悪の女帝もありかもね
「そもそも余がいながらこの状況を許しているのだ。相応の事情があるくらいは察せるであろう」
ウルリックの言葉に、キーコは二の句を告げずに困ったように口をパクパクと動かす。
心中は察するが、そこまで困惑されると、ウルリックとしても困ってしまうのだが。
「そういえばニーナ。もし陛下に不敬を許して貰えなかったらどうするつもりだったのですか?」
ふと――ちょっとした疑問として湧いたのだろう。
ローデリカがおっとりとした調子でニーナに訊ねる。
その問いに、ニーナは少し考えてから答えた。
「その時はその時です。言うべき忠言を言った上で取り合って貰えないのであれば――両親は無関係の自分の独断であるとし、処罰して頂きます。
処刑されるような不敬ではないでしょうし、父やイアンガード公爵からの減刑の嘆願もあがるでしょうから、平民落ちが精々。それならそれで問題はありません」
「いえ、問題しかないように聞こえますが。
大人になってからならいざ知らず、今のあなたが平民落ちなどしてしまえば……あら? 案外平気そうですね」
「でしょう?」
不思議な納得感に首を傾げるローデリカ。そんな彼女に、ニーナはニッコリと笑った。
「そうなったなら、せっかくですから裏社会にでも踏み込むかもしれませんね。
そのまま裏社会の女帝にでもなって君臨し、密かに父やイアンガード公爵、エルケルーシャ様とつながったまま、綺麗な手段では解決できない物事を解決して回る、国の為の汚れ役になるのも悪くはないかもしれません」
どうしてそうなるという感情と、ニーナならできそうだとう感情のせめぎ合いに、キーコ以外の者たちは複雑な顔をする。
「悪の女帝として君臨するというのは、私の憧れとある意味合致しているので、むしろアリな気がしてきました」
陛下是非――とでも言いたげにこちらを見てくるニーナに、ウルリックは呆れたように首を振った。
「罪も無い優秀な愛国者を、無駄に裁くワケがなかろう。
そんなコトをすれば其方の父や、イアンガード公爵が敵に回りかねん。危険すぎる」
お前ならその危うさが理解できるだろう――と、暗に言ってやれば、ですよね……という顔でニーナは苦笑する。
「……ニーナは、どうしてそこまで悪に憧れるの?」
そんなやりとりの中、エルケルーシャが不思議そうに訊ねる。
ウルリックも、ローデリカも気になっていた疑問だ。
「確かに言っていたな。悪に憧れてるって」
イモムシのようにモゾモゾしながらアンウォルフも不思議そうな顔をする。やはり気になっているようだ。
「あー……両親にも言ってないだいぶ荒唐無稽な話ではあるのですが……」
恐らくはこの場で誤魔化すのは難しいと思ったのだろう。
困ったような様子で、言葉を選びながら口にする。
「生まれた時から漠然と、自分は将来的に悪と呼ばれる存在に至るって――そういう直感というか運命みたいなモノをずっと感じているのです。もしかしたら女神様からの天啓かもしれません」
何を言っているのだ――誰もがそんな様子でニーナに視線を向ける。
だが、彼女は至ってそれが当たり前であるかのような態度のままだ。
「悪となった私が倒されるコトで、この国が……あるいはこの世界そのものが平和になる。そういうモノがずっと自分の中に渦巻いているといいますか……」
悲壮感もなく、ただ当たり前のように語るからこそ感じる現実感。
息子と変わらぬ歳の少女が、それほどのモノを抱えて生きているのかと、ウルリックは愕然とする。
「将来悪になるなら、いっそカッコいい悪になってやる! という目標のもと、日々精進しております」
「悪になるというのであれば、日々の精進もサボればいいのではないのですか?」
キーコの質問にニーナは首をゆっくりと横に振った。
「それは悪ではなく、ただ怠惰なだけです。
悪とは悪をなす為に研鑽を積むものですから。
そして、この世界が、国が、ある程度の平和を保てていなければ、悪は存在できません」
「悪党ならいくらでもいるだろう? なんで平和じゃないとダメなんだ?」
アンウォルフの質問は、その場にいる者たちの代弁だろう。
