国王陛下vsニーナ
ニーナがイアンガード家のパーティ襲撃事件で大暴れして、間もない頃――
「エルケルーシャ様、本日はお招き頂きありがとうございます」
「ようこそいらっしゃいましたニーナ様。来て頂けて本当に嬉しいわ」
ことが落ち着いてすぐ。
ニーナはエルケルーシャから、お茶会に招待された。
エルケルーシャからすると、ニーナへのお礼と、ニーナと仲良くなりたかったからというのが一番の理由だそうだ。
ニーナもニーナで、同世代の同性の友人というのがいなかった為、二人はすぐに仲良くなっていった。
「プライベートな場では私のコトはエルケと呼んでくださらないかしら?」
「わかりました。それならエルケ様も、プライベートな場ではもっと砕けた感じにして頂けると嬉しいです」
「もちろん。それと、呼び捨てで構わないわ」
「それではお言葉に甘えて。よろしく、エルケ」
「はい! こちらこそよろしく、ニーナ」
その光景を使用人たちは、安堵したように見守っていたという。
同世代の友人がいなかったのはエルケルーシャも同じだったのだ。
また、この時点ですでに王子の婚約者という立場にいた為に、厳しい王妃教育も続いていたこともあり、笑顔も減っていた。
使用人たちはそのことに気を揉んでいたこともあって、二人の和やかで笑顔の見えるお茶会は歓迎していたようである。
こうして、エルケルーシャとニーナは、ちょくちょくお茶会などをする仲となった。
そうして、仲を深めていったある日のこと。
「ニーナ、実は私の婚約者である殿下が、今度、王城でやるお茶会に貴女を連れて来て欲しいと言っているのだけれど」
「それをエルケが断るのは難しいんでしょう? 日程を教えて。ちゃんとの準備しておくわ」
「ありがとう。助かるわ」
そんな経緯で、王城でお茶会をすることになったのだが――
「最近はオレの誘いを断るコトがあるからどうしたのかと思えば……つこんなまらなそうな女とお茶をしていとはな」
――そこにやってきたのは、やたらと失礼な金髪だった。
(将来イケメンになりそうなビジュアルだけど、ダメなオレ様感もあるなー……って、なんか見覚えが……あ! もしかしてこいつ、あの雑誌の表紙にいた人? それなら主人公パーティのメンバーの一人よね?)
出会ってすぐに、将来的に世界を救うだろう一人だと気がついたニーナ。
だが、それはそれとして――という感情も強かった。
「アンウォルフ殿下。初対面の方を悪し様に言うのはいかがなモノかと思いますが」
やんわりとエルケルーシャがそう言うが、アンウォルフは露骨に顔を顰めた。
「こちらが、モヴナンデス伯爵令嬢のニーナ様です。お噂くらいは伺ったコトがあるのではありませんか?」
「ああ、秀才だと希にみる才女などと言われている女だろう?
