7 模擬戦3
最後はアベルとの対戦だ。
異能を得てから一月程経つが、アベルの経験値はそんなに増えることが無かった。
最初のキャラメイクの後、鍛錬を重ねて行く中で能力値とスキルを少しずつ増やしていった。
魔法は風属性を主にし、火属性と土属性を補助的に使う方向で訓練を積み重ね、武術に関してはひとまず剣術を伸ばし、何れは弓術や槍術も会得させたいと思っている。
しかし、日頃の訓練だけでは経験値がなかなか貯まらず、どう経験値を得るかが今後の課題だ。
とは言え、能力値を上げた為か全体的な動きは良くなっており、技術面も大幅に向上した。
アベルのここまでの結果はラルフとレボットに負け、ドリゴとゲルドには勝てたようだ。
レボットに勝てなかったのは正直悔しい、この1ヶ月で追いつけなかったのが残念でならない。
「レイン、お願いがあるんだけど」
「何?」
「魔法は無しで、純粋に剣術だけでやりたい」
「なんで?」
「どうせ魔法効かないんでしょ?ラルフから聞いたよ」
「バレてるのか」
「それに、僕がどの位強くなったかレインの手で確かめて欲しいんだ」
「いいよ、私達は討伐参加の審査対象じゃないし、やりたいようにやろう」
アベルが魔法を使わないのなら魔導壁を張る必要も無いだろう。私は帯びていた魔力を解き放つと、一度深呼吸をして剣を構えた。
「じゃあ、行くよ!」
「うん!」
アベルが先制を取り、連続攻撃を仕掛けてくるのに私は防戦のみで応えた。攻撃を防ぎつつアベルの動きを観察する。
この1ヶ月で見違えるような成長を遂げている。でもまだ、頭では分かっていても身体がついて行かない、そんな風に感じた。
その凄まじい成長ぶりに、直ぐに追いつかれると思ったけど……
「まだまだ負ける気はしない…よっ!」
言いながらアベルの剣を弾き、突きを繰り出す。余裕で躱された事に舌打ちをすると、左側からの薙ぎ払いを屈んで避け、立ち上がりざまに剣を振り上げた。
それも躱されたものの、体制を崩したと見て今度は足元を狙う。渾身の力を込めて打ち込んだが、アベルはそれを剣で受け止めた。
アベルの剣はびくともしない、力では押し負けているようだ。
ラルフが言うには、魔力を帯びている時は私の腕力が上がっているらしいが、小細工は無しで勝ちたい。私だけズルをするみたいでそれも癪だった。
「私だって!……やればできる子だもん!」
速力を上げたからか、繰り出す攻撃を次々と躱される。
まだ完成してない技だけど、あれを試してみるか……と、上段から斬りかかる。と見せかけてぇ〜横から胴を目掛けて薙ぎ払った。
「わっ!」
フェイントに対処しきれず、アベルの胴を掠めた。訓練用の模擬刀だから切れはしないが、当たるとそれなりに痛いはずだ。
「隙きあり!」
私は隙かさずアベルの剣を弾き飛ばし、決着がついた。
結局、今回の模擬戦はラルフの一人勝ちだった。そして2番手は私、3番がレボット、4番がアベル、5番ゲルド、6番ドリゴの順だ。
討伐参加の審査では、ドリゴはラルフと同じ荷物持ちとなった。全敗した事よりも、魔法に頼り過ぎで剣術体術が未熟な事が問題となったようだ。
逆にラルフは来年を待たずして討伐に参加させる案も出ているらしい。全く羨ましい限りだ。
その日の夜、アベルは久々に熱を出した。
アベルがウチに引き取られた時、歳の割に身体も小さく、かなり弱っていたそうだ。
私はまだ幼かった為、病気になりやすい子だなと思っていたけど、実家では飢えこそしないものの、栄養のある食べ物をあまり口にできなかったと後から知った。
栄養豊富な食事と日々身体を鍛えることで大分寝込む事は少なくなったが、それでも度々発熱や食欲不振に陥ることがあった。
それが異能を得てからこちら、体調を崩す事は無かったのだが、今日は疲労と心労が一度に出たのかもしれない。
「アベル、大丈夫?」
「うん…」
「模擬刀が当たった場所、痛くない?」
「直ぐに魔法で治療してもらったから大丈夫だよ」
私は手に持った革の袋を取り出して見せた。中には氷と水が入っている。いわゆる氷枕だ。
「見てコレ!氷魔法使える人探して作ってもらったんだ」
そのままだと肌触りが悪いので、タオルで包んで枕と取り替えた。
「ありがとう、冷たくて気持ちいい…」
一応笑顔で答えてくれたが、返す声も表情も暗い、どうやら元気がないのは熱のせいだけでは無いようだ。
これは相当落ち込んでるな……
「今日は頑張ったね、暫くゆっくり休もう」
「全部まだまだなのに、ゆっくりしてたら僕だけ追いつけなくなる……」
「もう!今日は2人には勝てたんだから、充分特訓の成果が出てたよ」
私は口を尖らせながら額のタオルを取り替えた。
「焦らないでゆっくりやろう、まずは身体を治さないと何も始められないよ」
「…………から」
「ん?何?」
「次はきっと勝つから、レインにもラルフにも」
弱々しい声だけど、しっかりとした意志を感じさせる眼差しで私を見据えてそう告げた。
「うん、期待してるよ」
ー・ー・ー・ー・ー・ー
翌日、朝にはアベルの熱下がり、何時ものように訓練場に向かう。
「まだ無理は駄目だよ」
「わかってるよ」
アベルはツンと澄まして、強気な口調で返した。
私は仕方ないな〜とため息を漏らしながら訓練場に足を踏み入れる。
「「「おはようございます!!!」」」
騎士達は背筋をピンと伸ばし、私達に体を向け、今にも敬礼しそうな勢いで声を揃えて挨拶する。心なしか緊張している者もいるように思えた。
レボットとドリゴに至っては緊張していると言うより怯えているようにも見える。
何事であろうか?
「お嬢様とアルベルト様が異能を授かったと噂では聞きましたが、まさかこれ程とは……」
「凄かったですね!お嬢様の【怪力】の異能!」
「は?怪力?」
「魔法も弾き返すほどの怪力なんて聞いたこと無いっすよ!」
「これで北部の未来も安泰ですな!」
そして騎士達は和やかに笑い合い、子の成長を喜ぶ親の如き温かい眼差しで私達を見つめる。
待て!どうしてそうなった!?
彼らの直ぐ傍らに居るラルフの姿を視界に収めると、思わず睨みつけた。
「俺は何もしてねぇからなっ!」
「アレだけ地面を穴だらけにしてたらそう思われても仕方ないんじゃない?」
ため息をつきながらしれっとした顔で言うアベルに私は衝撃を受けた。青天の霹靂だ!!
「どうしよう!ウチのアベルが反抗期だ!」
「はぁ?」
「ちょっ、反抗期って⁉」
「アベルはこんな嫌味を言う子じゃ無かった!」
「俺は事実を言ったまでだよ!」
私は嘆き悲しみつつ、何か違和感を感じたのだが、その違和感が何んなのか気付くのは少し後になったてからだった。