【ケイ】(スピンオフ2)セクシーK
※本編にはあまり関係ない話です。読み飛ばしていただいても、まあ問題ないです。
ほどなくして、ケイは野球部に入部した。
部には、ケイと吉野、それ以外に同回生が二人いた。どちらもケイとは学部が違うので、結局、吉野とよく話すようになった。
吉野は、決して二枚目ではない。端的に言うと、不細工である。しかし、正確も独りよがりで、勝手である。そう、つまりいいとこなしであった。本来、続くべき、「しかし性格はよく」というのもないのである。
ケイは既に自分が危機的状況に立たされていることを気付いていた。
「吉野君てなんだか暗くて何考えてるかわかんないよね」
「ていうか、変態ぽくない、目つきやばいでしょ」
「肌とか汚すぎだし、生理的に無理」
女子の評判は大方このようなものであった。唯一、彼のいいところと言えば、鈍感なところであった。
彼は、あらゆる悪評に気付いていなかったのだ。そして、彼はある時、言った。
「俺、バンドやることになってん」
衝撃が走る。ひきつった顔で「おお」と答えるのが精一杯だった。
「昔からバンドでギターやってたんやけど、先輩から誘われてな。しょうがねえからやる言うたった」
なぜ上から。
「バンドしてたのか、知らなかったよ。で、入るバンドはなんて名前?」
ケイは鉛筆をクルクルと回しながら、聞く。吉野は机の下で、携帯電話をもぞもぞと触りながら、少しにやついて、画面を見せる。そこには、『多血羽名』と書かれていた。
「ん、なんて読むんだ?」
「タチバナ」
「…ん、ああそうか」
「へへ」
もうだめだ。もっとポップな感じかと思っていたが、どうやらヘビーメタルのようだ。
「もう、HPに名前載せられとるんよ」
吉野は、嬉しそうに言う。回していた鉛筆が落ちて、コツンという音を立てる。
「これ、見て」
再度向けられた画面には、彼の写真と、『セクシーK』という文字。
「うん、もう帰れww」
夕暮れが近づき、カラスが赤い空を飛ぶ。雲はゆっくりとその黒い影を移動させる。
何とかしなければならない。ケイは焦っていた。中国人から変態へと渡り鳥のように旅をしていたが、何とかして安住の地を探さなくてはならない。大学から出る、長い下り坂で、突然、肩を叩かれた。振り向くと、そこに立っていたのは、坊主頭に、ダボダボのジーンズを履いた男だった。
「自分、ツッコミの才能ありそうやな」
「な、誰?」
よく見ると、目の下には深いクマがある。
「山縣て言うんやけど。山縣の『ガタ』は一生懸命の懸から心を抜いた字」
そう言って、にかっと笑う。大きな肩幅で、夕日が隠れている。
「漫才の相方探してんねやけど、一緒にやらへん」
「はあ」
山縣はまたにかっと笑った。不思議の国のアリスに出てくる猫はきっとこんな表情で笑っていたんだろう。彼のニットセーターには、大きく『YES, I LOVE』と書いてある。
「めっちゃおもろいやろ、このセーター」
「いや、だせえよ、限りなくww」
駅までの道が今までで一番短く感じた。