【ケイ】リクルートボーイ
「当社の志望度は100%でいうとどのくらい?」
「43%です」
表情一つ変えずにケイは言い放った。
「低いね。じゃあ何で受けたの?」
「業種を広告にしたら、たまたま引っかかっただけですが、いけませんか」
面接官は30手前に見える。毛も薄く、たよりなさそうだが、面接官というだけで学生にとっては、脅威に値する。
「いけなくはないんだよ、でもさあ、それを正直に言われちゃうと落とさざるを得ないから…」
ケイは少し口を尖らせて数秒考えた。面接官は、ケイの表情から、その内心を探ろうとして、諦め、結局は投げやりな態度に移行した。
「他に質問とかないですか?」
「ふむ」
右手を唇にあてて、顔を前に傾ける。ケイが考え事をする時にとるポーズだ。彼は、困ったときには眉を寄せ、首を12度ほど右に傾けるだとか、手を振るときには決まって手の甲を見せるとか、そのような細かなルールにのっとって生活している。そうしなければいけない理由はどこにもない。しかし、彼にとってこれは非常に重要なことであったし、それをアイデンティティとして捉えている節もあった。
頭の中で、ブイーンというモーターの回転音をイメージする。どんなに思考しても、物理的にみて脳は決して回転はしない。脳細胞の温度が上昇することはあろうとも。
彼がイメージするのはあくまで象徴的なところである。
「なぜあなたは多くの企業の中から、御社を選んで入社されたんですか?」
隣の部屋から、わずかに学生の話す声が聞こえる。今ケイがいるのは、おそらくこの会社の打ち合わせスペースのようなところであり、厳密にいうとプライバシーの保護においては完璧ではない。意識を集中させれば隣の会話を全て拾い集めることもできる。それは、魚の小骨を箸で1本1本抜くような作業であり、彼はこれが大嫌いだった。
「僕がこの会社を選んだのは、やっぱり人だな。就職活動で出会った面接官は皆優しかったからね」
「それは、人事にも学生を集めなければいけないというノルマがあるからじゃないですか」
スペースの空気が僅かに歪む。ケイはそれに気付くと、
「いや、別に人がいいというのを否定しているわけではないんですが。ただあなたが学生のとき、そんな風には考えなかったのかな、と思っただけです」
フォローしたつもりが、余計に深みにはまっているのを肌が感じる。脇に嫌な汗が滲む。
「そんな風に人を疑っていたら、先に進まないからね」
ああ、怒らせてしまったな。ちょっと面倒になってきた。
「先に進むためならある程度の犠牲はいとわない。それがあなたの人生においてとても大事なものであっても。バイ俺。それでは」
ケイは真っ黒なコートを椅子の背もたれからひったくると、倒れた鞄を掴み、さっそうと出て行った。誰も追って来ない。追われてもいないのに、逃げるんだな、俺は。