ザ・シームズ・カマンダン
「なんでエレキギターなの?」
ケイとトオルは声を揃える。ダイはエレキギターのコードを機材に差し込みながら、二人の方を見て、「いや、今回はエレキかなと思って」
と首を揺らす。バンドのスタイルをピアノ&ギターと決めた時から、ケイとトオルの頭ではアコースティックギターの音が流れていたし、特に、今回の曲「ヨコハマレイン」はアコースティックが似合う。
「まあ練習だからいいけど」
ふてくされたようにケイは言う。紺のパーカーに黒の革ジャケット。着古して、フェイクの革にはひびが入っている。
毛糸地の上着を脱ぎながらトオルは苦笑いを浮かべる。気にせずダイはギターの音と、機械の相性を調べる。鋭くて粘り気のある音がスタジオ内に響き渡る。ケイとトオルは目を合わせて、全然雰囲気に合わない、と言葉に出さずに意識を共有した。
続いてダイの発声練習が始まる。先ほどからイスに座ったままのケイはその様子を黙って見ている。トオルはというと、すっかりピアノの前に座り、自分の世界だ。あまりにも暇だったので、ケイは立ち上がって、もう1本あるマイクを掴み、
「So make me love!」
とデタラメなメロディーで歌い始める。
「going to my dream land. Just knock only me」
隣で充分に発声練習を終えたダイが、「何それ?」と聞くので、ケイは前を向いたまま「今作った」と覚めた目つきでいる。
「ダイ、送ったコードはちゃんと見てきた?」
とトオルがたずねる。ばつの悪そうな表情を浮かべ、
「まだ見れてないんだ。でも一応、メールは印刷して持ってきたから」
とダイは返す。そしてその落ち度をかき消そうと急いで印刷した紙を取り出し、ギターで弾き始める。一通り弾き終わると、ダイはトオルに、「こんな感じ?」と聞き、「まあいいんじゃない」と人ごとのようにトオルは返す。そのやりとりを眺めながら、ケイはマイクを触る。冷たい金属の感触と、少しの湿りを感じる。いくつかのネジを回し、高さを調節すると、
「試しにやってみよう」
とわざわざマイクを使って言った。
「OK」
トオルはそう言うと、ピアノを弾き始める。流麗な指使いから正確に刻まれる音の世界。
「待った」
その声でピアノの音が急に止まる。止めたのはケイだ。
「歌い出しがよく分からない。そのフレーズを2回しで歌い出したらいい?」
「回しって単語の意味が分からないが、そうだな、このフレーズが2回あってから歌い出し。じゃ弾くよ」
再びスタジオに音が流れる。所定の位置でケイは歌い始める。
「違う。もっと上。1.5音くらいかな。ピアノとはずれてるのわからない?」
ピアノを止めてトオルはケイに言う。ギクリとしたケイは、強がって
「全く分からないな。とにかくこの音でいいのか」
と先ほどより高い声を何度か出し、トオルにOKをもらう。ケイはその音を忘れないように頭の中で何度も反復しながら、イントロを聞く。歌い出し、少しずれたが、微調整して合わせる。ダイ、トオルともに何度か演奏ミスをしながらもサビ終わりまで終える。
ケイは大きく息をつき、持ってきたペットボトルの水を飲む。トオルはピアノの前を動かない。ダイは首を揺らしながら、ギターで小さな音を出し続けている。
「ボーカルの音程が揺れてる。音程が安定しないと聞きづらいから上手く聞こえない。直さなきゃいけないな。課題は山積みだ」
口をへの字に曲げてトオルは言う。ケイは正面に見えるガラス窓をぼんやりと眺めていた。窓にはいくつかの傷があり、そこから見えるのは見たこともない機材ばかりだ。
「そのへんはいつか上手いことなるだろ」
ペットボトルを鞄に直し、ケイは言う。トオルはその答えを聞きたくもなさそうに、鍵盤に目を落とす。
「俺、コード弾きじゃあんまりだな」
ギターを弾いていたダイがつぶやくように言う。
「どういうこと?」
トオルが面倒くさそうに聞く。二人の会話はお互いの間で落ちてしまって、交わっていないように感じられる。
「コードどおりに弾いてるけど、トオルの弾くピアノもコード弾いてるからさ」
語尾がかすれるように小さくなる。面倒な言い回しをするダイに少し苛立ちを見せる早めの口調で
「どういうこと?」
とダイが訪ねる。
「もったいないな」
とケイが割り込み、その言葉に反応したダイは、
「そう、まさにそれ。もったいないんだよ」
と大きなジェスチャーを交える。
「じゃあ俺がピアノで弾く音を減らせばいいのか?」
トオルは片手で音を鳴らす。
「そうだな、それしかないかな。じゃないとギターの、というか俺の存在意義ないしな」
「じゃあいらないなw」
とケイが茶化すように言う。予想に反し、ダイは無反応だ。トオルは笑いながら「ひでえw」とだけ言った。
「もしくは俺がコード弾きやめて、違うメロディーを弾こうか」
とダイは提案する。
「じゃあそうしてくれ。トオルと打ち合わせして」
ケイはそう言って、ふらふらとドラムの方に行き、ドラムをデタラメに叩き始める。素人が叩くドラムは、意外にも軽快な音を奏でる。ひとしきり叩き終えると、ケイは満足そうに言った。
「こんなのどう?」
長い前髪をうっとおしそうにかきあげる。染色された前髪の間から、くっきりとした二重の目があらわれる。まばたきを数回する。
ダイのギターに合わせてピアノを弾いていたトオルは、軽快な指の動きを即座に止めて、
「デタラメすぎ。ねーよ」
と笑ってみせる。
その間、黙々とギターを鳴らし続けていたダイは、我関せずといった様子。トオルは、先ほどからのことを重ね合わせて、ダイに
「うっせw」
と一言。ダイは苦笑いを浮かべ、首をふらふらと横に振った。まるで首のすわっていない子供のように。 ドラムに飽きたケイは、ふらふらとトオルに近づいた。
「トオル、いけそう?」
トオルは少し考えると、ケイの方を見て、
「解散だなwww」
と漏らした。