状況だけならざまぁもののプロローグのような。~ドアマットにならない姉と、欲しがらない義妹~
よろしくお願いいたします。
サンセット伯爵家には、一人娘のトワイライトしか子どもがいなかった。
トワイライトが14歳になったとき、10年ほど患ってずっとベッドにいた母が儚くなった。
トワイライトは、唯一の跡継ぎとして様々な勉強を詰め込まれ、理解のない婚約者にないがしろにされながらも耐えていた。
婚約者はクレセント男爵家の次男、クラウド。
トワイライトが女伯爵となるため、配偶者は貴族籍でありながらも当主ではない。
その時点で、彼は若干不満だったようだ。
子どもが生まれないままトワイライトが亡くなった場合は、遠い親戚から養子を貰って跡継ぎにすると決まっていた。
また、子どもが生まれていた場合は、クラウドが代理としてサンセット伯爵領を運営し、子どもが成人したらすぐに爵位を譲って補佐となる。
かなりサンセット家に有利な条件に見えるが、その代わりクレセント男爵家には貿易関係の取引に関して便宜を図ることになっていた。
サンセット家としては、血筋を絶やすわけにはいかないので譲れないところだ。
クラウド自身も、生活においては伯爵家の家族としての扱いを保証されていたので、両家で納得の上契約した婚約だった。
それでも、やはり不満だったようだ。
クラウドの兄よりも自分の方が優秀だ、と慢心している節があった。
実際、勉学方面ではクラウドは成績が優秀だったので、認識としては間違っていない。
しかし、それを声高に言うのは品がない。
トワイライトが諫めても逆効果で、クラウドはますますかたくなになっていった。
元々少なかった交流がほとんどなくなり、トワイライトが誕生日プレゼントを贈っても返事の手紙すら既製品のカードという始末。
当然、トワイライトの誕生日には適当な菓子が届く程度だった。
そんな中で、トワイライトの母が亡くなったのである。
葬儀から1ヶ月後、現サンセット伯爵である父が、後妻とその8歳の連れ子シャインをトワイライトに紹介した。
ちなみに、後妻は侍女長で、シャインは異母妹。
つまり、トワイライトの義母となるスカーレットは、これまでずっと侍女として伯爵家に仕えながらも父の愛人だったのだ。
シャインはこれまで別の家で育てられていたので、異母姉妹は初対面であった。
4人が揃った応接室で、父は告げた。
「跡継ぎはシャインとする」
「だ、旦那様っ?!」
「お父様……?!」
義母とシャインはそれを聞き、ぎょっとした。
トワイライトは、静かに座っていた。
「大丈夫、シャインは優秀だ。3年前から始めた領主教育も当時のトワより進みが早いし、成績もいい」
父は、満足げにそう言った。
それを聞いたスカーレットは顔色を悪くし、シャインは焦ったように父とトワイライトを見比べている。
どうやら、彼女たちは何も聞いていなかったらしい。
「まぁ……」
トワイライトは、ソファから立ち上がってシャインに歩み寄り、その小さな手を握った。
「ありがとう、優秀に育ってくれて!」
笑顔でそう言った。
そしてぽかんとするシャインの手を握ったまま、トワイライトは義母を見た。
「ありがとうございます!母が倒れてから、内向きのことはほぼすべてご対応いただいていましたね。これからは、正式にサンセット伯爵家をよろしくお願いいたします」
実は、後妻となったスカーレットを父に紹介したのは、トワイライトの母であった。
自分がもう子どもを望めないこと、妻として働けないこと、病が治らないので死を待つばかりという状況を加味して、父に愛人を持つよう頼んだのだ。
そして、色々と弁えた独身の貴族女性を探し、行き遅れながらも侍女として働くスカーレットを見いだした。
父と母は、親友のような間柄だった。
実は、家のためとはいえ褥を共にするのはかなりしんどかった、とはこっそりこぼした母の言である。
そして、今は選べないけれど、将来的にはどうにか父を脅してでも、異性として好きになれる相手と結婚してほしい、と言われたのだ。
脅すとは穏やかでない。
母は、家族としては父を好きだったが、異性として見られなかったらしい。
ベッドにいた母は、動けないながらも趣味の読書を満喫していた。
今も残る母の部屋は、半分図書室である。
スカーレットは、侍女長として伯爵家の家政を引き受けてくれていた。
社交はさすがにしていなかったが、それ以外はすべて対応してくれていたのだ。
おかげで、トワイライトはただの伯爵令嬢でいられた。
異母妹が生まれていることも、数年前に母から聞いていた。
領主教育はあったし、複雑な家庭状況にありながらも、トワイライトは大切にされてのびのびと育ってきたという自覚があった。
