エンドオブパーティー
キノコのカサが揺れる。いや、そんな髪型をしているだけだ。ケイたちが練習しているスタジオは、木下さんというキノコ頭の男が個人でやっているところだ。酒のせいで出たおなかを触りながら、
「君達はどういう知り合いなの?」
とたずねる。練習を終えて、スタジオを出る準備をしていた3人は、木下の方を見て、誰か答えろよ、というように肘をつきあった。トオルが予約したスタジオということで、渋々、
「会社の同期です。まだ内定の段階なんですが」
と答えると、木下は不思議そうな顔をみせ、鼻をならした。ケイは改めて、内定者同士でバンドを組むという奇妙な巡り合わせについて考える。鞄を持ったケイを見て、木下が、
「君は中々筋がいいね。でもプロになりたいらな、ちゃんとレッスンを受けた方がいい。なんなら紹介しようか?」
と近づいてきた。垂直に降ろした指には濃い毛が生えている。靴とズボンは奇妙な色の取り合わせだ。ケイは明らかに不快そうな表情を浮かべ、
「そのうち」
とだけ答えた。そんなぶっきらぼうな様子を見ても、木下は構わず続ける。
「君たちがよければ、今度ここで内輪だけのライブをやるんだ。それに出ないか?」
トオルは表情も変えずにケイの方を見る。ダイは何かを考えている様子だ。ケイはトオルを見て、その表情から何も読み取れなかったので、
「少し考えさせてください。また、連絡します」
と首を触る。スタジオを出ると、黒い空に夕焼けが溶けていた。小道を進み、大通りで右に折れると、左手に小さなトンネルが見える。先のほうは暗くてよく見えないが、小さな猫のようなものが見える。ケイは足を止め、身をかがめ、トンネルの奥をのぞこうとするが、2人に置いていかれるので、すぐに諦めて小走りで追いつく。
「さっきの話、どうする?」
少し呼吸が早まったケイが聞く。トオルはスケジュール帳を取り出し、
「予定の日、スケジュールが微妙かも。まあ、出るならあけるよ」
とつぶやくように言った。ケイはライブなど無論したことがないので、少し興奮していた。それに対し、後の二人はライブにそこまでの関心はない。
「ま、このバンドでのライブとしては、1回目だし、いいかもな」
とトオルが続ける。その言葉にケイは安心し、
「よし、じゃあ出ようか」
と結論を下す。空を烏のシルエットが飛んでいく。甲高い鳴き声が遠くなる。ギターケースを背負いながら歩くダイは自然と猫背になっていた。
「やめといた方がいい」
不意にダイはそう言った。ケイはすぐにその理由を聞いた。
「今のスキルでは人前でやるレベルに達してない」
「そりゃ練習ほとんどしてないしな。だからこそ、今回みたいな身内みたいなライブの方がいいんじゃないか」
「俺もケイと同じ意見だな。身内だし、いいんじゃない。それで悪いとことか直せばいいし。場慣れの意味も含め、やるのは賛成だよ」
とトオルがケイに賛同する。ダイが歩くたびにギターケースが揺れて金具が小さな音を立てる。
「世の中には高いレベルのバンドが腐るほどいるんだから、今のままじゃだめだ」
薄いソールの靴がぺたぺたと情けないリズムを刻む。
「そんなこと言ってちゃいつまで経ってもライブできないよ」
とケイは苛立ちを含んだ口調で言い放つ。トオルは悪い雰囲気になり、口を閉じる。誰も何も言わなかった。そのまま駅まで歩いて電車に乗って、その日は帰った。
それから、ケイは卒業旅行で海外に行った。ダイは卒業論文の執筆で忙しくなり、トオルも同様に多忙になった。そして3人は社会人になった。仕事は思った以上に難しくて、たまに飲みに行くことはあったが、バンド活動はすっかり休止してしまう。
後に、ケイとトオルは言う。
「ダイとの人間性の違いで、バンドは解散したのだ、と」