、必死に吹き出すのを堪えていた。
バタフライがどうエフェクトった結果なのかは分からないが――ニーナが謎の戦闘力を手に入れていた。
だけど、そのこと以上に、リシアとしてはそのフルネームの方に意識を持って行かれてしまっていた。
(ちょっとスタッフ! モヴナンデス……って、モブなんです……って!! もうちょっとまともな名前付けてあげてよ――……ッ!!)
ねぇ、ちょっとスタッフ! 聞いているかしらスタッフ――……!!
今日は3話まで公開予定。
次話も準備が出来次第公開します!٩( 'ω' )و