見目も良いと言われていたが、実際に見てみれば、目つきの悪いブスではないか。美人は美人でもオーガの中での話か?」
瞬間、エルケルーシャがものすごい般若顔になった。
それに気づいたのは、周囲にいる数人の使用人くらいだったようだが。
「こんなのとつきあうくらいなら、オレが呼び出した時にちゃんとくるべきだろう」
「そもそも殿下。貴女は私を呼び出す割には、やっぱり用は無くなったなどと言って私を放置してどこかへと行ってしまうコトが多いではありませんか。
そのような無駄な時間を過ごさせられるコトと比べれば、ニーナとのお茶会は大変有意義なのですけれど」
そして、絶対零度の笑みを顔に張り付けて、はっきりとそう口にした。
「オレは王子だぞ? そのくらいの愛嬌はお前が許せ」
あまりにも身勝手な言葉に、ニーナは、はぁ――……と盛大に、息を吐いた。
「何だお前は?」
「うるさい」
次の瞬間、ニーナは紫色の炎を喚び出し、ヒモ状にすると、それでアンウォルフ王子を巻き上げる。
「な!? なにを……!?」
「熱は発生しないようにしています。熱くはないかと」
「熱いかどうかは関係ないだろ!? なぜ急にオレにヒモを巻き付けた!? というかこの巻き付け方はなんだッ!?」
「キッコー縛りというそうです。なにやら他者をお仕置きする際にする異国のヒモの巻き付け方だそうです」
「お仕置き? なぜオレがそんな巻き方をされねばならん!?」
「それを理解していないからこそのお仕置きです」
「ふざけるなッ! 想魔みたいな目つきをしやがって!」
王子の暴言に、エルケルーシャが思わず天を仰ぐ。
ニーナもニーナで盛大に嘆息した。
様々な意味で周囲の使用人たちがざわめく中、ニーナは気にも止めずに手近な使用人に訊ねる。
「王妃殿下……いえ、国王陛下は今どちらに?」
「え?」
戸惑う相手からニーナは無理矢理に居場所を聞き出すと、先触れを頼み、王子の後ろ手に縛った手首部分から炎のヒモを伸ばして握った。
「先触れをだしましたし、行きましょうか」
「待て待て待て!? このまま行くのか!?」
「このまま行きますけど?」
「引きずるのか?」
「引きずりますけど?」
「オレは王子だぞ!?」
「知ってますけど?」
「え?」
ニーナの反応に、アンウォルフはポカンと口を開ける。
「私が仕えているのは、アンウォルフ殿下でもなければ国王陛下でもありません。私はこの国に仕えているのだと自負しております」
「何を言って……」
「故に忠義により、殿下を拘束した上で、陛下に殿下の教育方針に関する話をお伺いしたいと思います」
そのニーナの言い回しに、エルケルーシャは「あ」と声を漏らした。
「殿下、おそらく殿下が何を言っても今のニーナには無駄かと」
「……どういうコトだ?」
助け船かと思ったら、むしろ崖から突き落とされる勢いの話に、アンウォルフがとてつもなく嫌そうな顔をして、エルケルーシャを見る。
「ニーナは国に仕えると口にしました。つまり、それが国の為にならないと判断したのであれば、相手が国王陛下であろうとも意見を言うし、コトと次第によっては陛下への暴力も持さないというコトです」
「え?」
エルケルーシャの言っている意味が分からず、アンウォルフは目を白黒させた。
そして、ニーナはそんな彼に対して容赦がない。
「エルケの言うとおりです。では参りましょうか」
そうしてニーナは悲鳴をあげて喚く王子殿下を引きずりながら、国王陛下の元へと向かう。
少しだけ迷ってから、エルケルーシャはそんなニーナの後を追いかけた。
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玉座にて来客の対応を終えた王は、そのままその場に居た者たちと、少々込み入った相談をしていた。
そんなところへ――
「突然の来訪失礼致します。
どうしても至急に陛下にお伺いしたいコトがあり、こうして王子殿下を持参し、やってまいりました」
――紫色の炎で出来たヒモで、奇妙な巻き方をされて拘束された王子とともに少女が現れた。
「すまないお嬢さん。状況がまったく理解できないので、少し深呼吸させてもらっていいかな?」
「はい。構いません」
「うむ。助かる」
そうして王様は深呼吸をした。
