17 森の奥地へ
「落ち着けよレイン」
「だってぇぇ…」
今日はアベルが討伐に同行する日だった。見習いは1人づつ同行する事になっていて、私達はお留守番だ。
アベルが怪我をせず無事に帰ってくるか心配のあまり気が漫ろで、訓練にも身が入らず、気がつけば訓練場をウロウロと歩き回っていた。
日が落ちて薄暗くなり始めた頃、漸く討伐隊が帰還し、ざわつく中を通り抜けて、討伐隊が出入りする北門へ向かった。
「アベル〜っ!大丈夫?怪我してない?何処か痛いところない?お腹空いて無い?喉かわいてない?1人で怖くなかった?」
「おい、いい加減にしろ、過保護が過ぎるぞ」
顔や身体をペタペタと触りながら、アベルの様子を確かめていたら、後ろから頭の上にゲンコツが落ちて来た。
勿論、私にこんな事をする奴はラルフくらいなもんだ。
「何すんの!」
「ほら、アベルが困ってるだろ?」
「え?何で?何が困るの?」
顔を上げてアベルの顔を見ると、両掌で額を覆って俯いていた。心做しか顔が赤くなってる気がする。
「アベル!もしかして熱あるの⁉」
「ち…違うから」
言いながら近づく私をアベルは片手で押しのけた。何だか最近、私に対する態度が素っ気なくない?まだ反抗期が続いてるんだろうか?
冷たくあしらわれてショックを受け、呆然としている私を周囲の皆が生暖かい目で見ていた事にはまったく気づかなかった。
それから数日、今度は私の初同行の日になった。荷物持ちとは言っても、基本は自分の物は自分で運ぶ。私は薬品やら携帯食料やら、皆で使うものを持ち運ぶ係だ。
現地に着けば昼食の準備をしたり、討伐が始まれば怪我人の介抱に当たったりもする。
討伐隊は一度に10人前後で行動する。今回は私を含めて12人での参加だ。
目的地は毎回異界の狭間の周辺になるので、獣道だったりある程度整備されている道があったりで道無き道を進むような事は無い。
私はビーストハンターのアプリで森周辺の地図を確認しながら移動して居たのだけど、ゲームの背景とほぼ同じで、まるで聖地巡りでもしているような心境だ。
つい辺りをキョロキョロと見回してしまい、先輩騎士にちゃんと前を見て進むよう怒られてしまった。
目的地付近に着いたところで少し早めの昼食を取り、3人で一組になって周辺の探索にあたった。
今回は周辺の安全点検の様なものなので、魔獣に遭遇するかどうかも分からない。
近くに点在する数カ所の異界の狭間周辺に、魔獣が湧いていないか確認して回るだけの、それなりに疲れるお仕事だ。
私はそこそこ手練の騎士と、衛生兵の3人で行動していた。私の場合、2人は護衛を兼ねていると思われる。
これでも一応一族のご令嬢ですからね。やや過保護仕様になるのも仕方がないか。
初めての森の奥地への探索、私はまだ異界の狭間を見た事が無い。
訪れたそこは周囲の草木は刈り取られ、周りに石を積んだ囲いが出来ていた。
少し遠い位置からでしか見る事は出来なかったが、空間に浮かぶ異界の狭間は、どの角度から見てもジグザクと空間が破れたように見える。故に【亀裂】とも呼ばれている。
その亀裂の中は暗黒で、その周囲を形どるように不気味な発光を放っている。
そして今、私が立つ離れた場所ですら息が重苦しくなるような、禍々しい何かがそこから溢れて来るのを感じた。
「もう少し近くで見てもいいですか?」
「これ以上は駄目です、瘴気に侵されれば人間でも魔獣のようになります」
浄化魔法があれば瘴気を浄化できるし、少しの間だけと食い下がってみたが頑なに否定されてしまった。
私に何かがあれば彼等の責任にもなるし、仕方ないと諦めた。
3ヶ所目を探索していると、遠くから「魔獣だ!」と叫ぶ声が聞こえた。
私達もそちらに向かうが、他の皆より少し離れた所から様子を伺うだけだ。今回は戦闘に参加できないにしても、やはり過保護仕様だと思う。
現れた魔獣は一匹だが、ディスクルークという鳥タイプのポケ……魔獣だ。人間の大人と同じ位の大きさで、羽を広げるとそれ以上になる。そして動きも早いし厄介な相手だ。
頭上で旋回し、時々背中を狙って降下し爪を立てて襲ってくる。騎士の1人が背中に傷を負い膝を落とすと、胸の奥がゾッとなった。
目の前で人が傷つけられるのは初めての体験だ。訓練中の怪我とかはあっても、こんな命のやり取りは、当たり前だがゲームとは全く感覚が違う。
私は思わず結界魔法を彼等の周りに張った。恐怖から逃れるための自己満足のようなものかも知れないが、冷静な判断もできず、彼等が傷つく事が恐ろしく感じてしまった。
ディスクルークが次の獲物を狙うタイミングで結界を発動すると、それに弾かれてディスクルークは地に落ちた。
隙かさず騎士達が攻撃するが、傷を負いながらも再び飛び上がって森の奥へ逃げてしまった。
「逃げられちゃいましたね……」
「鳥型の魔獣は仕留めるのも捕えるのも難しいですからね」
私と共に居た衛生兵が怪我人の元へ向かうのについて行くと、怪我人の背中はかなり爛れていた。
生命魔法で傷を癒やすものの、瘴気の毒が邪魔をしてなかなか傷が塞がらないようだ。
「手伝ってもいいですか?」
「お嬢様がですか?」
「毒を浄化してみます」
浄化魔法を発動すると爛れた部分が少し軽くなった。
再び回復魔法をかけ直すと、傷は痕も残さず綺麗に消え去った。
「お嬢様の異能の力は怪力だけじゃないんですね」
「すみません、今回は付添みたいなものなのに、余計な手を出してしまって、ディスクルークに逃げられたのは私のせいかも」
しょぼんと項垂れて謝罪すると、騎士の皆さん達が急にアワアワし始め、「頭を上げてください」とか「いやいや助かりました」とか、口々に慰めてくれる。
う〜ん、やっぱり皆、過保護が過ぎるよ〜、ここに父上が居たら、多分「見習いの癖に余計な事はするな」と雷落ちてるよ〜
「ところであの白い光の膜は何だったんですか?」
「アレは結界ですよ……ん〜と、魔導壁の広範囲版みたいなやつ?」
「アレがあれば戦闘や怪我人の保護がかなり楽になるんじゃないか?」
「今後はそういうサポートも踏まえて陣形を組んでみるのもいいかもな」
彼等はこの一戦だけで、結界魔法の有用性を見出したようだ。
結局、その後ディスクルークに出くわす事は無かった。後日改めて討伐隊を派遣する事になりそうだ。