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王子殿下アンウォルフ


「エルケルーシャ! リシアの手を取って何をするつもりだ……ッ!」


 突然の物言いに戸惑いながらも、リシアはおずおずと切り出した。


「あのー……殿下」

「なんだ、リシア?」


 キリっとした表情をだらしなく崩し、アンウォルフ・リングトリムがリシアに顔を向けた。

 彼――アンウォルフ・リングトリムは、この国、リングトリム王国の王子であり、正史(ゲーム)においてはパーティメンバーの一人だ。


 シナリオ通りをそこまで意識せずに学園生活を送っていたリシアだったが、気がつけば友達と呼べるくらいには仲良くなっている人物でもある。


「今、わたし……エルケ様とお友達になったところです」

「え?」


 キョトンと、アンウォルフが目を(しばたた)く。


 金髪碧眼の分かりやすいイケメンであり、主人公であるリシアと共に、王城の見える崖で手を繋ぎ、二つの月を見上げるバックショットがパッケージイラストとなっていた。


 ほかにもパーティメンバーの絆値が参照されてパートナーが決まるイベントなどにおいて、ほかのメンバーとの絆値が同数の場合などは、アンウォルフが優先される。


 それらの点から、公式的には主人公(リシア)のメインパートナーという扱いのようだ。


 とはいえ現実となった今では、リシアからすると扱いに困る王子である。


「それは、エルケルーシャから無理矢理に……?」

「いえ、わたしの意志です」

「…………」


 アンウォルフは困ったように後ろ頭を掻きだした。

 その様子のアンウォルフに、ニーナがそっと息を吐きながら告げる。


「そもそも、リシア様をいじめていたのは、エルケの名を(かた)る輩ですわよ。エルケは指示なんて出していませんわ。彼女たちが勝手に、自分たちはエルケの取り巻きだと名乗り、この行いはエルケの指示と、そう言っていたに過ぎません」

「なん……だと……!?」

「相変わらず迂闊ですわねぇ、殿下は」

「お前は相変わらずオレにキツいな!」


 ニーナの物言いに、アンウォルフは思わず犬歯を剥く。

 だが、すぐに小さく咳払いをして気を改めた。


「すまないエルケルーシャ。それにリシアも。

 早計な判断で怒鳴ってしまって、其方(そなた)らを困らせた」

「いえ、分かっていただけたならそれで……」


 どう反応していいかどうか分からず慌てるリシア。

 それに対して、エルケルーシャは少々冷めた反応を返した。


「謝罪は受け入れますわ。

 殿下は迂闊な面も多々ありますが――過ちだと気づけばすぐに反省し、謝罪できる。そこは人間としては大変美徳ですし、その点は私も大変好ましくも思います。

 ですが、王族というのはそう軽々しく謝罪してはいけない立場でもあるのです。

 ならばこそ、謝罪が発生しないように迂闊な振る舞いを控え、何か行動を起こす前にまずは立ち止まって思考して頂きたいところなのですが」

「お前も相変わらず口うるさいな……と言いたいが、今回に関しては言い返せないな」


 雨に濡れた捨て犬のようにしょんぼりする殿下。

 それに、ニーナが小さく笑った。


「ですが、エルケ。

 感情のまま、その場の勢いのままに動くコトもあるというのは、一面ではメリットではありませんか?

 それは必要な場面ではためらわず迅速に行動できるというコトに他なりません。

 冷静な判断はそれこそ、妃であるエルケが担えばいいのでは?」

「ニーナ……言いたいコトは分かりますが、それでも私はもう少し考えて欲しいと思っているのです」


(お母さんか……ッ!!)


