14 秒でバレました
ギルドに戻ると、数人の男達がなにやら話し込んでいた。扉が開く音を聞きつけて、彼等がこちらに振り向くと、その内の3人はギエム一行だ。
「お前ら…生きてたのか……」
ギエムは驚いた顔で呟く。そこにモーリスさんが詰め寄ってギエムの襟首を掴んだ。
「ギエム!君はどういうつもりだ!子供を囮にして逃げるなんて!」
「人聞きの悪い事を言うなよ、そのガキが転んで逃げ遅れただけだろう?」
ギエムは悪びれる様子もなくそう宣う。
「ねえアイツ、半殺しにならしてもいいかな?いいよね?…いや、やっぱり息の根止めておく?」
ん?いまなんか物騒なことを言ったのは誰ですか?アベルの声だった気がするのは気のせいだよね?だってこんなドスの利いた低い声、聞いたこと無いし。
あら?ウチの可愛いアベルが、なんか酷く荒んだ目で奴らを睨んでいる気がするのは気のせいですよね?
辞めなさい、そんな可愛くない顔をするのは辞めなさい。怒るならもっと可愛く怒らないと、「激おこプンプンだからね!」みたいな感じで。
「君達もドゥーファに出くわしたのか?それでドゥーファが街中に出てくる危険は?」
「それについてですが、ドゥーファのボスはこの子達が倒しました。ボスを失ったドゥーファの群れはそのまま森の中に逃げていきましたが、取り敢えず人里からは離れた模様です」
「君達は新人かな?私はスワンドレイク支部長のアルボスだ、本当に君達がドゥーファの群れのボスを?」
「倒したって証拠はあるのかよ、ホントはただ逃げてきただけだろう?大人3人でも手に負えない数だったんだ」
ギエムがドヤ顔でニヤニヤとしながらこちらを見てくる。自分たちこそただ逃げてただけな癖に、どうしてここまで人を馬鹿に出来るのか謎だ。
「そんな事もあろうかと!」
私はそう叫ぶと、ラルフが担いできたボスドゥーファの頭を、ギエムの目の前にドカンと置いてやった。
さっきまでドヤ顔だった癖に、慄いて後ずさる姿に溜飲が下がる。
アルボスさんは感心しながらドゥーファの頭を確認した。
「しかし、群れが魔獣化したら厄介だ、ドゥーファの群れについては先程騎士団に報告の使いを出した、もうすぐ詳細の確認に来るはずだから君達も同席してくれ」
「はい?」
「ドゥーファの遭遇場所と逃げて行った方向について騎士団に詳しく説明したい、この件に関わった者は全員同席するように」
「えええええつ!!」
まさかの爆弾投下ですか!
まだ初日なのに、いきなり騎士団とエンカウントするとかどういう事⁉
「や、お…俺達、そろそろ家に帰んないと!」
「ギルドに所属したからには状況報告の義務があるんだよ」
「で、でも!私達が受けた依頼じゃありません…し?」
「そうですよ!タダ働きは酷いんじゃないかな」
「なら、ドゥーファ駆除の報酬は出そう」
「「「そういう事じゃ無くて!」」」
私達の抗議に淡々と返され、最後は思わず3人でハモってしまった。
「俺の家は弟と妹が産まれたばかりで、こんな時間だし、そろそろ帰って相手してやんないと…」
ラルフの話は嘘ではない、確かに産まれたばかりの双子の弟妹がいる…が!当然世話なんかしてない。
そこへ、蝶番が軋む音と共に扉が開き、数人の足音がこちらに向かってくる。
「失礼、私はスワンドレイク騎士団第三部隊小隊長のリオネルだ」
ああ…押し問答しているウチに来てしまった。終った…思いっきり私達の顔が割れてる相手だ。
「ああ、お待ちしてました。取り敢えずドゥーファの群れはウチの新人が追い払ったので人里に降りてくることは無さそうです」
アルボスさんが簡単に状況を説明すると、リオネル小隊長は私達の方を向く。
「ほう、新人ですか……な……?」
「ああ、君達も挨拶しなさい」
私達はギギギと音が立ちそうなぎこちない仕草でリオネル小隊長の方へと顔を向けた。
