9 神殿からの使者
「神殿からの使者ですか?」
「うむ、お前たち2人に会いたいそうだ」
「何でまた?」
「恐らくは貴重な異能の加護を受けたからだろうな」
そう言う父の口調はぶっきらぼうだ。どうやらアポ無しで押し掛けて来たことに腹を立てているらしい。
カルメリア王国の国教となっているデイラナ教は二対の神獣を崇めている。
雄神ディーラはライオンと狼を足して2で割ったような容貌の漆黒の獣だ。
遥か昔【凄惨たる厄災】と呼ばれる魔獣の襲撃があった。その時、雄神ディーラは懸命に民を守ったが国の半数以上の民の命が失われた。
その時、神から力を授かり魔獣を討滅したのがカルメリア王家の始祖と言われている。よって王家の紋章は漆黒の獣がモチーフとなっている。
対して雌神ディーナは七色の光を帯びた白金の鳥の姿だと言われている。その姿は絵画によって様々だ。
大地を浄化し民に活きる力を授ける慈愛の雌神。ギフトを授けるのもディーナであるため、神殿の紋章は鳥の紋様である。
この二対の神獣を指して「ディラナ神」とも呼ばれている。
そして凄惨たる厄災で傷付いた人々を癒し、神獣から力を授かり、ギフトを管理し、人々を導くよう任されたのが聖女ドラジェだ。
そのためディラナ教は聖女信仰も厚い。聖女ドラジェは緑の髪に緑の瞳で、豊かな森林のような乙女だと伝えられている。
そして王都の西側にある聖地ドラジェの森には神獣や聖獣が住まう地とされ、王都のディラナ神殿はその森の入口に建てられている。
この世界の全ての神が本当に存在するかは定かではないが、この国の各地では神獣の使いとされる聖獣の姿が確認されている。
時には人を助け、時にはイタズラをする事もある彼らは土地神として崇められる事もある。
聖獣が存在する以上は神獣も存在を否定できないが、実際にその姿を見たものは今は居ない。
しかしギフトと言う目に見える加護を授かっているため人々からの信仰は厚い。
そして神殿の司祭達はギフトを管理する能力を与えられている。ギフトを賜る洗礼の儀式もディラナ教の司祭の力が必要となる。要するにお布施をぼったくってるのも彼らだ。
そんなお偉い司祭様がいらっしゃると言うので、私は取り急ぎドレスを着せられ髪を結われ、王都から来た司祭様と面会することになった。
曲がりなりにも地方豪族である我が家の応接室はそれなりに豪華な装いだ。
繊細な刺繍の施されたソファーと、磨き抜かれた石で出来た重厚なローテブルがどっしりと据えられている。壁には数々の絵画や工芸品も飾り付けられていた。
私達が勝手に中に入って遊んだりするとしこたま怒られる。そういう部屋だ。
「レイニーナ・スワンドレイクでございます」
「アルベルト・コッペリオンと申します」
王都の司祭は中肉中背の初老の男性だ。他にも下っ端の神官らしき者が司祭の後ろに控えている。
私達が挨拶をしたにも関わらず、司祭はソファーにどっかりと腰を下ろしたまま私達を品定めするように睨め付け、不愉快そうな表情で鼻を鳴らした。
「私は王都のデイラナ神殿の司祭ドロッセルだ、君達が授かった異能について聞かせてもらえるだろうか?」
「私の異能はアルベルトの能力を成長させる力です。そして最近は無属性魔法も使えるようになりました」
「私はレイニーナの力であらゆる能力を向上させ、現在は4つの属性の魔法が使えるようになりました、それと、魔装と言う特殊な装備を身に着けることができます」
「能力を向上させる事ができるのはアルベルト殿に限った事かね?」
「そうです」
疑問を肯定すると小さい声で「役に立たんな…」と呟くのが聞こえた。
一体何様だ?あ?司祭様か…と心の中で毒づいた。だが、表面上は笑顔で畏まっている。だって私、お嬢様ですから!キリッ!
