イントロデュースミー2
犬飼は、ボサボサの頭に、メガネをかけている。大学院卒で現在は、25歳らしいが30代でも通りそうなほど、老けて見え、スーツに出来た皺も、疲れたサラリーマンを想起させるものがある。
彼は大学時代に黄砂の研究をしており、モンゴルに渡っているそうだ。そこでの経験をどこか自身なさげに語る。語尾が少し揺れ、細かく汗を拭う姿が印象的だ。その態度とは裏腹に彼の話は興味深く、役員の目を引いた様子であった。
続いて、重田の自己紹介が始まる。垂れ目としまりのない口からは想像つかないが、ダンスコンテストで全国2位という実績を誇るパフォーマーだという。背筋を伸ばし、緊張感を持ったスピーチを行う。
順に流れ、ダイの自己紹介が始まる。
「私は、大学時代にずっとバンド活動をしており、最後のライブでは30名以上のお客さんの前でライブをしました」
膝に置かれた拳は強く握られている。役員が少し間を置いて、
「全員、友人とかじゃないの?」
と冗談交じりに質問した。ダイは、少し首を揺らし、苦笑いを浮かべ、
「いいえ、友人は一人も呼んでいませんから」
ときっぱりと返した。役員も「ん、なるほど」と短いあいづちを打ち、「では次に藤吉君」とトオルに話をうながした。ケイは、次に自分がする自己紹介の内容をまだ決めかねていた。気付けば隣であるトオルが自己紹介を始める。
「私は、学生時代、ボランティアをしていました。その活動で全国に行き、家を建てるのを手伝ったりしていました」
「ほう、家をね、大工さんみたいに?」
役員は手元の資料に目を落としながらたずねる。ケイは、周囲の自己紹介が派手なため、何を言えばいいのだろうか、と考え、額に汗が滲む。隣にで、トオルが役員と会話をしている。
「では、次は松木君」
とついにケイに順番が回ってきた。
「あー…っと、僕は今まで話されてきた皆さんのように学生時代に何かした、という経験はありません。でも、何もしてなくても、今、そんな皆さん方と同じ土俵に立っていることを考えると、きっと何かいいものを持ってるんでしょうね」
と言い切り、ケイはにこりと笑う。ほどなくして、役員の一人が笑い、端ですっかり寝息を立てていた役員が、
「お前、大丈夫か」
と言い、大声で笑った。それに感化されるように皆一斉に笑う。
「まったく、今年の学生は変わったのが多いな」
と中央の役員が、口ひげを撫でる。
「さて、では皆さんと来年の4月に会えるよう楽しみにしているよ」
と言って、今度は薄くなった頭を触った。後方で立っていた社員が、小さな声で部屋を出るよう誘導する。ケイを含めた学生たちは、何度か頭を下げ、部屋を出た。冒頭に役員が言っていたように、内々定に関する書類を渡され、5人はビルを出た。
「お前、ライブのお客さん全員友人だろ」
とケイはダイに言った。
「あ、ばれてた?」
「しょうもない嘘つくなよ」
と背を叩く。
「でも、受かっててよかったよ。他に行くところも無いし、承諾書、もう出していこうかな」
大きな川の上を端がわたっている。コンクリートで出来た橋の手すりを触りながら、重田が言った。それに呼応するように、数名が「そうだな」と言う。ケイは慌てて、
「皆、他に選択肢ないの?俺、あんまり入る気無いんだけど」
と言う。前を歩いていた重田は、驚いて振り返り、
「いや、この時期まで就職活動しててあんないい企業受かったら、迷わないだろ」
とケイに言う。知らない間に季節は過ぎて、すっかり暖かくなっている。車道を走るトラックの排気ガスが宙に昇る。5人は横に広がりすぎていたので、犬飼は歩道から降りて、ふらふらと歩く。
トオルは端から見える汚れた川を眺め、そこを漂う工業用の船を見つける。船は波の無い水面をゆっくりと進んでいく。犬飼が、
「時間あるなら、飯でも食べて帰ろうか」
とまるで空気にでも言うようにぼんやりと口走る。皆、それに賛同する。まるで宙に浮かんだシャボン玉のように、不規則で自由に、風に吹かれるがままに存在する、その何かは、6月の柔らかな日差しに反射し、七色に輝いた。