聖女の取引
「本当に行くのか?」
「ええ。ミーナには色々と教えてもらわなきゃいけないことがあるもの。あれだけ権力者達と癒着していたミーナよ? 叩けば叩くほど埃が出るはずだわ。皇帝や、皇帝の周りにいる侍従長と大神官。あの人達を蹴落とすために、ミーナはいい材料になる。それに……ずっと気になっていたことがあるの」
イリスはメフィストを伴い、地下の牢獄へと来ていた。
「滑るから、気を付けて」
地下へ降りながらイリスの手を取るメフィストに、先程の甘過ぎる告白を思い出したイリスは、こっそりと赤面した。そして前を向く秀麗な横顔を見つめながら、どうにもむず痒くてソワソワした気持ちになる。
メフィストと一緒にいる時だけ感じるその気持ちの正体について考える前に、イリスは目的地に着いてしまった。
「随分と寂しそうね」
こちらに背を向け、独りで震えるミーナにそう話しかけると、肩を震わせたミーナが振り向いた。
「アンタ達……! なんで一緒にいるの!?」
イリスの横にメフィストがいるのを見たミーナが、檻の中で驚愕に目を見開く。
「私達が何をしようとあなたには関係ないでしょう? それより、あなたに話があって来たのよ。ねえ、ミーナ。侍従長が嘘の証言をしたと白状したことは知っているわよね?」
「……ええ」
警戒しながらも、ミーナは頷いた。
「侍従長はあなたに脅されたと言っているのだけれど、それは本当?」
「はあ? あいつ、そんな出鱈目を言い出したの? そんなわけないじゃない」
吐き捨てるようなミーナの言葉に、イリスとメフィストが顔を見合わせた。
「……それはどういうこと?」
イリスが声を落として聞くと、ミーナは鼻を鳴らした。
「だったら聞くけど。アンタは私が皇后を殺した時、侍従長を脅してる暇があったように見えた?」
イリスは首を横に振った。イリスも気になっていたのだ。あの日、皇后が毒を飲んで倒れると、ミーナはすぐに叫んで衛兵を呼んだ。そしてイリスを犯人だと名指しし、そのまま侍従長は示し合わせたようにイリスが茶を淹れたと証言した。
当時は混乱していたイリスも、冷静に考えればあの時の侍従長の行動がおかしいと気付いた。状況をいち早く察した侍従長が、聖女のミーナを庇おうとした……というのなら分からなくもないが、侍従長はあの時、何の躊躇いもなくイリスを犯人にでっち上げたのだ。
更にはあの日、皇后について来たのがいつもの侍女ではなく侍従長ひとりだったことも気になった。まるで、イリスとミーナと侍従長と皇后、この四人の構図が最初から決められていたかのように普段と違っていた、ミーナと侍従長の行動。
「まさか、あなた達は……共犯だったの?」
「あはっ! 今更気付いた? 皇后に盛った毒を私がどこから手に入れたか分かる? 用意したのは侍従長よ。というか、最初に皇后毒殺の話を持って来たのはあの男の方よ」
怪しいと思っていたイリスでさえも、これには驚いた。長く宮殿に勤めて皇帝の側近でもある侍従長が、皇后毒殺の共犯どころか、主犯だったなんて。
「……どうして今まで黙っていたの?」
「今の私がなにを言おうと、誰も私の言葉を信じないでしょ。アンタが一番今の私の気持ちをよく知ってるんでしょうけどね。でも私は侍従長の弱みを握ってる。だから、侍従長が自分可愛さに私を助けにくると思って黙っていてあげたのに、あの狸男ちっとも役に立たないんですもの」
憎らしげなミーナは、驚愕するイリスを見てニタリと笑った。
「もしかしてアンタ、侍従長の弱みを知りたいんじゃないの? それでここに来たんでしょう? それじゃあ取引してあげましょうか? 私は情報をあげる。代わりにアンタは私をここから出すよう陛下に言うのよ。どう?」
「……いいわよ」
「イリス」
それまで黙って聞いていたメフィストが心配そうにイリスを呼ぶが、イリスは肩越しにメフィストを見て小さく囁いた。
「大丈夫。私に考えがあるの。信じて?」
「……君がそう言うなら」
イリスに判断を委ねたメフィストが一歩引くと、目を輝かせたミーナが檻の中からイリスを見た。
「それで? やるの? やらないの?」
「分かったわ。あなたの条件を呑むから、教えて頂戴。侍従長の弱みは何?」
イリスの問いに、ミーナはあっけらかんと答えた。
「横領よ。侍従長は皇宮の備品やお金を盗んで自分の懐に入れていたの。それを皇后に見つかって、処分される前に手を打ちたかったらしいわ。私も皇后が邪魔だったから、利害が一致して協力したのよ」
「……証拠はある?」
「侍従長が書類やらくすねた宝石やらを大切に仕舞ってる場所を知ってるわ」
自信たっぷりのミーナに、イリスは約束した。
「陛下にはあなたのことを改めて嘆願しておくわ。これで貸し借りはなしよ。あなたに助けられた命の借りは返すわ。そして改めて、あなたを地獄に送ってあげる」
「ふん。やれるものならやってみなさいよ」
腕を組んだミーナが、檻の中からふてぶてしい顔をイリスに向けたのだった。





