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下水道という名の伏魔殿〜is kusai of fantasy〜

 鼻の穴に布を詰め込み、口元を布で覆ったウリウリとシチミ。

 普段と変わらない格好のマウスと俺だ。

「そんな恰好で大丈夫ですか?」

 衣装だけはスケベなまま、顔周りだけ重装備なウリウリが心配そうな声をかけてくる。

「下水っていっても整備されてるんだろ?」

「まあ、多少は・・・・・・」

 むかし何かの本で読んだことがある。

 上下水道が整備されているところは先進国だと。

 多少のクサさは想定済みだ、ったはずだった。


 先にひとつだけ言えることがある。

 下水掃除は二度と行かん!!



「うおぇぇぇ」

「げろげろげろ」

 地下道を進むこと数刻。

 いくつかの石階段を降り、重厚そうな木のドアを押し開けた俺たちにそいつは、突如として襲い掛かった。

 例の魔力残滓で動くスケルトンでも半腐乱したゾンビでもない。


 脳を揺らすような悪臭だ。


 電流が走る、というか脳みそに手を突っ込まれて、グルグルかき回されるというか表現が思いつかない。

「オウェーーーーーーーーーーーッ!!!!!」

 黒くてぬるぬるした半固体が付着する石畳の隅っこにリバース。

 大変見苦しい光景を眉間を押さえたウリウリが見つめる。


「げろげろげろげろ・・・・・・」

 自称大人のレディ、マウスはずっと吐きっぱなし。

 竜人の嗅覚は鋭いのだろうか。

 両目からボロボロと涙がこぼれていた。


 口元を覆い隠したシチミですら、布の上から手で覆っている始末だ。

 こりゃ金貨2枚は出さないと誰も来ないよな、なんて思うけど、2枚でも安い気がする。

 なんだこれは。

 何かの罰ゲームか。



 というか、思考する間も与えない悪臭が鼻をつく!

 換気とか日常的なメンテナンスとかどうやってんだよ!

 こんなの下水道じゃない!!

 人糞を集めて醗酵させてますとか言われれば、なるほどクレイジーだな! とか言いながらも納得できる気がする。

 そんな場所だった。



 地中海風情の漂う少しお上品で小綺麗な町の地下は、とんでもない魔境だったのだ。

 光と闇の闇部分。

 この世の終わりみたいな場所、それがロッテンハイマー下水道だった。

 実際、真っ暗気なので物理的にも闇の世界だ。

 照明器具として持ってきたカンテラと頭の上につける照明だけが唯一の光源だから比喩ではない。

「大丈夫かって聞きましたよね」

 背中をさすさすしてくれるが、反応すらできないのが現状。

「地獄だ・・・・・・」

 そう答えるのがやっとだった。

 俺たちの冒険は始まったばかりだ。


 だが、この話はここまでにしよう。



「手抜き・・・・・・」

 知らん間にやってきて、ノートを読み漁っていたチヒロがぼやいた。

 地獄のような下水掃除から一週間。

 カワセミ亭なる洒落た下宿の一室。

 窓の外には家々の屋根とはるか遠くの山々の影が見える。

 月額銀貨5枚にしては見晴らしが良い。

「決して手抜きではない」

「ふーん」

 手抜きではない。

 うん。だって、ウ〇コとかウ〇コとか書きたくないじゃん。

 読まされる方もウ〇コとかイヤだろうし。

「配慮したんだ。レーティング的なヤツに」

 そりゃ、ドタバタ喜悲もろもろの冒険活劇はあったよ。

 マウスがかなり強かったとかウリウリが予想に反して頼れる子だったとか。

 試しに振るってみた光剣が想像以上にヤバいアイテムだったとか。


「ふーん」

 勝手に戸棚を開け、水の木製ボトルをあおる。

「こら、勝手に飲むんじゃない」

 水道が存在しないため、かめに貯めた水が生活水として使われている。

 飲料水は、木製の水筒に入れて売られているのが、ロッテンハイマー流だ。

 残念ながら小高い丘の地下は、カタコンベとして運用されたあと下水道に転用されたため、井戸なんてものは存在しない。

 だから、飲み水を買いに行かなければならないのだ。

「ユーマのトイレを呼び寄せたらいいの。水出るでしょ」

「トイレの水を飲めと?」

「うん」

 飲めないことも無いが、抵抗がある。

 というか、

「トイレを呼び寄せる? 行方不明のあれを?」

「姉さまから貰ってないの? トイレを呼び出すヤツ」

「なんだそれは」

 知らんぞ。

 というか呼び出せるなら探さなくても良かったし、ポットン便所みたいなものを使わなくても良かったじゃん。

「忘れてたのかな」

 チヒロはひとり呟くと何もない宙に文字通り手を突っ込んだ。

 彼女の手先が消え、手首、腕と空間に喰われるように消えていく。

 なんとなく知ってるぞ。

 収納魔法ってヤツだ。たぶん。


「どうなってんの、それ」

「ん? ううん? えーと、現空間を中空で座標固定し、アストリア時空を介して空間湾曲させた後、えーと―――」

「全然わからん」

 なんか分からんが、クラウド空間みたいなもんだろう。

 たぶん。

「うん。まあ、そんな認識でいい」

「目の前にいるんだから心を読むな」

 いつかスキル的なヤツで任意に心を読むのをブロックせねばならない。

 うっかり変なことを考えようものなら

「ヘンタイ?」

「読むなと言うとろうが」

 すぐこれである。

 この世界の神とは、他人の心の中にすぐ土足で入り込む不埒者ばかりだろうか。

 今のところ二人しか会ってないけど。


やがて悪臭にも慣れていくのよ…

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