 エルケルーシャとニーナのやりとりを見ていたリシアは思わず、胸中でそう叫んだ。


 完全に教育方針で揉めている保護者のやりとりにしか見えない。


「殿下。お二人っていつもこんな感じなんですか?」

「……ここに母上が混ざるコトも多々ある……」

「あー」


 アンウォルフの母親がどんな人物かは分からないが、それでも、母親が混ざった上で、三人であーだこーだと、彼について話し合っている光景は容易に思い浮かぶ。


「正直、(わずら)わしい。気にかけてくれているのは理解しているのだが、口うるさくてかなわない」


 心底からうんざりした様子の彼に、リシアは苦笑する。

 同時に、正史(ゲーム)での彼のことを思い出す。


 物語の終盤、異形化したエルケルーシャと戦い、それを倒した後に、彼女の最期を看取ることになる。


 その際、看取るのは、その時点で絆値が一番高いパーティメンバーとリシアのコンビだ。


 そして、コンビ相手が誰であれエルケルーシャの最期を知ったアンウォルフは慟哭(どうこく)する。


 助けられなかった無念と、口うるさいからと遠ざけてしまっていた後悔と、もう幼なじみには会えないという事実と……様々な感情がごちゃまぜになった叫びだ。

 アンウォルフがパートナーだった場合、彼女へトドメを刺すのもアンウォルフの為、余計にシンドい。


 なおパートナー次第で、アンウォルフがその情報を得るタイミングが異なることもあり、全ルートで個別の慟哭スチルがあるのは余談だ。

 ……スタッフはアンウォルフの慟哭をそんな大量に作って何がしたかったのだろうか。


 ともあれ、それらの慟哭シーンは、声優さんの熱演もあり、どのバージョンでもかなりクる。

 ゲームをやりこんでいた前世のリシアは、思い出しただけでもちょっと目が(うる)むくらいだ。


 横にいる王子も、エルケルーシャを失ったらそうなってしまうだろうな――というのがイメージが容易くできてしまう。


(あれをリアルで見るのはヤだな……)


 もちろん、エルケルーシャが死んでしまうようなルートだって見たくはない。


(……というかリアルであのイベント発生したら、一緒に泣き叫んじゃいそう……)


 行方不明になるのがエルケルーシャではなく、バタフライエフェクトの結果でニーナに変わってしまったとしても、見たくはない。


 ゲームだから泣けるシーンなのであって、現実にそんなシーンなど見たくもないのだ。


「……殿下」

「なんだ?」

「確かに煩わしいかと思いますが……邪険にはしないでくださいね。

 王族教育というのはよく分かりませんけど、たぶんお二人は間違ったコトは言ってないようですから」

「お前までそういうコトを言うのかリシア……」

「だって……失ってから――その人の言葉が正しかったとか、大事だったとか思っても、手遅れですから」

「……リシア?」


 この時、リシアは正史(ゲーム)のシーンを思い浮かべながら、目を潤ませていた。


 さらに、アンウォルフは、リシアが男爵に拾われるまでは天涯孤独でありスラムで過ごしていたことを知っていた。


 故にこそ、リシアがスラム時代に居たであろう亡き親か友かを思い馳せているのだと、アンウォルフは理解した。


 そして、彼は王侯貴族だからこそ、いつその命が容易く失われるかをよく分かってもいたのだろう。


「失ってから後悔しても遅い、か――忠告傷み入る」


 重々しくうなずくアンウォルフにむしろ、リシアは戸惑っていた。


(あれ? なんかすっごい真面目な受け止め方されちゃってる?)


 それはそれで構わないのだが、なぜリシアに対して申し訳なさそうな眼差しを向けてくるのか。

 リシアが首を傾げていると、アンウォルフは飛び込んできた時とは少々異なるキリっとした顔をした。


「エルケルーシャ、ニーナ」

「あら、どうなさいました?」


 二人に呼びかけ、そちらへ向かって歩いていく。


「いや、リシアに忠告されて気づいたコトがあってな」

「そうですか。それは一体?」

「二人とも、いつもオレへ忠言や注意をしてくれて感謝している」


 唐突にお礼を口にするアンウォルフに、エルケルーシャもニーナも胡散臭いモノを見る目を向けた。


 だが、殿下は気にせずに言葉を続ける。


「これからも至らぬところがあるだろうが、よろしく頼む!」

「……リシア様。どんな忠告をされたのですか?」


 ニーナに問われ、リシアは困ったように返事をした。


「その……お二人の苦言がどんなに煩わしくても、邪険にはしないように……と。

 失った時に後悔しても遅いですよ的なコト――ですかね」

「なるほど……?」


 うなずきつつも、ニーナは不思議そうにアンウォルフを見る。

 リシアの言葉を受けて、どうして急にお礼を言い出したのかが分からないのだろう。


 正直、リシアも分からないので、ニーナと同じような表情でアンフォルフを見る。

 エルケルーシャも似たような顔で、殿下を見ている。


「うむ! 我々、王侯貴族――とりわけ王族や高位貴族ほど、毒殺や暗殺がされやすいだろ? ならいつ失われても良いように、今のうちに感謝などを伝えておくべきだと、思ったからな!」

「いやそういう意味で言ったんじゃねーよ! っていうか、いつ失われてもいいって何だよ!」


 思わずリシアは大声でツッコミを入れてしまい、コホンと咳払い。


「申し訳ございません。取り乱しました」

「いいえ。リシア様、今のツッコミは間違ってはおりませんから」

「そうですね。どうしてこの方はこうなのでしょう?」


 だが、二人の令嬢は気にしないどころか頭を抱えていた。


「ニーナ、殿下が日に日にお馬鹿になっていませんか?」

「でもエルケ、学業の成績はよろしいようですけれど」

「そういう意味で私が言ったワケではないのはニーナも分かっているでしょう?」

「むぅ……オレは何かしてしまったか?」


 戸惑ったように首を傾げるアンウォルフに、三人の令嬢は揃って嘆息するのだった。





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