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初音ミクの奔走  作者: SNEO
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スターダスト

 BUZZに承諾書を出した日、最終面接で会った4人にメールを送った。皆一様に「そうだと思った」という返信をしてきた。自分の中では、色々と悩んだ結果だったが、既にそのときには無意識に決めていたのだろう。2月に内々定をくれた会社には断わりの電話をした。6月末、ケイはこうしてスーツを脱いだ。

 自分の中でもやもやしているものを全て吐き出してしまおうと思い、大学の友人である山縣と富士山を目指すことにした。山縣の実家がある兵庫県に行き、そこで自転車を買って、出発する。

 出発の朝、母親が心配しているのを見て、「大丈夫」とだけ言った。兵庫県から富士山までは、約600キロ。なぜ富士山かと聞かれると明確な理由は無い。ただ、日本一高い山に登りたかっただけだと思う。

 5日間かけて富士山へ行き、ご来光を眺めた。下山して自転車を郵送し、バスに乗って帰った。

 

 トオルからメールが来たのは、富士山から帰ってきて1週間後のことだった。

「流星群が見られるらしいから、見に行こう」

 とだけ入っていた。兵庫県養父市で見た空一面の星を思い出して、「構わないよ」と連絡した。ケイは薄手のパーカーを羽織って、トオルが一人暮らしするアパートの近くまで来た。白の軽自動車が来て、ケイはそれに乗り込む。中には、最終面接の待合室で一緒だった女の子がいた。

「あ、と…」

「片桐」

 彼女は自分の名前を、無造作に口にした。トオルが前方に視線を集中させたままで、話し始める。

「今日、星見ようって言い出したのは片桐なんだよ。二人きりで行くわけにもいかないからケイを誘ったんだ」

 助手席に座る片桐がうなづくのが、後部座席から見える。

「何で片桐は星を見ようと思ったの?」

 ケイは鞄からガムを出しながらたずねた。車は赤信号で止まる。止まった拍子にケイの鞄から携帯電話が落ち、慌ててそれを拾った。

「んー、何となく」

 携帯電話を開けて、壊れていないことを確かめる。トオルはウィンカーを出し、右折した。

「どこに行くか決めてるの?」

 片桐がトオルの方を向き、聞く。明るい茶の髪が大きく揺れる。女性特有の香りはしない。トオルはフロントのミラー越しにこちらを見て、

「そこに山があるから、あそこなら星もよく見えるんじゃないかと思う」

 運転席に寄りかかり、

「へー、ちゃんと考えてんだ」

 とケイが言うと、トオルは口をへの字に曲げ、少し考えてから

「まあ…多分」

 と首を傾げる。

 山に入ると、ヘッドライトが木々を赤々と照らす。道には砂利が多く、ざらざらと乾いた音をさせながら車は進む。時々、電柱と複数の電線のようなものが見える。それは暗い夜の中で一際黒く見え、悪魔の流した血のようにさえ感じられた。辺りは静かだった。時々蛙の鳴き声が聞こえ、それに鳥の声が加わる。それ以外は静寂だ。

 少しずつ自分が自分でないような感覚に襲われる。一人でこんな所を歩いていたら、それこそ、知らない間に死んでしまいそうなくらいだ。

 ある程度、山を登りきってしまうと、少しずつ下りの道が多くなる。

「そろそろ車止めた方がいいんじゃないか。頂上に近い方が星は見やすいだろ」

 ケイの言葉にトオルは、「そうだな」と短く返答し、車を止めた。エンジンを切り、ライトを消した途端に、何も見えなくなった。片桐の「キャッ」という悲鳴の後、すぐにトオルはまたライトをつけた。

「ライトはつけたままの方がよさそうだな」

 3人は車から出て、空を見上げる。小さな白い点が見える。それらは空にあけられた無数の穴のように見え、そこから、宇宙のもっと向こうが見えそうだった。

 トオルは今来た道と、その逆を見た。どちらも、ただ道が続いているだけに過ぎない。その両端には薄くなった白い線がある。

「向こうにキャンプ場みたいなものがあるぞ」

 車道とはそれた方向を指しながらケイが言った。片桐が「行ってみよう」と言い、皆それに従った。星は様々なところで瞬いている。キャンプ場に入るのに、三人は腰くらいまでの低い柵を越えた。

「これは不法侵入なんだろうな」

 とトオルが言うと、ケイが、

「ここに、『夜間の無断進入は禁止です』と書かれてる。つまりはそういうことだ」

 と柵の横にかけられた看板を携帯電話で照らして言った。

 キャンプ場には、ただスペースがあるだけで他に何も無かった。ただ、安い駐車場のように砂利が敷き詰められており、屋外用の汚いトイレと、水道がいくつかつけられた洗い場だけが忘れ物のように設置されている。三人はその砂利の上に寝転がる。

「これ、どれくらいの頻度で見えるんだろう」

「さあ」

「結構見えるんじゃない。流星群って言うくらいなんだし」

「そっか」

「全然見えんな」

「そうだな」

「あ、今のそうじゃないか」

「あ、私も見えた。あれ、やっぱそうだよね」

「ほんとか、見逃した」

 ケイはそう言って、小石を手にいくつか持って、その冷たさを感じていた。車道に灯りが見え、車が凄まじい音を上げて通過する。

「あ、見えた。大きかったな」

「ああ、見えたな。もういいんじゃないか」

 トオルはそう言って起き上がり、後頭部に付いた小さな石をはらった。

「早いな」

 と言いながら、ケイも立ち上がった。片桐は胸の前に両手を組んだまま、まだ空を見上げている。その姿がひどく無機質に見えて、そのまま置いていっても構わないように思う。

「トオル、トイレ行こうか」

「一人で行けよ」

「暗いから嫌だ。付き合えよ」

 二人は30メートルほど先のトイレに向かう。寝転んでいた片桐が、

「ちょっと置いてかないでよ」

 と叫ぶ。二人は振り返って、

「そこで寝転んでろよ、すぐ帰って来るから」

 と叫ぶ。もう一度、空を見上げると、また流星が見えた。

「こっちは静かだけど、空の向こうは騒がしいんだろうな」

 両手をポケットに突っ込んでケイが言う。砂利を踏む音が心地よいリズムで鳴る。

「まあ、そういうことになるな」

「なあ、何してんだろな。俺ら同僚ってことになんのか」

「まあ、そういうことになるな」

「同僚って一緒に星見るもんなの」

 と笑いながらケイは言った。トオルは

「まあ、そういうことになるな」

 と言い、肩を揺すった。遠くで鈴虫の鳴く声が聞こえる。

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