炎の伯爵令嬢と氷の公爵令嬢はとっても仲良しっぽい
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「失礼しますわ」
そう言って生徒会室に入っていくニーナに続いて、
「し、失礼しまーす……」
リシアも一緒に中へと踏み入れる。
基本的に貴族の中でも上に立つことが多い立場の子息令嬢が入ると言われている生徒会室だ。
中は実家のリシアの部屋よりも豪華な執務兼談話室のようになっていた。
そのことに驚きながらも部屋を見回していると、長テーブルの奥側角の付近で、優雅にティーカップを傾けている令嬢がいる。
公爵令嬢エルケルーシャ・イアンガード。
銀の髪はまるで美しい銀細工。
アメジストのような紫色の瞳は、強い知性の輝きと、意志の強さに、力強く艶めいている。
(うあー、エルケちゃんだ~! やっぱ美人! 可愛い!)
彼女がお茶を飲んでいるだけで絵になることに、ミーハー気分でテンションをあげるリシア。
内心でキャッキャしていると、ニーナがつかつかとエルケルーシャのところへと向かう。
(……って、そういえばニーナがエルケちゃんに文句言いに来たんだっけ……ッ!?)
優雅にお茶を口にしているエルケルーシャへと向かっていくニーナ。
その姿を見、リシアは正気に戻った。
(やばッ、どうしようッ!?)
ニーナが先ほど取り巻きの責任を取らせるとかなんとか言っていたのを思いだし、あわあわと慌て出す。
しかし――
(いやでも慌てたところでわたしに何ができるの……ッ!?)
――という結論になってしまい、どうして良いのかわからない。
「エルケルーシャ様」
そうこうしているうちに、ニーナがエルケルーシャの元へとたどり着いてしまった。
(氷の悪役令嬢vs炎の悪役令嬢みたいな構図なんだけどッ、もしかしなくても……血の雨がッ、降る……ッ!?)
内心で戦々恐々のリシアを余所に、エルケルーシャはそっと息を吐いた。
カップをソーサーに戻し、優雅な仕草でニーナへと首を向ける。
「ニーナ」
ゾっとするほど洗練された所作。
それを気負うことなく自然とやってのけていることこそが、エルケルーシャがずっと受けてきた王妃教育の成果なのだろう。
「学園でもいつものように接して欲しいと言っておりますでしょう?」
「客人がおりますし、学園では貴女に対してあまりああいう態度は取りたくないのですけれど。弁えない人がマネしそうで」
「あちらの客人は、貴女と自分が別人であるというコトが理解できないような方でして?」
チラリとこちらを見られる。
変なところで飛び火したようで、リシアはビクリと身体を竦ませた。
ここがゲームの世界だと分かっていても、今のリシアはこの世界で生きているのだ。
自分よりも家格が上の令嬢二人から一瞥されるというのは心臓に悪い。
二人はしばらくリシアを見ていたが、やがてニーナの方が力を抜くように息を吐いた。
「たぶん大丈夫です」
「それなら分かっておりますでしょう?」
エルケルーシャの言葉に、ニーナが再び息を吐く。今度は完全に嘆息だ。
そして観念したような面もちで、ニーナはそれを口にする。
「エルケ」
「はい!」
瞬間、エルケルーシャの表情がまるで花咲くように華やいだ。
(うっわ何その笑顔可愛い尊いやばい)
さらには、エルケルーシャが浮かべたそのとろけるような笑顔を見たリシアが、完全にやられてしまった。
「ねぇ、エルケ。ちょっと真面目な話をしたいんだけど、大丈夫?」
さらにニーナもだいぶ砕けた様子を見せた。
その雰囲気は、先ほどまでの貴族のお姉さまから、下町の姉御ってカンジの変化したかのようだ。
「先ほど校庭に立っていた紫炎の火柱は関係あって?」
「それはもう終わったやつかな。まぁそっちも報告は必要だから後でするけど、今はそっちの話じゃないわ。
むしろ、その事件発生前にあったコトの方でエルケに話をしたいと思ってね」
喋っている時の所作もどこか下町っぽいニーナ。
その様子に、どこか落ち着くものを感じつつも、リシアの内心は別の感情でいっぱいだった。
(このニーナはこのニーナでいい!)
