16 遂にアレを食べてみた
寒い冬が明け、春が訪れるを感じ始めると私達北部の人間も活発に動き始める。
神殿で洗礼を受けてから1年が過ぎた。私達も漸く13歳を間近に控え、魔獣の森の討伐に参加できる歳頃になった。
久々に暖かい日差しの降り注ぐある日の午後、母上は庭にお茶とお菓子、そして果物を用意させ、ウルルと優雅なティータイムを楽しんでいた。
「娘に可愛いドレスを着せて、こんな風に優雅にお茶をするのが夢だったの」
「母上、一応私も娘ですよ?」
「だって貴女、ドレスを着てくれないし、全然落ち着きが無いんですもの、ウルルちゃんの方が余程お淑やかだわ」
「ね?」と言いながら、母上は果物を静静と食べるウルルを嬉しそうに眺めている。
その仕草が妙にアベルと似ていて笑ってしまった。血が繋がっていなくても親子っぽくなるものだね。
「でも私だって、言ってくださればお淑やかな振りくらい出来るんですよ母上」
「だって、貴女のは振りでしょう?」
うん、振りしか出来ませんが何か?
これは遠回しにもっとお淑やかにしろと訴えられているのだろうか?
「ええと…母上!ウルルとのティータイムを楽しんでくださいませ!私は訓練に行って参ります!」
これはもう分が悪いと判断した私は、母上の事はウルルに任せておくことにした。
ウルルは「行っちゃうの?」という顔でこちらを見ている。うぐ…心を鬼にしなければ……
「顔には傷を付けないで頂戴ね」
「善処します」
母上は私が騎士になる事は望んでいない、何しろ女なのだから無理して騎士になる必要もない。
でもそれはスワンドレイク家の子だから仕方ない事だと、血は争えないと許容してくれている。
それでも心配なものは心配だと、顔や身体に傷を付けたくないと言う気持ちはわかってはいるが、親の心配とは得てして面倒なものだ。
私も遂に反抗期というやつなのだろうか?
それを言ったら未来永劫反抗期だな、淑女になる気は微塵もないから。ゴメンよ母上。
私達は今年の模擬戦も難なくこなし、後輩たちをボコボコにすると、荷物持ちとして魔獣討伐への同行を許された。
今年もラルフには勝てなかった、無念。アベルにはギリギリで勝ったけど、本当にギリギリだった。来年は負かされるかもしれない。
悔しさ半分、嬉しさ半分の複雑な心境だ。
そしていよいよ森の奥地に行けると思うと胸が高鳴る。
「今度の遠征にレイン様も参加されるそうですね」
今日はモーリスさんとの素材採集デーだ、アベルとラルフも一緒に同行していて、お昼も持参しているので半分ピクニックのようだ。
「そうなんだ!たのしみ〜!」
「あまり無茶をなさらないでくださいね」
「そうだよレイン、目を放すと直ぐに1人でうろちょろするから……」
困ったように言うアベルに、モーリスさんは苦笑いで返した。
まるで手のかかる子供を見るような目で、2人から見られていることに私は気づかず、何やらガザゴソと音がする方に気を向けた。
すると、二匹のトクトクが走って……いるつもりであろうか?ノソノソと鈍足で逃げ去る。
その後ろからラルフが現れ、左手には一匹のトクトク……
待て!それをどうするつもりだ?
「昼飯にしようぜ〜」
屈託のない笑顔でラルフは言うと、懐からナイフを取り出し、トクトクに突き立てた。
ぎゃーーっ!!なんて事すんだおまえぇぇっ!
「や〜、野生のトクトクも一度食ってみたくてさあ、こっそり近寄って殴ったら、臭い息を吐く前に上手く仕留められた」
言いながら笑顔でトクトクを捌いていく。
口の周りから縦にナイフを入れ、凶暴な口と腸を取り出す。
すると何とも言えない異臭が漂った。
「これはクッサイな、土に埋めとくか」
君、一応士族だよね?そこそこイイトコのお坊ちゃんだよね?なんでそんな野性的なの?
ふと横を見ると、アベルは青い顔をして口元を抑えていた。心做しか涙目になっているように見える。
ラルフが手際よく捌き終わると、トクトクは縦に薄く切り分けられていた。こうなると只のキノコにしか見えない。
今度は持ってきた鞄の中を漁ると、バーベキューグリルの小型版のようなものを取り出した。
騎士団の遠征でも使う携帯型の調理器具だ。これに肉や野菜を乗せて焼いたり、網を外して鍋を乗せればお湯も沸かせる。
ラルフは魔法でちょいと火を付けると、網の上にトクトクを並べ、サラサラと塩を降った。
「お前らも食う?」
「食います!」
「うん……食べてみたい」
香ばしく焼き上がったトクトクを、串で突付いて持ち上げると、口に入れた。
「熱っ!」
「ちゃんと冷ましてから口に入れろよ〜」
ハフハフしながら漸く口に入れると、鶏肉のような味がした。でもなんか歯ごたえはコリコリしてる。
「うん!うん?う〜ん」
食べ始めた時は美味しいと思ったけど、最後に何とも言えない、古くなった魚の様な青臭い葉っぱの様な臭みが口の中に残った。
「この歯ごたえは養殖のトクトクには無いな」
「そうだね、市場で売っているものはもっと柔らかいね」
「後味はアレだけど、この歯応えは癖になるな〜」
「うんうん」
養殖のトクトクを食べた事のあるラルフとモーリスさんは、2人で天然物との味の違いを考察し合っている。
護衛の騎士も1つもらって食べたようだが、見る見る残念な表情になり、無理やり水で流し込んでいた。
どうやら苦手な味だったようだ。