私達を見るなり困ったような怒ったようななんとも言えない顔をすると、ため息を吐き、先程より低い声を発した。
「どういう事か説明してくださいますか?お嬢様?」
「………お嬢…様?」
アルボスさんとモーリスさんが顔を見合わせ、再び私達の方を見る。
私達は咄嗟に床に跪いた。
「「「申し訳ございません!」」」
3人揃って土下座する姿にアルボスさんとモーリスさんが今度は口をあんぐり開けて呆然としている。
「曲がりなりにも騎士見習いとあろうものが、傭兵ギルドに無断で出入りするとは何事だ!今回は魔獣に出くわさなかったから良かったものの…」
「「「申し訳ございません!」」」
「ランドルフ、アルベルト、レイニーナの3名は、騎士団本拠地に赴きロッドバル騎士団長とレオディール将軍に事の次第を報告する事!」
「「「了解致しました!」」」
今度は立ち上がって、姿勢を正し、返事を返した。
取り敢えずお叱りはここまでという事で、地図を拡げてドゥーファの群れについての詳細を報告し合った。
群れが向った方向は異界の狭間のある方角では無かったが、警戒は必要との見方を強めた。
また、人里に降りて来た場合の対処については、引続きギルドが担うことになり、これは騎士団からギルドに外注される事に決まる。
「しかし、見習いとはいえ猛獣の首を取るとはなかなか将来有望ですな」
「お嬢様は魔法を跳ね返す程の【怪力】の異能をお持ちだからな」
「ああ、なるほど、それで…」
アルボスさんが感心しながら話しかけると、リオネル小隊長は何故だが自慢気にそう返した。
アルボスさんは恐らく私がテスト用の剣をへし折ったことを試験官から聞きているいるのだろうが、怪力じゃなくて身体強化の魔法なんだけどな。
私の異能がこの世界の人達には理解しにくい為か、無属性魔法の存在が認知されていない為か誤解は解けないままだ。
しかも、今回私がやった事と言えば、傍から見たら結界を張っただけで、トドメを刺したのはアベルだ。操ってたのは私だけども。
「そうだった!」
一通りの報告が終わると、ラルフが思い出したとばかりにギエムを指差す。
「それよりコイツ!お嬢を蹴り飛ばしてドゥーファの群れに放り出したんだ!」
「あ…いや、その…あれは事故というか…俺達も君達を助ける余裕が無くてだな、不可抗力だよ」
ギエムは往生際悪く、しどろもどろに言い訳をかます。謝罪も無く保身を図るギエムにムカついた私も声をついつい荒げた。
「あれが事故?襟首掴んだのも偶然で、背中を蹴り飛ばしたのも偶然だとでも⁉ 痛かったんだからね!ほら!痣になってるかも!」
言いながら服の裾をめくり、背中を皆に見せた。
するとアベルが疾風の如く駆けつけ、その裾を掴んで元通りに引き下げる。
「ちょっ!レイン、そういう事はやめなって!」
皆がぽかんとする中、モーリスさんだけが苦い顔をしていた。
「かなり酷い痣になってましたね、後で僕が治療します」
「お嬢様に傷を負わすとは…その話が本当なら殺人未遂にもなるな」
「そんな!俺は貴族の娘だったなんて知らなかったんだ」
「相手が貴族だろうが平民だろうが、君のした事は最低だよ」
モーリスさんに尤もな事を言われ、漸く観念したギエムは後ろ手に縛られ、そのまま騎士団まで連行される事になった。ギエムの仲間も拘束こそされないものの、事情徴収を受ける為に騎士団に連行されるようだ。
「レイン様、僕がついていながらこんな事になって申し訳ありませんでした」
「モーリスさんは何も悪く無いじゃありませんか」
「いや、レイン様が普通の子供だったら今頃は無事では済まなかった…」
「こちらこそ、ウチの見習い達がご迷惑を」
「いや、むしろ助けて貰ったのはこちらの方です」
申し訳無さそうなモーリスさんに見送られながら、私達はギルドを後にした。
そして、騎士団の本拠地に戻ると3人揃って再びお叱りを受けるのだった。