イージーカム
秋になると運動会で流れていた『田園』という曲を思い出す。ケイの家は比較的田舎にあり、周囲を田んぼで囲まれている。10月になると、すっかり穂を重くした稲で田んぼは金色に染まる。
夏の終わりに目指したM-1も、書類選考で必要となる写真の用意が間に合わず、失格となっていた。夢は来年へ持ち越しとなるか、焚き火につっこまれて灰になるか。いや、燃えないゴミでしかないような気がする。
スピーカーから割れた音で『田園』が流れ始めた。ケイは自然とその音のする方へ向かう。それはどうやら坂の上のフェンスで囲まれた運動場のようなところから流れているらしい。坂を下る学生たちは、皆まちまちに手に食べ物を持っている。フランクフルトや焼きそば、たこ焼き。可愛らしい格好の女の子と目が合う。ケイはすぐに目をそらすと、運動場を目指した。
曲がサビの部分に差し掛かった時、ケイはちょうど運動場に到着し、そこから見える30くらいある紅白のテントを見ていた。その日ばかりは誰も運動をしようという者もいない。そりゃそうだ、学園祭で我関せずと運動するような輩はちょっといない。いや、山縣を除いて、か。
ケイがわざわざ一人で他大学の学園祭に足を運んだのにはある理由がある。テントの間を縫うようにして、目当ての人物を探す。前から来た学生と肩がぶつかる。反射的に振り向くと、へらへらと笑いながら、「すいませーん、へへ」と前髪を触りながら去っていく男の姿が見える。
「おお、大丈夫か」
不意に前方から声をかけられる。慌てて前方を見ると、そこにはエプロン姿のダイが立っていた。
「あいつ、いつもあんな感じなんだよ」
三角巾を頭にかぶったままダイは苦笑いを浮かべる。
「別に、かまわないよ。ただ俺はああいうナルシストはあんまり好きじゃないな。顔がいいならいいが、悪いのに格好いいと思ってるのは勘違いだ」
極めて無感情にケイはそう告げたが、その心中が穏やかでないのは誰の目からも明らかだった。友人を責められたダイは、一層の苦笑いを浮かべ、
「まあ、あいつにもいいところがあるんだよ」
とその場を取り繕う。
ダイの参加している店で買った大盛りの焼きそばをほうばりながら、
「あんまり可愛い子いないね」
とケイは言う。上手く割れなかった箸で器用にそばを口に運びながら、周囲を見回す。学生は地味で真面目か、派手にしたいんだろうが、地味だったのがすぐに分かる人間ばかりだった。それは男女に共通する。
「まさか本当に来てくれるとは思わなかったよ」
三角巾を取り、置いてあるイスに腰掛けると、ダイは言った。焼きそばに入っている紅しょうがを避けながら、
「ああ、実は頼みごとがあってさ。そのついで」
とケイはことさら難しい顔をした。10月1日に行われた内定式で、トオル、ダイと顔を合わせたケイだったが、他の学生との顔合わせもあったため、雑談しか出来ず、本題を切り出せずにいたのだ。
怪訝そうな表情を浮かべるダイを一瞥してケイは話を続ける。
「実はバンドやりたいなと思っててさ。で、ギターやってたっていうお前に声をかけに来たんだよ」
「あー、なるほど。でも他に誰かいるの?確かケイは楽器弾けないよな」
「ああ、勿論だ。トオルも声をかける予定。あいつはピアノが弾けるから」
「ピアノとギターか。もう一つ楽器があるといいんだけどな」
ダイは首をひねる。それを見て、
「我侭は言うな」
とケイは焼きそばの入っていた紙容器をゴミ袋に投げいれた。
「うーん、構わないけど、どんなバンドがしたいの?コピーバンド?」
ダイに訪ねられて、ケイは初めて、特に予定のないことに気付く。とにかくバンドをしたい、それだけだった。
「さあ、特に決めてない。トオルに声かけてOKなら一度、打ち合わせしようか」
ケイは上着のジッパーを上げて言った。それに呼応するようにダイは三角巾を被りなおし、立ち上がる。期せずして二人は並び立ち、風が吹き、黄色い砂が舞い上がる。祭りというには形式的な行事の中、彼らは別れを告げて、別の方へ歩いていく。
数日後、トオルから正式にOKの連絡があり、10月17日、3人はバンドを結成することとなった。