【ケイ】フローティング2
「大体あーゆータイプって嫌いなんだよね」
と江美が言う。隣で聞いていた明日香は、いつものようになだめる。近くにいた阿部が、好奇心から質問をする。
「なんで嫌いなの?面白いじゃん、アイツ」
店に続く階段を上りながら、江美は、阿部のほうを睨んだ。先ほどの怒りが収まらないと見える。
顔のまんま強気な子だな。阿部はそんな風に思いながら彼女の言葉を待つ。
「面接のときだって、私隣にいたけど、グループワークなのに、自分だけがしゃべって。声が大きいから丸聞こえよ。自分だけがアピールできればいいと思ってるのよ」
「はは、周りから見たらそう見えるんだ。まあ確かにアイツは声でかいし、意外によく喋る。それに自分の意思やポリシーみたいなものを強く持ってるから、我を通すように見えるけど、実際はそんなことないよ」
自動ドアが開き、店員が威勢よく声を出す。阿部は手際よく入店の手続きをすませ、皆を中へ入れる。座敷に通されると、とりあえず生ビールをピッチャーで注文し、いくつかウーロン茶も運ばれてきた。
「さっきの話、納得いかないんだけど。発表もアイツがしてたじゃん。アピール小僧だからでしょ」
男女が適当に座ったため、阿部の隣に来た江美が聞く。阿部はちらと周囲を見て、ケイが近くにいないのを確認して、
「あのときは、初めてグループワークしたヤツが多かったから、わざとアイツが喋ったんだよ。制限時間もあるしね、積極的にしゃべらない人はビジネスでは取り残されるんだから、それをわざわざ拾う必要はないって考えもあるらしいけど。それもグループワークでは協調性が評価されるってことを知った上でやってるらしいし。それに、アイツには周囲を巻き込む天性の才能があるように思うよ」
「買いかぶりすぎじゃない?」
テーブルに置かれたピッチャーの結露をおしぼりで拭き、コップをビールで満たす。阿部がしきって乾杯をする。
「確かにアイツしかしゃべらなかったけど、実は最終的な結論は、少しずつ出した皆の意見がまんべんなく反映されたものだったんだよ」
「でも、皆がもっと喋ってれば、もっといい結果が出てたかも」
「それはまあ、確かにそうかもしれないけど、あいつが想定してるのは面接じゃなくて、実際のビジネスシーンなんだよ。そういうやつなんだよ」
コップに注がれたビールに口をつけ、コップを置くと、江美は大きくため息をついて、
「はた迷惑なやつね、それ」
「まあ、でも結果的に、うちのグループメンバーは全員受かったんだよ。きっとアイツがいなきゃ、その結果はありえなかったろうよ」
ケイがトイレから戻り、阿部の前に座る。江美はケイの顔をまじまじと眺め、フンと鼻を鳴らす。
「何、俺の悪口か」
「まあ、そんなところだよ。天才と馬鹿は紙一重って話だ。それよりバンドの話はどうなった?」
「バンド?何の話だっけ?」
ケイは革のジャケットを脱ぎながら聞いた。
「おい、お前が言い出したんだろ、バンドやろうって」
「ああ、そうだっけか。じゃあやろう。何が弾ける?ギター?ドラム?」
「や、なんにも。歌うだけ」
「じゃやめにしよう」
ビールをぐいと飲み干した阿部は、
「結論早いな」
とつっこむ。江美の隣でそれを聞いていた明日香は、苦笑し、
「ケイ君は何か楽器できるの?」
と聞いた。ケイは明日香の顔を見る。その表情はどこか、母性のようなものを感じさせる落ち着いたものだった。隣に座る江美が妹のように見える。ニットのセーターは首を半分以上隠している。そこからわずかに、赤い痣が見える。不意に浮かんだ言葉がすっと口から出る。
「キスマーク?」
店の照明は少し明るすぎた。長テーブルには3灯の照明があたり、木製のテーブルに過度の照り返しを見せている。BGMは90年代のポップスのように思うが、知っている曲は少ない。
「やだ、違うよ」
それ以上言い訳をしないのは、やましいことがないから、それとも、嘘がつけなかったから?
沈黙の中を古いメロディが通り抜ける。先ほどから江美は背中を壁につけ、もたれた体勢で、ビールを飲み続けている。
「何も弾けないよ。だからやるとしたら、ボーカルしかないから、阿部とじゃ組めないな」
沈黙の気まずさから、ケイは口を開いた。そして、ぬるいビールを飲む。ピッチャーの結露で、テーブルが少し濡れている。
「ギターとか友達にいないの?ピアノなら私、少しは出来るけど」
「いないな。阿部は?」
「俺も右に同じ」
ピアノ、弾けるのか。まだアルコールの回っていない脳が、先ほどの明日香の言葉を回想する。その瞬間、ふと思い出した。
「あ、いる。ギター弾けるやつ。ただ、そいつの名前、
セクシーKって言うんだ」