トワイライトがすべて知っていたと聞かされ、スカーレットとシャインは目を白黒させた。
「で、でもトワイライト様はずっと次期領主として学ばれてきて」
シャインは、握られた手を見下ろして言った。
「お義姉様って呼んでくれたら嬉しいわ。私はね、好きでもない勉強をひたすらさせられてとっても苦痛だったのよ」
「苦痛」
にこにこと笑顔のトワイライトの言葉を、シャインは首をかしげて復唱した。
「トワは、興味のあること以外は身が入らないからなぁ」
父がうんうんと頷きながらそう言った。
「身が入らない」
スカーレットが、シャインと同じように首をかしげて復唱した。
さすが母娘だ。
「私、歴史は大好きなのよ?領地の遺跡を発掘するチームを一日中手伝うくらい。でも遺跡に関わるもの以外はいつも落第スレスレで」
「落第スレスレ」
シャインの表情がスンッとなった。
「遺跡で出てくるから、古代語はものすごく得意なの。でも外国語は苦手。数学はなんとかなるけど、経済学はサッパリ。魔法は、土魔法と保存魔法だけは先生のお墨付きだけどほかは最低限の基礎しかできない。地理は古代地図と関連するところ以外覚えられないし、貴族年鑑なんて枕にしかならないわ」
もはや自慢げに言うトワイライトを、スカーレットとシャインはぽかんとして見た。
説明は終わったとばかりに、父がまとめた。
「そういうわけで、トワは考古学の方へ進んで、遺跡発掘の研究者を目指したいそうだ。まぁ、最悪どこかの学園で考古学の教師にでもなればいいだろう。だからシャイン、サンセット伯爵家の未来はお前の肩にかかっている。シャインはどの教科も満遍なくスムーズだと聞くし、どうだろうか?一応トワは頑張ったんだが、やはり難しいと言うからな。シャインが、どうしても興味がないとか無理だと言うなら、以前から内々にほのめかしていた親戚から養子を迎えるつもりだ」
シャインはパチクリと瞬きをして、異母姉を見て、父を見て、母を見た。
彼女は少し混乱しながらもしっかりと頷いた。
「はい、領地の経営は面白そうだと思っていました。将来は領地でお義姉様の手伝いをしようと思っていたのですが……」
トワイライトは、必死な表情でシャインに頼んだ。
「私はもうあんな勉強をさせられるのは嫌よ!領主の座はシャインにもらって欲しいわ。養子を迎えるって言うけど、さすがにお父様の血を引いた娘が二人もいるから、どちらも逃げるのはかなり難しいと思うの。シャインが断ったら爵位が私に返ってきちゃう。ね、お願いよ」
「逃げる」
頷く父、ぽかーんとしたままの義母。
そしてシャインは、握られたままの義姉の手を握り返した。
「お義姉様、私頑張ります!お義姉様が発掘なさるなら、発掘事業にも投資できるようにします」
投資まで考えが及ぶとは、シャインはかなり優秀らしい。
トワイライトは輝かんばかりの笑顔になった。
「ほんと?!良かった!無理って言われたらどうやって押し付けようかと思ってたの。貴女たちはサンセット家の希望よ!」
「希望」
そして、トワイライトは学園を出た後、大学で考古学の研究室に入り、大学卒業後は伯爵家の領地を中心に遺跡を発掘しまくった。
ちなみに婚約は跡継ぎを変更したことで即解消し、別の子爵家の婿入り先を紹介した。
こちらはクラウドの母方の遠い親戚で、爵位をクラウドに引き継ぐという形だったので、彼も満足したようだ。
こちらの都合での解消ということで、男爵家へは賠償金を支払った。
一方、学園を首席で卒業したシャインは、大学にも進学し、経営学を修めて伯爵家を継いだ。
伯爵家として、トワイライトが発掘する遺物を使って王都に博物館を作り、一部は高値で販売もしてきちんと発掘事業を黒字にした。
シャインは学園で出会った男爵家の四男と恋人を経て婿入りしてもらい、二人の子をもうけた。
トワイライトは発掘の魔法技術力を買われて隣国に呼ばれ、同じ遺跡フリークの隣国の教授の助手と出会って結婚した。
伯爵家の領地にある遺跡と隣国の遺跡に関係があることを発見するなど、夫婦で考古学の一分野を開拓していった。
後にトワイライトは語った。
「当時の状況を見たら、みんな別の結果を想像したでしょうね。私が権利を取り上げられて、シャインがすべて奪って、家を乗っ取られるみたいな。実際には、私が押し付けたんだけどね」
父が娘たちをよく見ており、領主は嫌で発掘をしたかったトワイライトは考古学に進むことができ、領地の経営に興味があったシャインが領主となった。
お互いの希望がかみ合ったため、ざまぁなど起こるはずもなかったのである。
適材適所って大事だと思います。
読了ありがとうございました。