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運命の相手








「大神官は侍従長と合流して上に向かっている。そのまま真っ直ぐに皇帝の元へ向かうつもりだな」


 メフィストが耳を澄ませながら言うと、イリスは感心したようにルビー眼を煌めかせた。


「あなたの耳って、本当に凄いわね。それもサタンフォードの呪いと関係があるの?」


「いや。これはただの遺伝というか特技というか……。母方の祖父母に鍛えられたんだ」


 メフィストの言葉にイリスが思い浮かべたのは、皇太子妃教育時代に叩き込まれた周辺諸国の家系図だった。教養の一環としてイリスは、主要な国家元首の家族関係を覚えさせられていたのだ。


「あなたのお母様、現サタンフォード大公妃殿下はジャルマン王国の王女だったわよね?」


「君は本当に何でも知っているな。そう、あの音楽の国だ」


「そのご両親と言ったら、先代の国王夫妻でしょう? 婚姻式のために世界中の楽器と音楽を用意したことで有名じゃない。そっか、だからあなたも歌が上手なの?」


 イリスの弾んだ声に苦笑しながら、メフィストは母方の祖父母の逸話を思い出してイリスに話して聞かせた。


「まあ、昔から祖父母に会えば無理矢理歌わされていたからね。二人とも耳がとても良くて、僕の声質が声楽に向いているとか何とか言っては色んなものを聞かされた。お陰で僕の耳も異様に良くなったんだが、あの二人は相当だよ。何せ歌とピアノで会話するような人達だ。祖母に至っては、カエルの歌を聞けば何を言っているのか分かるらしい」



「うふふっ、何それ? ジャルマン式のジョークなの? ふふふっ」


 これが思いの外イリスの笑いを誘い、ただただ楽しそうに屈託なく笑う彼女を見たメフィストは、エメラルド色の目をまん丸にしてイリスを見つめた。


「…………」


「うふふ。あー、こんなに笑ったのは初めてだわ。私達が恋仲だって言った時の、皇帝やエドガーや大神官のあの間抜けな顔も可笑しかったけれど、あの時は笑いを我慢しなきゃいけなかったんですもの」


 笑みの残った顔で涙を拭きながら、イリスがメフィストを見上げる。するとそこには、至極真面目な顔をした美貌の貴公子がいて、イリスは動きを止めた。



「なら、本当に恋愛してみないか」



 メフィストのその言葉に、イリスはルビー眼を限界まで見開く。


「……それも冗談かしら?」


 ドキドキする胸を悟られたくなくてそのまま下を向くと、黒手袋の手がイリスの手を取った。


「違う、と言ったら?」


 顔を上げると、メフィストの秀麗な顔の中で一際目を引く緑色の瞳がイリスを一心に見つめていた。


「えっと……」



「僕は、君が好きだよ」



 イリスはルビー眼を再び揺らめかせた。こんなにハッキリと、面と向かって好意を告げられたのは生まれて初めてだった。


「……私、そういうのは分からないの」


 ずっとエドガーの婚約者として過ごしてきたイリスは、他者にそういった情を抱いたことがない。だから、自分が今感じている胸の高鳴りが、彼に対する恋情かどうか自信が持てなかった。


「それに、恐いのよ。恋をするのも、裏切られるのも、失うのも恐いわ」


 正直にそう言ったのは、イリスなりにメフィストへ誠意を見せたかったからだ。真っ直ぐな目を向けてくれる彼を見て、彼の気持ちが嘘でも冗談でもないと分かったからこそ、いい加減な気持ちで彼に向き合うことだけはしたくなかった。


「君の不安が消えるまで、いつまでも待つよ」


 そんなイリスにメフィストが返したのは、どこまでも優しい言葉だった。イリスは意味も分からず泣きたくなった。胸が切なく痛む。


「待たなくていい。だって、答えを出せないかもしれないもの」


「構わないさ。側に居られれば、何だっていい」


 どこまでも甘く優しい彼の言葉に、イリスの心がぐらぐらと揺らぐ。それが恐ろしくてイリスは首を横に振った。


「今は、復讐に専念したいのよ。だから……」


「ああ。それもそうだね。ごめん。困らせて悪かった」


「……困ってはいないわ。あなたといるのは楽しいもの」


 頰を染めるイリスへと手を伸ばし掛けたメフィストは、その手を引っ込めて優しく笑った。


「サタンフォードの人間は、愛情深くて一途なんだ。そして、"運命の相手"を自分で決める」


「運命の相手……?」


 顔を上げたイリスが、ほんのりと潤んだルビー眼でメフィストを見上げる。


「僕の家系には"サタンフォードは番う"なんて格言があってね。歴代の大公を始めとした血族全員が、生涯を懸けてたった一人を愛し抜いてきた。初代大公夫妻の真実の愛が僕の血には根付いているんだ。僕達は人生でたった一人だけ、この人と決めた人しか愛さない。正に"運命の相手"みたいだろう?」


