伝説の勇者よりモブの紫炎使いの方が強そうな件
「こほん。話は脱線したが、四属性以上の適正を持つ者というのは、歴史上においては、伝説の鐘鳴者の再来とされるコトが多い」
アンウォルフの言葉に、ニーナとエルケルーシャの視線がリシアに注がれる。
「鐘鳴者――双月の女神、それぞれのチカラを宿す双つの鐘を鳴らす者……ですか」
エルケルーシャがリシアを見ながら、思い出すように口にする。
この国に伝わる有名な伝承だ。
「世界が危機に瀕した時、虚月より滅びの女神が遣わせし『破界の鐘』。ひとたび鳴らせば、危機を滅する。
世界が滅びに瀕した時、実月より創造の女神が遣わせし『創世の鐘』。ひとたび鳴らせば、世界を再生する。
世界が滅びの危機に瀕した時、ふたつの鐘を鳴す者、鐘鳴者たる資格ある者、数多の加護を受けし者を、二人の女神は産み落とさん」
「すてきな声でありがとう、エルケ」
「ふふ、どういたしまして」
ニーナが笑いかけると、それにエルケルーシャも嬉しそうに笑い返す。
その光景に、リシアは思わず口元を押さえてうずくまる。
(こちらこそ二人の素敵な笑顔をありがとうございます……!
エルニナ? ニナエル? 個人的にはリバ全然OKです! 誰か薄い本を……私に恵んでください……!!)
二人の美少女が、同じ空間で微笑み会うだけで関係性を見いだして悶え始めるオタクの悪い癖を全開に発揮してしまうリシア。
心の声を外へ漏らさないだけの理性はあったが、挙動は些か不審者めいている。
その為、リシアの挙動に気づいたエルニナの二人は、不思議なモノを見るような眼差しを向けた。
「コホン……ともあれだ」
女性陣の変な空気を振り払うように、アンウォルフが咳払いをして、空気を変える。
「伝承による『数多の加護を受けし者』とは、全属性への適正ないし、それに近い適正を持つ者のコトだと言われている」
そう言ってリシアを見るアンウォルフ。
それに、エルケルーシャが納得したようにうなずいた。
「闇以外すべてに適正を持つリシア様は確かに鐘鳴者に近い存在かもしれませんわね」
「機械症が人為的な現象なのだとしたら、それをやってる連中からすれば、伝承通りの存在になる可能性を持つリシア様が邪魔……そう考えると筋は通りますね」
ニーナもそれに続く。
そして当のリシアは、三人から注目されて若干腰が引けながらも、考えていたのは別のこと。
(これ、シチュエーションやメンバーが全然違うけど、完全に物語序盤のラストくらいでやるエピソード『リシア、その背にあるモノ』とほぼ同じやりとりなんだけど……!)
まだチュートリアル終わったばかりですよね――と、リシアは胸中で叫ぶが、それは表に出す訳にはいかず、理性でねじ伏せた。
そんなリシアの胸中など、三人が分かるわけもない。
その為、冷や汗を流しながら腰を引くリシアを見てエルケルーシャがハッとしたように顔を上げた。
「申し訳ありません、リシア。不躾に視線を送り続けるなど、失礼でしたわ」
「それもそうでしたね。ごめんなさい、リシア様」
「オレも謝罪しよう。変に怖がらせてしまうだけになってしまった」
リシアが怖がっていると感じたのか、三人がそれぞれに謝罪をしてくる。
それを受け入れつつ、リシアは息を吐いた。
(私はこのあと、どう立ち回れば……)
何が正解なのかが分からずにいると、ニーナはアンウォルフへと視線を向けた。
「殿下。リシア様につきまとうのを続けるのでしたら、側近二人と一緒に彼女を守ったらどうですか?」
「なるほど悪くない」
ニーナの提案に顔を輝かせるアンウォルフ。
その姿を見て、エルケルーシャが頭を抱えた。
「殿下……婚約者の前でする顔ではありませんわよ」
「……す、すまん」
はぁ――と、エルケルーシャは息を吐いて、けれども小さく微笑んだ。
「ですがニーナの話は悪いモノでもありませんわね。
殿下と一緒にいる時間が多ければ、学園内ではリシアに手を出しづらいコトでしょう」
「え? いいんですか?」
思わずリシアが訊ねると、エルケルーシャは気にするなと笑う。
「リシアなら変なやっかみを自分で跳ね退けられそうですしね。
もちろん、何かあったら抱え込まずに私かニーナに相談するように」
「ちなみに最初に殿下に相談するのはナシでお願いね」
「信用ないのかオレは!?」
「殿下の場合、必要な情報を集める前に問題に突撃してしまうではないですか。そうしないという保証はありますか」
「……それを言われると……ないな……」
苦虫を噛み潰したような顔をしながら、消え入りそうな声を出すアンウォルフ。
自分自身でも心当たりがあるのだろう。
(そういえば、エルケちゃんも正史ほど張りつめた感じがないな……ニーナがいるから、ガス抜きができてるのかな?)
