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呪詛の代償





「これで終わると思うなっ!!」


 護衛に取り囲まれた皇帝は、往生際悪く忍ばせていた短剣を取り出して周囲を威嚇した。


 そうしてエドガーを盾に護衛を突き飛ばすと、真っしぐらにイリスへと向かい短剣を振り翳した。


 短剣がイリスに振り下ろされる前に、メフィストの手が皇帝の手ごと短剣を受け止める。


「メフィスト!」


「問題ない」


 手袋を掠った切っ先がメフィストの肌まで切り裂いていないことを確認してイリスがホッとしたのも束の間、裂けた手袋の下の黒い紋様を見た皇帝は、目を見開いたかと思うと、狂ったように笑い出した。




「それはまさか……! ふはははっ! 貴様は、"呪われし者"だったのか!」




 その異常な様子にメフィストが眉を寄せた一瞬の隙をついて手を振り解いた皇帝は、床に転がるエドガーを立ち上がらせた。


「来い、エドガー! 能無しの役立たずめっ! 最後に私の役に立つのだ!」


「ち、父上!? いったい何を……」


 それは一瞬のことだった。皇帝の短剣が、何の躊躇いもなくエドガーの心臓を貫いた。


「……え?」


 間抜けな声を上げたエドガーが、次の瞬間ドサリと倒れる。抜かれた短剣により、エドガーの血が辺りに飛び散った。その滴の一つが、近くにいたメフィストの、剥き出しの手に触れた瞬間だった。


「くっ……!?」


 手を押さえて、メフィストが膝を突く。


 エドガーのあまりに呆気ない死に動揺する間もなく、イリスは急に苦しみ出したメフィストに駆け寄った。


「メフィスト!? どうしたの!?」


 苦しげに息をするメフィストは、ガタガタと震えていた。その様子を見下ろしながら、皇帝は更に高らかに笑った。


「"呪われし者"が、まさかこの時代にいようとは! これぞ神の采配、やはり天は私の味方だ!」


 皇帝が、苦しむメフィストの呪詛紋に息子の血をドロリと垂らした。


「お前達には分かるまい! 激しい政争を勝ち抜き玉座に就いたにも関わらず、手にした帝国はサタンフォードの所為で出涸らしのように干涸びていた! 私はサタンフォードを心から憎み、サタンフォードを取り戻して呪いを復活させることを誓ったのだ!」


「うっ……!」


「メフィスト!」


「知っているか? この帝国の建国時、この術を施した始祖は、自分の息子二人を犠牲にしたのだ。一人は呪いを発動させる為の血の生贄にし、もう一人は呪詛紋を施しサタンフォードの力を帝国に流し込む媒体とする為に!」


 皇帝が狂ったように叫ぶ中、メフィストは蹲り肩を揺らし続ける。小さな呻き声に、イリスの焦りが増した。


「さあ、蘇るのだ、始祖の呪いよ! 最初の"呪われし者"は体中を貫くサタンフォードの魔力と地力を帝国へ押し流す為、多大な負荷に耐え切れずその場で絶命したという。貴様も同じ末路を遂げるのであろうな、サタンフォードの大公子よ! 帝国の為に自らの身と国を犠牲にしようとは、散々私の邪魔をしてくれた貴様に何とも相応しい最期だ!」


「メフィスト、しっかりしてっ!!」


「ハァッ、ハァッ……」


 苦しむメフィストの手から呪詛紋が広がり、裂けた袖の間から全身にその紋様が広がっていくのが見えた。


「ダメよ、ダメ! お願い……止まって!」


 イリスが叫ぶも、呪詛紋は悍ましい黒色を次々にメフィストの体に広げていく。顔を上げた彼を見て、イリスは息を呑んだ。


 まるでエメラルドのようだったメフィストの緑色の瞳が、紅く染まっていたのだ。


「イリスっ、……離れろッ」


 目を血走らせたメフィストが、イリスを押す。


「嫌! 嫌よメフィスト、私を一人にしないでっ」


 メフィストの体から、黒い煙が上る。滑らかな肌は呪詛紋に覆い尽くされ、美麗な顔が醜い紋様に侵されていく。辛うじて意識を保ってはいるが、押し寄せる魔力と地力にその体は悲鳴を上げていた。


