【ケイ】(スピンオフ1)セクシーK
※本編とはほぼ無関係ストーリーです。面倒な方は読み飛ばしても、まあまあ問題ないです。
ケイが大学に入り、初めて話したのは、身長の高い傲慢な男だった。なぜ話しかけられたかも、なぜ一緒にいたのかもわからない。ただ、そりが合わずにそいつとはすぐに話さなくなった。
そいつと話さなくなって、気付いたことがある。大学の入学当初というのはとても大事な時期でそれを逃すと、友人は出来ず、孤立してしまうということ。ケイは大学において完全に孤立していた。人見知りだったし、社交的でもなかった。
大学での沈黙は少しずつ、ケイの心を侵食し始める。
気付いた時、ケイは、中国人留学生の集団にまぎれていた。文化も価値観も大きく異なる集団。それに年齢も皆、年上だった。日本語学校を卒業して、大学に入学した者が大半だったからだ。
いつも6人くらいでいるのだが、その中の王という学生に、
「読みは、オウなの?それともワン?」と訪ねたことがある。
彼は、人懐こい笑みを浮かべ、
「どっちでもいいよ。そんなの気にしないから」
と言った。しかしその直後の授業で、講師にワン君と呼ばれ、厳しい表情で、
「オウです。間違えないでください」
と挙手したのには驚いた。というか、俺のコーヒー返せww
夏になると、ケイの沈黙とは裏腹に、蝉は騒がしく鳴いた。王は額の汗を拭きながら、
「おいしそうだな、蝉」
と遠い目をしていた。ケイも同様に遠い目をして、もう、アカンと思った。
そんなときに、出会ったのが、吉野慶介だった。強い癖毛が傷んで、波打っており、いつも褪せたジーパンを履いている。目は常にうつろで、口も半開き。ちょうどポストのような状態であった。岡山訛りがきつく、やたらと顎をなでる癖のある男だった。彼は、
「お前、なんか部活入っとるん」
と唐突にケイに訪ねた。ケイは、不信感を露骨に出して、
「いや、それが何か」
と横目に答えた。
「…しかし、トムにとってそれはどうでもよいことでした。それを見たナンシーは…」
講師に和訳を求められた、女子は、すんなりとそれに応える。
「や、実は俺、準硬式野球部に所属してるんやけど、部員がおらんのんよ。で、入ってくれんのんかな、と思って」
「あ、そう。普通、そういうのって野球経験とか聞くもんじゃないの?」
「ああ、すまん。でも、初心者でも全然問題ねえよ。初心者ばっかやもん、ゆうて」
和訳をしていた女子が着席する。半袖から出た、健康的な二の腕は、少しだけ汗ばんでいるように思う。
「横でしゃべってるから和訳間違えそうになったじゃん」
と急にこちらを見て、彼女は言う。開けっ放しの窓から風が入り、カーテンが大きく揺れる。そこから、中庭が見える。授業中なので、中庭は閑散としており、墓参りに行った時のことを思い出す。
「サーセン」
青い空と、古びた校舎を交互に見比べながらケイは言った。彼女は、冗談よ、と言って肩を叩く。慣れなれしいな、と思ったが、彼女の髪から香るリンスの匂いが、わずかに好意を煽る。
「実は私、その野球部のマネージャーなの」
なるほど、そういうことか。
「それにしても、何で俺に声かけたの」
「なんか孤立してるし、部活とか入ってなさそうかなって」
嘆息を漏らす。周囲からそういう目で見られてるんだな。
「じゃあ、今度見学に行くよ」
「ほんと、やった」
「おう、待っとるよ」
「そこの3人、うるさいわね。しばらく立ってなさい」
「サーセン」
相変わらず、カーテンは揺れている。中庭では、講義を抜けた学生が数人、バスケットボールを使って遊んでいる。