ガバチャーなのは今更です
「あ、そうだ。殿下もいるので、ちょっと共有しておきたい情報が」
生徒会室の中の弛緩した空気を締めるようなニーナの声に、全員の意識がそちらに向いた。
その時、ニーナが何かに気づいたように目を瞬いた。
「そういえば殿下。いつもの二人は?」
「エルケルーシャを探し回っている間にはぐれてしまったな」
「護衛と従者を置き去りにするような動きはやめてくださいね」
あっけらかんと口にするアンウォルフに、ニーナは眉を顰めつつ、自分の眉間にスラリとした綺麗な人差し指を当てた。
「やはりダメか」
「ダメですね。学園ならまだしも外では絶対ダメです。
学園内でも二人と一緒にいる時なら、その場を離れる時に必ず一声掛けてください」
「ニーナの言う通りです。学園内ならまだしも、そうでない場所では、殿下が無言で居なくなるだけで、その場にいた護衛や従者がクビになったり減給になったり、最悪は死刑もあり得ますからね?」
「お、おう」
ニーナとエルケルーシャに詰められて、アンウォルフはうなずく。
アンウォルフが反発なくうなずいている姿に、リシアは何とも言えない気持ちで見ていた。
(正史なら、こういう話もうるさいと突っぱねてた殿下が、ここだとちゃんとうなずいているのよね)
よい変化――というべきだろうか。
正史のアンウォルフは、どんなことでも自分より上の成績を叩き出すエルケルーシャに対してコンプレックスのようなものを抱えていた。
それが正史でアンウォルフがリシアに傾倒し、エルケルーシャに冷たく当たっていた原因だったのだ。
この世界のアンウォルフも正史の通りに持ち合わせているようだが、それによって彼女を冷遇したり邪険にしたりする気配はなさそうだ。
先ほどリシアが釘を刺したが、わざわざ刺さなくても良かったかもしれないと思うほどに。
「ニーナ、殿下への忠言も良いのですが、そろそろ本題に入って貰えないかしら?」
「ええ、そうね」
エルケルーシャの言葉にニーナはうなずくと、一度三人を順番に見る。
それから、おもむろに告げた。
「学校の先生に機械病を発症を確認したわ。余計なコトが起きる前に灰にはしたのだけれど」
「先ほどの火柱はそれか。それで、ニーナ。誰を灰にした?」
アンウォルフに真剣な眼差しを向けられたニーナは、同じく真剣な眼差しを返しながら告げる
「コーザ教諭」
「そうか……」
「そう……」
その名前を聞いたアンウォルフとエルケルーシャは、右手で軽く拳を作って胸元におくと、目を伏せた。
二人が追悼の祈りを捧げている間は、ニーナも余計なことは口にしない。
三人のやりとりを見ながら、リシアは胸中で困っていた。
(この感じ、ニーナだけじゃなくてエルケちゃんや王子もすでに機械症を知ってる感じじゃない?)
正史のメイン攻略チャートどこいったという具合の変わりようである。
(いやそもそも、正史じゃあネームドモブだったニーナがチート気味な紫炎術士になってる上に、なぜか機械症を把握している時点でもう原作の基本攻略チャートもクソもない気がするけど)
しかも、チュートリアルではゴブリンではなく機械化オークだった。
さらには、正史においては、この時点だとまだふつうの教諭だったコーザすらも、倒してしまっている。
ガバチャー……ガバガバなチャートであっても、がんばろうと思っていたのだが、そもそもニーナの存在の時点でガバチャーどころの話ではないのだ。
そもそもからして、リシアもリシアで、スラムに戻りたくない一心で、正史では行われなかった前世知識を使った義父の内政手伝いとかしている。
その為、その行いがチャートのガバ化の一端を担っているのは間違いない。
本人は失念してしまっているようではあるが。
(もしかしてこの世界、正史用の通常クリアチャートも、やりこみ用攻略チャートも、タイムアタック用とんでもチャートも、何一つ知識として役に立たなくなっているのでは?)