 周囲の空気が歪み、メフィストを中心として激しい地鳴りと暴風が起こる。


「イリス! このままではそなたが危険だ! 一刻も早く離れるのだっ」


 宰相に手を引かれ、イリスはメフィストから引き離された。


「何か……何かあるはずよ、呪いを解く方法が! あるって言ったじゃない!」


「うわあぁぁあっ!」


「メフィストっ」


 とうとう全身を呪詛紋に覆われたメフィストは、イリスの声に応えられるような状態ではなくなっていた。絶叫し、血の涙を流して倒れ込んでいる。


 イリスの身を案じる宰相に引き摺られながらも、イリスは必死に考えた。メフィストとの会話の中に、そして歴史の中に、答えはあるはずなのだ。


 緑から紅に変わったメフィストの眼。メフィストが初代大公の瞳の色を気にしていたのを思い出し、イリスはハッとした。


 神殿に残された紅い眼の記録と、大公家に伝わる紫色の瞳の肖像画。


「初代大公……あの人は、"呪われし者"でありながら長生きした。……それが呪いを解いたからだったとしたら? 瞳の色が変わったのは、きっと呪いを解いた後だったからよ!」


 イリスが頭を働かせている間にも、メフィストは苦しみ悶え、メフィストを中心に巻き起こる台風のような力の波動に、議会の参加者は逃げ出していった。


「早く、早く……考えるのよっ」


 イリスは、メフィストと出逢ってからの日々を走馬灯のように思い出していた。



『サタンフォードの人間は、愛情深くて一途なんだ』


『"運命の相手"を自分で決める』


『サタンフォードは番う』


『初代大公夫妻の真実の愛が僕の血には根付いているんだ』


『僕は生涯君だけしか愛さないよ』


『とても古典的で普遍的な方法だから』



 メフィストに貰った言葉は、イリスの中でどれもこれもが宝物のように煌めいていた。


「……まさか」


 初代大公が独立を決意した理由。何よりも愛を重んじ、一人の相手だけに心を捧げるサタンフォードの風潮。呪いを解く方法について、いつか教えると……期待しないでくれと笑っていたメフィストの声音。パズルのピースを嵌めるように、イリスの中で一つの仮説が出来上がる。



「イリス! 戻るのだ! そなたの身に何かあれば、この革命が全て無駄になるのだぞっ!」


 宰相の声を聞かず、イリスは壊れつつあるメフィストの元へ走った。


「メフィスト! お願い、間に合って!」


「あああぁぁぁっ!」



 叫び暴れるメフィストを、傷を負いながらイリスは抱き締めた。


「メフィスト、お願いよ。聞いて?」


「うぅ……ッ!」


 イリスにはもはや、復讐などどうでも良かった。帝国が滅びようとどうなろうと関係ないと思った。今のイリスにとっては、苦しみに身悶えながらも、イリスを傷つけまいと必死に自身の手を押さえ付ける心優しいメフィストより大切なものなど、ありはしなかった。


 メフィストを救いたい。それよりも、こんな時でさえイリスを気遣ってくれる優しい彼に、純粋に伝えたいと思った。




「あなたを愛してるわ」




 目を閉じたイリスは、全てを捧げるように祈る。

 


「……くっ、…………イリス」



「メフィスト!」



 顔を上げたイリスは、メフィストの瞳が片方だけ緑色に戻っているのを見た。そして、その肌に蔓延る呪詛紋が、少しずつ薄くなっているのも。


「ねえ、言ったことがあったかしら? 私、あなたのそのエメラルド色の瞳を初めて見た時、ずっと欠けていたものを見つけたような気がしたの」


 ルビー眼から涙を流しながら、イリスが呪詛紋の消えゆくメフィストの手に手を伸ばし、ぎゅっと握り締めた。



「あなたが私の運命よ」



 口付けを落とす為に目を閉じたイリスが次に目を開けた時。そこには、イリスが何よりも愛するエメラルド色の双眸が、イリスを見つめ返していたのだった。





















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物語完結後から始まる悪役令嬢の大逆転劇
― 新着の感想 ―
[一言] エメラルドとレッドで紫か…!! なるほど…!!
[一言] 皇帝が酷すぎる。いくらでも平和的に解決する方法はあったでしょうに。 むしろ呪いに囚われているのは皇帝のほうだったのではと思えてしまいます。 でも、希望の光が見えましたね!
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