 イリスは、笑っていいのか泣けばいいのか分からなかった。ただ、とても大きくて温かいメフィストの想いに包まれて、どこまでも安心している自分に気付いた。


「サタンフォードって、本当に素敵なところね」


 この帝国で裏切られ、貶められ、蔑ろにされてボロボロにされた過去を持つイリスにとって、愛情に溢れたメフィストの瞳は眩し過ぎる。直視できずにいると、優しい声音が落ちてきた。


「君は何もしなくていい。答えも要らない。意識もしなくていい。けど、これだけは覚えていて」


 メフィストの黒手袋の指先が、スッとイリスの髪の先を掬い上げる。


「僕は生涯君だけしか愛さないよ。だから、僕に愛されることを当たり前だと思って欲しい。例え君が僕を厭おうと、僕が君を愛する事実だけは変わることがないのだから」





「メフィスト、私……」


「シッ。どうやら皇帝が来たようだ」



 メフィストが人差し指を立てると、数秒後イリスの耳にも廊下を走るようなドタドタという騒音が聞こえた。










「イリス!!」


 ノックもなく踏み入って来た皇帝に、イリスとメフィストは大袈裟に驚いてみせる。


「陛下!? いったいどうされたのです?」


 息を切らして服も乱れた皇帝が、ギロリとメフィストを睨み付ける。


「貴様! よくも……!」


「陛下、どうかお鎮まり下さいっ!」

「相手は隣国の大公子殿下ですっ! ここは何卒冷静に……!」


 メフィストに掴み掛かろうとした皇帝を、大神官と侍従長が両側から止めに入った。顔を真っ赤にした三人が、それぞれに声を荒げて揉みくちゃになる。


 大の男三人のみっともない姿を前にしてもなお涼やかなメフィストが、穏やかな微笑を浮かべてイリスの前に出た。


「これはこれは、皇帝陛下。斬新なご挨拶ですね」


 嫌味さえも爽やかにさせるメフィストの笑顔に、皇帝は鋭い目を向けた。


「メフィスト殿。大神官に聞いたのだが、そなた。我が国の聖女をサタンフォードに連れ帰ろうとしたのか?」


 怒りを抑え切れていない皇帝のその姿を見て、国家元首としての資質は皆無だなと内心で呆れつつ。メフィストはあくまでも紳士的に答えた。


「私はただ、イリスとの将来について語らっていただけですよ。婚姻後はサタンフォードに住むのもいいのではと」


「ならん! 帝国の聖女であるイリスは、帝国の皇族と結ばれるべきだ! 貴様ではなく、我が息子エドガーとな!」


「昨夜イリスはそのエドガー殿下の求婚をお断りしてましたが? それに、肝心のエドガー殿下は妻帯者でしょう。まさか本当に聖女であるイリスを側室にしようなどと考えているわけではありませんよね?」


「くっ! エドガーとミーナは離縁する予定だっ」


「では、離縁が済んでから出直したら如何ですか?」


 紳士的ながらも鋭いメフィストの言葉に、皇帝は悔しそうに地団駄を踏んで指を刺した。


「帝国から何もかもを奪っておいて、聖女まで奪おうとはっ! お前達サタンフォードはその名の通り、魔王の如く強欲で穢らわしい!」


「サタンフォードが、いったい帝国から何を奪ったと言うのです?」


「……それはっ!」


 皇帝のその憤怒の表情を見て、イリスとメフィストは悟った。皇帝は、帝国とサタンフォードの秘史を知っているのだと。


「もういい! いずれ、全てを返してもらおうぞ!」



「侍従長、大神官! ミーナの処刑を急げ! あの女が全ての元凶だっ! これ以上生かしてはおけんっ」



 呆れた顔で皇帝の背中を見送ったイリスは、改めてメフィストと向かい合った。



「これでハッキリしたわ。皇帝は、全てを知っていてサタンフォードを取り戻そうとしている。あなたの計画の邪魔者よ」


 口角を上げたメフィストが、イリスを見つめ返した。


「そして君の復讐相手でもある」


「私達の目的が一致したわね。私達の手で、皇帝を失脚させるわよ。その為にまずは……ミーナに会いに行きましょうか」

















読んで頂きありがとうございます!


メフィストの祖父母が気になる方は、ぜひ短編「カエルの王子様〜カエル様を献身的にお世話してたら婚約破棄されましたが、そのカエル様の正体に気付いているのは私だけのようです〜」をお暇潰しにどうぞ。

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物語完結後から始まる悪役令嬢の大逆転劇
― 新着の感想 ―
[一言] メフィストの祖父母あの二人でしたの…。確かにカエルの鳴き声で会話が出来ますよね。
[一言] カエルの王子様、読んできます(((っ・ω・)っ
[良い点] 出会ったばかりなのにメフィストが甘いっ! これは一目惚れ、とかでなく既に二人にはどこかで接点があったのでしょうか。 メフィスト、歌が上手いのはおじい様の遺伝ですね(笑)
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