そこに思い至り、リシアは胸中で頭を抱えた。
(とはいえ、完全に正史通りといかずとも、ある程度の流れには乗っていかないと、黒幕にたどり着くことも、倒すコトも難しい気がする……。
だから、ガバチャー未満のぐだぐだチャートだろうと、可能な限り軌道修正して正史のシナリオに乗せていかないと……)
そうして、リシアが決意を新たにした辺りで、アンウォルフとエルケルーシャは黙祷を終えて目を開けた。
「それで、ニーナ。このコトはどこまで知らせるのかしら?」
「駆けつけて来た警備の騎士たちには話しちゃったわ。機械症オークの死体もそばにあったしね」
「そのオークはどこからきたのだ?」
「学園内の雑木林の近くです。タイミング的には私かリシア様が狙いであり、コーザ教諭が手引きした魔獣だったのかもしれませんわ」
ニーナの報告に、エルケルーシャとアンウォルフは小さく呻いて黙り込む。
正史のアンウォルフなら、ここでリシアのことを過剰に心配しそうではあるのだが、この世界ではそうでもないようだ。
(あるいは、好感度が足りてなかったりするのかな?)
自分の知識と当てはまらないところが多すぎてもどかしい。
「ニーナやリシア様が狙われる理由はわかりますか?」
「さぁ? 正直、見当もつかない」
エルケルーシャの問いに、ニーナは肩を竦める。
「リシアなら、もしかしたら――というのはあるな」
「本当ですか殿下?」
「ああ。彼女の適正属性は五つある」
「本当ですの?」
急に水を向けられて、リシアは慌ててうなずく。
「は、はい。
一番適正のあるのは光ですが、準適正は闇以外の全部です……というか闇が不全ですね」
この世界における属性と証される力は六つ。
『地』『水』『火』『風』の基本四属性に加え、『光』と『闇』の特殊二属性の合計六つだ。
適正が高い属性ほど、高位の技を覚えやすく、低燃費に力を発揮できる。
また適正がなくても属性に関する術や技は使おうと思えば使える。
逆に、リシアの闇属性のように、どうやっても使えない適正不全属性というモノが、だいたい一人一つはある為、自分や仲間の適正属性と適正不全属性の確認は大事なことだ。
「ニーナの火と闇という適正の組み合わせも珍しいのですけれど、リシアはそれ以上に珍しい適正をお持ちですね」
エルケルーシャが感心しているところに、ニーナは申し訳なさげにおずおずと、手を挙げた。
それに気づいたアンウォルフがニーナへと視線を向ける。
「あのー……私の適正なんだけど……」
「どうかしたのか?」
「火と光です。ちなみに闇は不全です」
ニーナがそう自己申告した瞬間――
「嘘だろうッ!?」
「嘘ですよね!?」
「うっそだー!?」
――三者三様に、同じような反応を見せた。
「だから闇に適正のあるエルケがすごいうらやましいんだけど」
「それはまぁ、確かに私は闇と水、そして土に適正はありますけど」
「どうしてこの場にはマルチ適正持ちばかりなんだ? 風だけという一般的なシングル適正のオレだけ浮いているかのようではないか!」
「でも殿下は不全属性が無いではありませんか! 私は光が不全ですのでうらやましいですわ!」
「不全属性ってわりと誰も一つはあるから全属性適正よりもレアな気がしなくもないですよね」
などと貴人たちがやいのやいのとやりはじめたのだが、リシアにはどうしても解せないことがあったので、意を決して訊ねる。
「闇が不全って……ニーナ様の紫炎って、火と闇の複合属性である『煉獄』じゃないんですか?」
「え? これ?」
不思議そうな顔をしながら、ニーナは自分の人差し指を立てて火を灯す。
「はい。それですそれ」
正史において、煉獄属性が紫色の炎を扱うというのは無かった。
だが、見た目だけなら間違いなく煉獄属性に見える炎だ。
「確かに当たり前のように使っていたから気にも掛けてなかったが……言われてみれば、火と闇の複合にしか見えんな」
「悪に憧れると常に言っていますし、てっきり闇への適正持ちなのかと……まさか不全とは思いもしませんでした」
リシアたちの反応に、ニーナは困ったような笑みを浮かべる。
「えーっと、これはその……うん、見せた方が早いか」
すると、人差し指に灯した火が大きくなった。
「見ててね」
ややすると、その火は不思議な色合いを持つエメラルドグリーンへと変化していく。
「これは一体……!?」
「そういう技術です。炎の色を変えるっていう。
私の炎は、紫色に変化させているだけで、本当にただの火属性なんですよ」
ニーナはそう答えると、指先に灯した火の色を、一般的な赤へと変えてみせた。
「色を変えるコトに意味はありまして?」
「ないわね。完全に趣味」
エルケルーシャの疑問に、指先に灯した火を息で吹き消しながら、ニーナは答える。
そのあまりといえばあまりな答えに、三人は思わず天井を仰ぐのだった。