楽しそうに笑いあう姿を何度か見ているので、その考えが一番正しい気はするが――
(そうなると、黒幕に狙われる要因も薄れたりする?)
この世界の黒幕は、人が心に抱える負の感情を利用することもあるのだ。
正史のエルケルーシャもそうだ。黒幕に誘拐され機械化された上で、リシアへの悪感情を肥大化させられてしまう。
それを思うと、ニーナが横にいて安定しているエルケルーシャはターゲットにされづらくなったのかもしれない。
運命の修正力のようなモノが存在するのかもしれないが、そうでないなら、是非とも誘拐されずに居て欲しいモノだ。
「わかりました。
何かありましたら、殿下の前にまずエルケ様かニーナ様に相談しますね」
「ええ、そうしてちょうだい」
そうして、リシアを気遣うエルケルーシャの笑みでもって、このやりとりは終了だ。
二、三の挨拶を交わして、リシアはアンウォルフとともに生徒会室をでていくのだった。
・
・
・
「……殿下とリシアさん……行ったわね」
「しかし、あの二人だけだと不安なのは確かですわ」
「大丈夫。考えてあるから。カッシュ、いる?」
二人の気配が完全に遠のいたところで、ニーナはそこにいない誰かへと声を掛ける。
すると――
「は。ここに」
ニーナの影からせり上がるように、黒ずくめの男が出現した。
その男――カッシュの格好は、ニーナからすると前世のニンジャを思わせる。
その為、彼の姿をみるたびにちょっとワクワクソワソワしてしまうのはナイショである。
「相変わらず、ニーナのところの影は呼ぶとどこにでも出てきますのね」
「そういう人たちだからね」
驚くエルケルーシャにニーナはそう答えてから、カッシュへと視線を向ける。
「リシアと殿下を影から護衛お願いできる?
本当にヤバそうな時だけ助ければいいから。私がいたり、二人や周囲にいる人たちだけで十分対処できそうな時は見守ってあげて。
必要な人数やシフトなどはカッシュに一任するわ。あとでメンバーのリストとシフト表をちょうだい」
「かしこまりました。では失礼します」
カッシュはそれだけ言うと、また影に溶け込むように姿を消した。
「ニーナのところの影――鴉にだけ仕事をさせるのも忍びないわ。
私も帰ったら、うちの影――雫にお願いしておきます」
「りょーかい。そのコトもうちのカラスたちに伝えておくわね」
こうして、リシアとアンウォルフの知らないところで、二人を守る為の手が回されるのだった。
ちなみに、どちらの暗部組織も、ニーナが提案した組織であり、元々いた両家の諜報担当の影組織に、後づけで追加されたチームである。
メンバーの多くは、パーティ襲撃の時にニーナが勧誘した者たち。
さらにはエルケルーシャ――というより、彼女の父のイアンガード公爵から頼まれて、ニーナが集めた元裏社会の方々だったりする。
ちなみにカッシュは、正史において、物語中盤辺りで発生する、暗殺ギルド関連のイベントでてくるネームドボス――言ってしまえば中ボスだ。
イベント中に何度か関わり、何度か戦い、時に協力してくれる。
ラストダンジョン突入の折りには、後顧の憂いを断つようにバックアップを申し出てくれる役割ももっていた。
……そんな人物がすでにニーナの手に堕ちているのだから、攻略チャートとかもうあってないようなモノである。
もちろんニーナは、カッシュがそんな人物だっただなんて知る由もない。
こうしてリシアの預かり知らぬ――どころか……知覚しようのないところで、ただでさえガバガバなチャートが、どうしようもないほど崩されているのであった。
それにリシアが気づく日はまだ遠い――