ウルリック様は頭が痛い
「ぴぎゃー!?」
「突然どうされたのですか、エルケルーシャ様?」
「し、失礼しました」
慌てて謝罪を口にして顔を真っ赤にするエルケルーシャに、ニーナは首を傾げる。
逆に悲鳴の意味に気づいた王は、小さく嘆息してからニーナに訊ねた。
「其方ほどの令嬢が、今の発言が不敬がすぎるというのを、分からないワケではあるまい?
それこそエルケルーシャ嬢が思わず悲鳴を上げてしまう程度には不敬であったのだぞ?」
「不敬……ですか」
心底不思議そうに、ニーナは返す。
「国を思っての忠言を不敬と言うのであれば仕方がありませんが……。
それでも国の為に言わせて頂きます」
「国の為と申すか」
「はい。両親は分かりませんが、私個人としては王族ではなく国に仕えるつもりで立ち回っておりますので」
瞬間、周囲の臣下たちが色めき立つ。
だが逆に、王はニーナの言葉に冷静になってきた。
「其方個人としては、か」
ふむ――と小さく息を吐き、王は僅かに思案する。
「ニーナ嬢。其方は本当に我が息子と同じ歳なのか?」
「そのはずでございます。ですが考え方や立ち回り方などは年齢よりも環境によるモノが大きいかと。その為、あまり比べるモノではないと思っております」
「なるほど。今の言い方で理解した」
王はそう言うと、周囲を見回す。
「誰か。我が妻と、息子の教育係をここへ。
ニーナ嬢の忠言は、しかと聞くべきと判断する!」
それは、実質ニーナが勝利したと言っても過言ではない。
横で聞いていたエルケルーシャは、驚きに目を白黒差せながら、ニーナを見る。
気負いはなく、意地になっているわけでもなく、いつも通りの凛々しい横顔だけがそこにある。
国王陛下相手でも物怖じせずにいつも通り振る舞うニーナへ、エルケルーシャはますます何かを拗らせたのだが、本人含めてそのことに誰も気づくことはなかった。
「さて、ニーナ嬢、そしてエルケルーシャ嬢。
妻と教育係が来るまでは時間がある。ラクにして構わぬので、雑談でも興じようか」
「父上! オレを解放して欲しいのですが!」
「ふむ」
イモムシのようにもぞもぞしながら声を上げるアンウォルフに、王は少しだけ思案してから首を振る。
「すまぬな。お主を解放するかどうかは妻たちが来てからにしよう」
「そんな~ッ!?」
悲鳴を上げる王子。
それを無視して、王はエルケルーシャを見た。
「ところでエルケルーシャ嬢。其方はなぜココに?」
「は。その……ニーナ様が何をするか分からなかったので、様子を見るためについて来たのですが……」
「なるほど。それならば奇妙な悲鳴を上げてしまうのも仕方あるまい」
うなずきながら、王は胸中で哀れみの視線を向ける。
続けて、王はニーナへと視線を向けなおした。
「さて、とりあえずことの経緯と詳細を聞いていいか?」
「はい。実は、私とエルケルーシャ様がお茶をしていたところ……」
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ニーナとエルケルーシャから事情を聞いた国王ウルリックはこめかみを軽く押さえた。
二人のお茶会に乱入したあげくに暴虐に振る舞いそれを咎められたようだ。
しかし、それに反発したアンウォルフがニーナへと暴言をぶつけた。
なんでも――「美人は美人でもオーガの中ではか?」とか「想魔のような目つき」くらいのことは言ったらしい。
「……さすがに口が悪すぎるな……」
想魔とは、月想力を内側にため込みすぎた際、強い感情を起爆剤として肉体や精神が変質する現象のことだ。あるいはその現象によって人に仇なす異形と化したモノを指す。
世界に満ちる月想力は、本来は呼吸のように体内に取り込まれ、体内を循環して、生物の生命力を満たしてから、呼吸のように排出される。
ところが、稀にその循環がうまく行かずに、体内に溜まることがあるのだ。
