【ケイ】フローティング1
突然携帯電話が鳴った。
「R社人事の高岡だけど、覚えてる?」
「ああ、高岡さん、突然どうしたんですか?」
「落としといて悪いんだけど、今度飲み会やることになったんだけど、お前、幹事やってくれないか」
「うーん、嫌です」
「うん、だろうな。幹事はもう既に他のヤツに頼んでるんだ」
「…高岡さん、変わらないですね」
「当たり前だろ、就活生じゃあるまいし、そう短期間では変わらんさ。変わる気もないしな」
「はあ。それで飲み会って何の飲み会ですか」
「聞きたい?」
「や、いいです」
「相変わらずだな。3月15日にやるからあけといて」
「それ、来週ですね。あ、でもあいてるな。わかりました」
「おう、よろしく」
とすぐに電話を切られた。なんか嵐のような人だな。ケイは口にくわえた歯ブラシを抜き、口内からあふれ出そうな泡を吐き出しに、洗面所へ向かった。
待ち合わせの時間は8時だったが、その少し前に着いた。そこには既に数人の男女がいる。見た目からすると、同年代かな。グレーのジャッケットを着た男が、ケイを見て手を振る。それに気付き、周りにいた人もケイに目を向ける。とりあえず、そちらに寄っていくと、
「木本君も来るとは思わなかったよ。なんかこういう馴れ合いみたいの嫌いそうだし」
「ああ、まあ遠からず近からず。ところで、誰だっけ、見覚えあるけど」
「はは。確かに木本君と違って僕は目立たないからね。古川です。面接で一緒だったろ。あと、阿部君も来るんだよ。それに久居さんも同じだったの覚えてる?」
古川は、少し横にのいて振り返り、後ろにいた小さな女性に目をやる。
「久しぶり」
遠慮がち彼女はケイに頭を下げる。フリルのついたワンピースに、カーキ色のカーディガン。腕には、カラフルなミサンガみたいなものをつけている。
「ああ、髪が明るくなったからわからなかったよ、久しぶり」
「もう内々定もらったから、髪染めたの。似合う?」
「終わったからって髪染めるってのが安易だね。黒のがよかったかも」
あ、また本音言っちゃった。
大通りを走る車のヘッドライトが目に飛び込んできて少し眩しい。目を細めると、苦笑する久居がいた。
「や、ほんと、嘘つくの苦手なんだよね、木本君は。面接の時もそうだったからさ、変わった人がいるなって思ってたんだよ。なんか自分を持ってるってのかな、憧れるよね」
フォローするように多くの言葉を発する阿部が道化師のように見える。端の方で見慣れない女性がケイを見ている。その視線には明らかな敵意が感じられる。真っ直ぐに降りた髪は、肩よりやや上で不安定に揺れる。ほとんど化粧をしていないように見えるが、綺麗な顔立ちをしている。プライドが高そうな上がった目じりと、白い肌が何より印象的だ。堅く結んだ唇が、突然開く。
「嘘が苦手ならしゃべらなきゃいい。デリカシーのかけらもないのね」
「下らないだろ。人に気を使って生きてくなんて。メリットが無いなら、俺はそんなことしたくない、それだけだよ。それに嘘ついてまで友達を作ろうとするやつの気がしれない」
あー、またやっちゃたな。雰囲気悪い。もう帰りたいな。
「江美、やめなよ。本木君の言うことももっともだよ。別に悪口言ったわけじゃないんだから。ごめんね、本木君」
そう言って、彼女を止めようと肩を抑えたのは、ロングの女性だった。大人しく目立たない顔だが、鼻筋は通っていて、何より真っ直ぐな目をしていた。
「別にあんたが悪いわけじゃないから、気を使うなよ。俺も少し言い過ぎた。ごめんな、久居」
久居は首を振って、大丈夫、ありがとうと言って、なぜかガムをくれた。
「皆が騒いでるからでにくかったんだか」
そう言って、黒のロングコートを来た男が現れた。
「あ、阿部君」
古川は、ほっとしたように言った。阿部はケイを一瞥すると、
「お前、ほんとトラブルメーカーな」
「ほっとけ。160センチにロングコートは似合わんから、やめとけ」
さっきの女性は未だに睨んでいる。そして隣では、気まずそうに彼女の肩を触る女がいる。
「高岡さんは少し遅れるらしいから先に店入ろう」
たむろしていた学生達は阿部に続いて歩いていく。
「古川君、さっきは悪かったね、フォローしてもらって」
道中、特に話すやつもいなかったので、古川に声をかけた。
「や、いいんだよ。本木君が悪いわけじゃないし。フォローになってなかったかもだけどw」
「まあ、なってなかったな」
「ほんとストレートだねww」
「ところで、今回の飲み会の主旨って知ってる?」
「え、聞いてないの?なんか高岡さんが面接した学生の近況報告兼ねてざっくばらんに飲もう、みたいな感じらしいよ。ああ、あそこの水木明日香ちゃんだけ、さっき揉めてた東江美ちゃんのルームメイトらしく社会人らしいけどね」
ふうん、水木明日香。しっかりしてそうだとは思ったけど、年上だったのか。
相変わらずヘッドライトの明かりが眩しく目に入る。