それに対しても、始めから答えを用意していたかのように、ニーナは答える。
「国や世界が乱れるほどに、正義や悪という言葉は曖昧になってしまいますからね」
「正義も曖昧になってしまいますの?」
エルケルーシャの疑問に、ニーナは困ったように苦笑する。
ウルリックは漠然とその考えを理解できるが、まだまだ幼いエルケルーシャがその考えに至るには難しいことだろう。
さてどうしたものか――とウルリックが考えていると、ニーナがおもむろにたとえ話をしはじめた。
「職もなく、食うに困って窃盗を行った人がいるとしましょう。
今の世であれば、それはその人の置かれている状況に同情こそすれ、悪党の行いだと断じられる行いです」
ここまで良いか――と、ニーナに問われて、エルケルーシャはうなずく。
「では、上は王から下は貧民まで、窃盗が恒常的に行われるような荒れた国においては、それは裁かれる悪しき行いとされますか?」
「え?」
大人の貴族ですら、その思考実験は理解できない者がいるはずだ。
「その状況における正義と悪とはなんなのでしょうか?」
エルケルーシャはニーナからの質問に答えられず、困ったように目を白黒させている。
「私が未来で正しく悪役になるのならば、その世界においては正義と悪というモノがある程度ハッキリと言葉にできる国や世の中でなければならないのですよ。
だからこそ、貴族としての責務を正しく理解し果たそうと思っております」
チラりと、ニーナはウルリックに視線を向ける。
(全くもって厄介な少女だ……)
そうは思うが、だが――彼女の覚悟を無碍になどできるわけがない。
ニーナの言葉を全て信じたワケではないのだが、だからといって彼女から言動の端々から感じるリアリティは無視できるものではない。
なにより、彼女が天啓と感じているそれが事実であるかどうかは別にしても――幼くしてここまで覚悟が決まっているのだ。
ならばウルリックは、彼女が正しく悪になれる国を、王として維持しなければならない。
しかも、忠義ある臣下より威厳を見せる場として、ここを譲られた以上は王として口にするべきである。
「ニーナの言う通り国を守る。故にこその王と、貴族なのだ」
アンウォルフに正しく自覚させるには良い機会かもしれない。
「王を中心に、王侯貴族が贅を楽しみ、ワガママを通せるのは、そんな平和な国であるコトを守り続けるという重責への代価なのである」
「陛下の言う通りですよアンウォルフ。あなたは、これまで通してきたワガママの代価を支払うコトができるのですか?」
「代価……」
呆然と、イモムシ姿のアンウォルフがウルリックを見上げる。
「不遜ながらも国王陛下夫妻のお言葉に付け加えさせて頂くのであれば」
続けて、ニーナが締めるように言葉を告げた。
「平和と共に国を停滞させるのではなく、平和を維持したまま未来へと歩む国にしていく必要があります。
それこそが、我々貴族の義務であり責務であり仕事だと……私は思っております」
エルケルーシャの目の色が変わる。
ニーナへ向けるその瞳は、憧れや尊敬の念のようなものだ。
(だがまぁ、わかる。同世代でこのような存在が側にいれば、嫉妬に狂うか、強い憧れにとらわれてしまうだろうよ……)
もっとも、同時にそれは――同世代であるが故に、アンウォルフもエルケルーシャも、ニーナと比べられながら成長していかなければならないという、呪いでもあるのだが。
(常にケアは必要か。イアンガード公爵やモヴナンデス伯爵もきっちり巻き込んでおく必要はあるだろうな)
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なお、ウルリックたちは知る由もなく、そして言うまでもないことかもしれないのだが――
(RPGとかに出てくる、プレイヤーから為政者ガチャSSRとか言われる王族や貴族なキャラの言動っぽいコトを言ってれば、それっぽくなるわよね?
あと王様への対応ってこれで良かったのかしら? 怒られてないから大丈夫だとは思うけど)
――この場におけるニーナの言動の大半はほぼノリと勢いの産物であり、覚悟はともかく、本人はそこまで考えあっての発言ではなかったりするのだった。