あるいは体調や精神の不良などによってそういうことが発生することもある。
ともあれ、そうして留まった月想力が想魔化を引き起こすことがあるのだ。
これは人間だけに限らず、この世界に生きとし生ける者の共通の現象。
想魔化してもすぐに元に戻ることもあれば、変質した部分が一生元に戻らないこともある。あるいは完全に変異し、想魔獣と呼ばれ討伐対象となることだってありえる。
ゆえに人々はそれを恐れ憂う。
起きてしまっても無事に還ってきてくれることを願う。
だからこそ、この国やその周辺諸国においては、確証無く他人を想魔扱いするのは、酷い侮蔑の言葉であり、最低の差別や、最悪の罵倒として扱われている。
そのような理由ゆえ、さすがに王子といえでも許される暴言ではない。
例えその暴言の対象が、これから死刑になる大罪人であろうと、家も無く泥水を啜って生きている貧民であろうと。
それを口にして反撃された結果、発言者が虚実へと旅立っても同情されない。
つまり、アンウォルフは、その場でニーナに殺されてもおかしくない発言をしてしまったということだ。
だが、意外にもニーナはその暴言を許した。許したというよりも、取るに足らないモノとして扱ったが正しいか。
権力を笠に気にくわないと不敬だと喚き、うまく行かないと癇癪を起こして酷い暴言を吐く。
そのあまりにも王族らしからぬ振る舞いに、ニーナが怒ったそうである。
(怒るポイントがそこなのだな……大人というか達観しているというか……本当に、うちの子と同い年なのか?)
話を聞きながら、似たようなことを何度も想うウルリックであった。
「なるほど事情は理解した。ニーナ。もうしばらく拘束は続けてくれ」
「かしこまりました」
「ち、父上ッ!?」
「他人を想魔扱いしてはならぬ……というのは、身分問わず生まれた時から教えられるモノだ。それを理解できてないお前に反省を促すにはちょうど良い罰であろう?」
ギロリと音がするほど鋭い眼光で睨むと、アンウォルフは口を噤んだ。
「我が子ながらあまりにも無礼な発言をした。この件に関しては謝罪しようニーナ」
「恐れ多くも陛下。国王ともあろうお方が軽々しくも謝罪を口にされてはなりません。ですが、そのお心遣いは傷み入ります」
わざわざ堅苦しい言い方で返してくるニーナに、王は苦笑を浮かべた。
「堅い場ならそれが正しいが、この場ではふつうに受け取ってくれ」
「かしこまりました。ではその謝罪、受けさせて頂きます」
「やれやれ。其方と話をしていると、其方の年齢がわからなくなってくるな」
思わずうめくと、ニーナがニコリと笑う。
堅苦しい返答はわざとだったのだろう。あるいは、アンウォルフに見せる意図があったのか。
そんなやりとりをしているうちに、王妃ローデリカと、教育係のキーコ・ザッテ・スボルデスがやってきた。
やってきた二人が転がっているアンフォルフを見てギョッとするも、即座にウルリックが事情を説明する。
「それは確かに、教育方針を考えるべきかも知れませんね」
「母上までッ!?」
ショックを受けたように叫ぶアンウォルフ。
だが、相手がニーナだったからこそ、結果オーライとも言える状況になっているのだという自覚をして欲しいものだ――と、ウルリックは嘆息する。
そんな中で、教育係のキーコだけは不満げな顔を見せる。
「確かに殿下の暴言はよくありません。ですが、それ以上にこのような姿で拘束されているコトこそ不敬では?」
「そうだそうだ! キーコ先生もっと言ってくれ!」
「何より王族というのはある程度は傲慢でなければなりません。多少のコトは――」
「あー……すまんが、キーコ殿」
「はい?」
アンウォルフの状況に憤るキーコに対して、ウルリックは苦笑混じりに告げた。
「その辺りのやりとりはだいたいもう済んでいるので、蒸し返しになるからしなくてよいぞ」
「え?」
キョトンと、キーコが目を瞬くのだった。