ゲームとはだいぶかけ離れてしまっているニーナだが、エルケルーシャとの組み合わせは悪くない。むしろ良い。
(理由も原因も分からないけど、家格が下のニーナに憧憬を抱くエルケちゃんと、そんなエルケちゃんに気安いニーナ! 良い! とても良い!!
もういっそこの世界で同人誌とか流行らせちゃう? 作家業チートとかしちゃおうかしらッ!?)
内心のジタバタが抑えきれず、やや表面化しているリシアに、二人が奇妙なモノを見るような視線を向けているのだが、本人は気づいていない。
「……あー……とりあえず、ですけれど。あちらはどなた?」
「ロゼスタ男爵令嬢のリシア様。彼女のコトでちょっとエルケに言いたいコトがあってね」
「あら? 何かしら?」
「取り巻き。彼女をいじめてたわよ」
ニーナが告げると、エルケルーシャはこてりと首を傾げた。
「不思議ですわね。私に取り巻きなどいないのですけれど」
「言いたいコトは理解するし、実態も分かってるけどさ。それが通用しないのが貴族社会だっていうのは、エルケも理解っているでしょ?」
「全くもぅ――本当に面倒くさいコト」
それはもう本当に面倒くさそうに嘆息してから、エルケルーシャは椅子から立ち上がり、リシアの方へと向き直った。
「リシア様。この度は私の取り巻きと勝手に名乗る愚者たちが大変なご迷惑をおかけしました」
「いえ、お気になさらず。イアンガード公爵令嬢の名前がなければ、格下にケンカを売るコトもできない程度なら黙ってろ――と、わたしも言い返してしまいましたので」
「あら? そうでしたの。お強いですのね」
エルケルーシャはリシアに向けて、上品な笑みを向ける。
「ニーナ。リシア様に誤解されてないのでしたら、連れてくる必要がありまして?」
「え? だって好きでしょエルケ。こういうタイプ」
「はい。大好きです」
ニーナの言葉に、エルケルーシャは力強くうなずくと、リシアの左手を取って自身の両手で包んだ。
(エルケちゃんの手って小さめなんだなぁ、温かいなぁ、柔らかいなぁ、可愛いな……)
包み込まれた本人はなにやら感極まった調子である。
「仲良くしていただけませんか、リシア様……いえ、リシア」
その言葉に、リシアは目を見開く。
シナリオ通りであれば、自分はエルケルーシャに嫌われるはずである。
だが、ニーナが間に入ったことで嫌われるどころか、仲良くしようとまで言われてしまった。
(正史をどこまで意識すればいいか悩むなー……。
わたしはここでエルケちゃんと友達になっちゃっていいんだろうか?)
胸中では大真面目に悩むリシアだったが、本能は即答する。
「是非」
包み込まれた左手の外側から、右手をエルケルーシャの手に乗せてうなずいた。
「まぁ!」
ニーナに見せたあの顔を、リシアにも向けてくれた。
それだけで、リシアのテンションはあがってくる。
「ではリシア。貴女も私のコトはエルケとお呼びになって。
私のコトをそう呼んで良いのは私のお気に入りだけですわ。
しっかりと、後ろ盾として利用してくださって良いですからね?」
「わかりましたエルケ様」
内心で「わーい、エルケちゃんとお友達になれた~」とはしゃぎつつ、出来るだけ平静を装ってうなずく。
その和やかな空気をぶちやぶるように、生徒会室の入り口が乱暴に開け放たれる。
「エルケルーシャはいるか!?」
「殿下、少々はしたないですわ」
即座にニーナがツッコミを入れるも、眉間に皺を刻んだその男は取り合わない。
「ニーナ。今はそんなコトどうでもいい」
「よくはないのですけれど」
ボソりと呟きながらも、何を言ってもダメそうだと、ニーナは天を仰いだ。
そして、エルケルーシャに向けて人差し指をビシッと向けて、ややカッコつけ気味に告げる。
「エルケルーシャ! お前、リシア嬢をいじめているらしいな……!」
瞬間、リシアも、ニーナも、エルケルーシャも、全く同じ表情を浮かべて天を仰いだのだった。