もちろん、それでどうにかなるようなことではないのだが。
「うむ。深呼吸したところでやはり状況が分からぬな。お嬢さんを死刑にでもすれば良いのかな?」
「それならそれで構いませんが、まずはお話を聞いて頂きたく思います」
「そこで自分の死刑を肯定されると、王様的にもちょっと引くのだがね」
王だけでなく、ギャラリーに徹していた臣下たちすら、ちょっと顔をひきつらせる勢いだ。
「父上! このブス女はオレを急に拘束したんだ! オレは王子だぞっていうのに止めるもないし! 死刑にするならとっととしてくれ!!」
芋虫のようにモゾモゾと動きながらもギャーギャー喚く息子に、王は少しだけ眉を顰めた。
「アンウォルフ、少しだけ黙ってくれ。そちらのお嬢さんと話が出来ない」
「え?」
よもや、王がニーナの話を聞く気になるとは思っておらず、アンウォルフは思わず固まる。
「お嬢さん。まずは君の名前を伺っても? ともにエルケルーシャ嬢がいるというコトは、彼女の知り合いだとは思うのだが」
「遅ればせながら――お初にお目にかかります。モヴナンデス伯爵家子女のニーナと申します」
「なるほど。君がニーナか。噂には聞いているぞ」
「陛下のお耳に入ったお噂がどのようなモノかまでは存じませんが、噂の大半は聞き流して頂ければ幸いです」
「ふっ……して、その噂の才女が、息子を拘束した上で用とは、どのような話かな?」
眼光鋭く問う王様に対して、ニーナは気負うことなく澄まし顔のまま告げた。
「殿下にどのような教育をなさっているのか、詳しくお伺いしたく。
今のまま大人となり、王となろうものなら、殿下は国を滅ぼしかねません」
実際のところ、ニーナとしては――
(どういう経緯で将来主人公と仲良くなるかは知らないけど、今のクソガキ王子のままだと、世界やばい気がする)
――という理由からの行動だ。
わかりやすく国という言葉に置き換えたが、ニーナとしては、世界が滅ぶかもしれないという思いがあったわけである。
しかし、当たり前なのだが、ニーナ以外の者がそれを理解できるわけもない。
「それほどのコトを感じる行いを息子が?」
「厳密には片鱗くらいでしょうか。それでも身分を笠にすれば、細かい理由は無視できると思っているところに不安はございます」
「なるほどな。女性の扱いもなっていないようだしな」
軽いやりとりをしながらも、王様は心情的には納得する。
(先ほどのような言葉をニーナ嬢かエルケルーシャ嬢に向けたか。
そして、それを咎められたところで、王子だからと言って有耶無耶にしようとした……というところだろうか)
一見すると、その程度――と言いたくなるような事情だ。
だが、王としてニーナの危惧することも分かる。
(確かにそのまま成長すればマズいだろうが……まだ子供だ。
追々理解してくれるだろうに……ニーナ嬢は自身の天才性に無自覚で、他者にも厳しいタイプか?)
それに加えて、心ない言葉をぶつけられて腹を立てた勢い――というモノではないだろうか。
王様はそう結論づけて、告げる。
「確かにこのまま王になるのであればマズかろう。
だが、成長するにつれてそれを理解すれば問題ないのではないかね?」
イモムシ王子が全力でその言葉に首肯しているのを横目に、ニーナは真面目な顔のまま王の目を見つめ返すと、剣呑な声で言った。
「婚約者であるエルケルーシャ様には厳しい妃教育を施しておきながら、王子殿下にはその程度のぬるい教育しかされないのですか?
王族教育とはその程度のぬるま湯で済むと仰るのでしたら、王子殿下だけでなく、陛下も妃教育をお受けになるべきでは?」
横でやりとりを見ながら、心の中で悲鳴を上げ続けていたエルケルーシャ。
だが、ニーナのこの言葉を聞いた時、さすがに心の中の声が外へと漏れ出すくらいの悲鳴をあげてしまうのだった。
「ぴぎゃー!?」
実はこのエピソード、2バージョン作っており、どっちを採用するかギリギリまで悩んでこちらを採用
なんていうか最初はこっち没のつもりだったんですが読み比べてるうちに、こっちの方が面白いなってなってしまって……
そんなワケで、明日更新予定の16話は、こちらのバージョンに合わせた修正してから公開するつもりなのですが、プライベートの状況によっては修正が間に合わず更新をちょっとお休みするかもしれません