「ふむ、では無属性魔法とは何ができるのかね」
「身体強化魔法と洗浄魔法です」
「洗浄魔法とは?」
「色々な物の汚れを落とせます。人の体も洗わずともキレイになります」
どうだ!素晴らしい魔法だろう!とドヤ顔で告げると、ドロッセル司祭は再び不満そうに鼻を鳴らした。
洗浄魔法の素晴らしさがわからないとは、偉い人はコレだから…
私は心の中でやれやれと肩を竦めた。
「異能と言うからにはどれだけの力かと期待していたが、たいした代物では無かったようだな」
このオヤジ……
こっちが来てくれと頼んだわけでも有るまいし、アポ無しで突っておいて何がしたいんだ?
王都の神殿の者は皆、斯様に横柄なのだろうか?
「黒と白の二対の異能者が現れたと聞いて、もしや神獣の化身ではとも考えたが、とんだ無駄足となったようだ。しかもレイニーナ嬢の容姿は白金どころか灰色とは、何とも見窄らしい」
ええと、そろそろ怒ってもいいかな?
私ゃ前世はただのゲーマーですからね、雌神の化身なんてそんな大したもんじゃないのは確かだけど、そんな風に言われる筋合いはない。
「ドロッセル司祭、貴殿は我が子等を侮辱するために足を運ばれたのか?ならば早々にお引取り願おう」
ここまで黙って聞いていた父上がとうとうキレた。顔が恐ろしく怖い……あ、顔が怖いのは何時もの事だった。
「ロッドバル!司祭様のお帰りだ!ご案内しろ!」
「スワンドレイク卿!客人に対して無礼ではないか⁉」
「さあ?私は根っからの武人なのでね、生憎王都の礼儀作法には疎いのです」
コレだけの物言いをして怒らない方がおかしいと思うのだが、まるでこちらが悪と言わんばかりにワナワナと慄えて父上を睨みつけた。
父上の怖顔に怯まないとは、敵ながらなかなかやるな!でも私も怒っちゃったもんね!
その時、ドスンッと重い音が響いた。
否、響かせた。
私達と司祭の間にある、厚みのある重厚な石造りのローテーブルを私が拳で真っ二つにしたのだ。
「司祭様、私の力はこの程度の他愛のないものです。これ以上、無駄なお時間を取らせるのも心苦しいので、そろそろお引取り頂いた方が宜しいかと」
私はキメ顔でカーテシーをした。
父上は私と目を合わせると、満足そうに小さく頷く。アベルは現状について来れず、ただの空気になっているようだ。
ドロッセル司祭も流石にこれは驚いたのか、暫く青ざめた顔で真っ二つになったテーブルを見ていたが、気を取り直すとまた顔を赤らめて鼻息を荒くした。
「ここの人間は礼儀どころか謙虚さも持ち合わせて居ないようですな!」
「ご不快なら今すぐ王都に帰られよ、この地で夜を明かせると思ぬ事ですな」
「この事は神殿に報告する!遠くからわざわざ足を運んでやったにも関わらず、碌な歓迎もなく手酷い扱いを受けたとな!」
どうやらあちらも最初から歓迎ムードで無い事に腹を立てていたようだ。だったら事前に連絡をくれれば良いものを……
「不愉快だ!帰るぞ!」
「見送りは致しませんので、ご自由にどうぞ」
負けずに父上も鼻を鳴らしながら出口へと促す。
そんなこんなで司祭様は憤慨しながらスワンドレイク領を後にしたのだった。
そして、父上は徐ろに変わり果てた姿のローテーブルに視線を落とす。
「レイン、父としては褒めてやりたいが……これは母に咎められるぞ」
「あっ!」
これポスンで直せないかな⁉
ポスンッ!……うん、無理だった!