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アリッシャ・セルズ  作者: すすきのまい
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1章 2話

ユリスの話を聞き終わると、体が宙に浮かぶ感覚がした。意識が現実世界に戻ってきたようで、頭痛もおさまってきた。冷や汗を拭って息を吐く。


「ユリス様、ご無事ですか?」


腰に剣をたずさえた女の子が顔を覗き込んできた。倉庫にうっすらと射し込んでくる光で、少女の薔薇色の髪が輝いた。重そうな鎧を身につけている。


「あー……ああ、問題ない」


本来の自分とは全く別の声が喉から出るのは奇妙だった。それにしても、ユリスは本当に綺麗で響き渡るような声をしている。


「本当に?ずっと頭を抑えていたけど」


先程箒に乗って飛んでいった子だ。瞳は蒼く、サイドに結った金髪が揺れている。黒い三角帽子に黒いワンピースといった出で立ちなので、魔法使いというよりは魔女に近い。黒魔術が得意そうだと勝手に思った。


「おいマール、スレイザードル共はマジでいなかったのかァ?ユリスに万が一の事があったらどうするつもりだァ!」


2メートルはある筋肉質の男。声も相当大きく耳を塞いだ。失礼な事を言ったら一瞬で骨を砕かれそうだ。魔法使いの女の子、マールは怖がっていないだろうか。心配になりマールを見る。


「うん、いなかったよ。とりあえずこのまま東に進んでいけばいい」


マールに怯えた様子はなく、堂々としている。まるでこの大男には慣れているようだった。この大男は、グレゴリーか。


「まだ早朝なので、市場は開いていませんね。街の方に見つからないうちにここを発ちましょう」


アイラの言葉に頷き、グレゴリーだけが荷物を持つ。皮の袋には何が入っているのだろうか。倉庫を出ると風で舞った砂が吹き抜けた。果物を売っている店や、肉と野菜を売っている店が至る所にあった。時にはガラスケースに入った宝石を見ることも。


盗まれないのだろうか。この街はよほど治安が良いらしい。日本とは全く違っていて、本当に別の世界に来てしまったのだと理解する。


キョロキョロと街を眺めていると、曲がり角から中年の女性が現れた。すると俺の横を歩いていたグレゴリーが囁いた。


「隠れろ」


3人が女性から俺が見えないように死角を作った。まるで俺を隠そうとするかのようだ。いや、隠している。何か隠れなければいけない理由があるのだろうか?


「あらあら、旅人さんですか?何もない大きいだけの街ですが、ゆっくりしていってくださいね」


とても穏やかで優しそうな女性だ。


「とても素晴らしい街です。でも、申し訳ございません。もう行かなければならないのです」


アイラが頭を下げると、女性は胸の前で手を振った。


「そうだったのね。いいのよ、この街を褒めてくれただけで嬉しいわ。お気をつけて」


少し緊張しながら女性の横を通り過ぎる。また俺を隠すように3人は立つ場所を変えた。俺でも感じ取れるピリピリとした雰囲気。この空間にあと数分しか耐えられそうにない。


「簡単に、行かせると思うかい?」


先程の女性の発した言葉。振り返ると、既にアイラは剣を抜いて女性に向かっていった。目の前で起きた事の意味がわからない。女性は自分の手から禍々しいモヤを出した。


「マールさん、ユリス様を!」


どこからともなく箒がひとりでに飛んでくる。マールの前で止まり、体が浮いて箒に乗った。乗ったかと思うと、すでに上空を飛んでいる。街が小さく見えた。


何故3人は俺を守ろうとしているのだろう。もしかしたら、アリッシャ・セルズに何か秘密があるのだろうか。この世界に重要なものなのかもしれない。


「そんなに心配しなくてもいいよ。2人は強いじゃん。今日のユリス、何か変だけどどうしたの?」


まずい。ユリスの中身が違う人間だということは気づかれない方がいいだろう。内輪で揉め事が起きる可能性がある。ユリスの演技をするんだ。


「何ら問題はない。考え事をしていただけだ。お前には理解できないだろう」


最後の一言は余計だったかもしれない。だがマールに傷付いた様子はなかった。


「ユリスはすごいなあ。私なんてバカだから、ユリスみたいに色んな事考えられないよ」


ふわっとしたその表情に俺は心を痛めた。ユリスはこんな純粋な少女にいつもひどい事を言っていたのか。


「それより、どこまで行く気だ?」


「そろそろ降りるよ。しっかり掴まっててね」


箒は急降下し、俺たちは森へと入った。箒はまたどこかへ去っていく。


「ここで待ってようか。もうすぐテラが2人を連れてくる頃だし」


”テラって誰?”と思わず聞いてしまいそうになる。だが、本来のユリスなら知っているはずだと思い口を閉ざした。


会話もないまま時間が過ぎる。木漏れ日に思わず目を瞑った。木々がざわめき鳥が鳴く。家で静かに過ごしていた時と同じ自然の音に心が落ち着く。


わからない事も多いが、今だけは。


しばらく木に体を預けていると、目の前に紫色の穴が出現した。その穴からグレゴリー、アイラ、黒猫が出てきた。穴はたちまち消えていく。


「おいマール、これも忘れんじゃねえ!アイラが強いから何とかなったがなァ……」


「まあそんなに怒らないでよ。声が大きくて鼓膜破れそう」


グレゴリーは皮の袋を大事そうに抱えている。あまり仲良くないのかと思っていると、突然黒猫が喋った。


「マールの馬鹿!最近ボクの扱いが雑すぎるんだけど、魔族を何だと思ってるのさ!」


「はあ?別に何も特別な事はないけど。何で私、こんな生意気な猫を使い魔にしたんだろう」


「何だと!?ボクが本気を出したら強いんだからな!」


もしかするとテラというのは、この猫の事か。もう何が来ても驚かない自信がある。


「ああ、また始まってしまいました……」


目の前で繰り広げられる魔法使いと使い魔の喧嘩。それを制止したのはグレゴリーだった。


「お前ら、少し黙れ。何か聞こえねぇか?」


俺たちは耳を澄ませる。ユリスの身体はすぐに反応した。耳を劈く音。木々が崩れる。体が軽い。頭では理解できないが、身体だけは分かっているように爆破攻撃を避け続けた。森は隕石でも落ちたのかと思うほど壊されている。


「クッソ、さっきの女の仕業だなァ。確実に仕留めたんだが、その前にお仲間さんに伝えやがったかァ」


「不覚にも、油断してしまいました」


「スレイザードルに見つかっちゃったか。うん、仕方ないね」


グレゴリーは拳を前に出した。思っていた通りの戦い方である。アイラは凛々しく剣をかまえる。マールのもとに赤いオーブのついた両手杖が現れた。あれは箒と同じ仕組みなのだろうか。


それより、これは俺も戦わなければいけないんじゃないのか。でもユリスの戦闘スタイルなんて知らないぞ。


そう悩んでいると、またあの頭痛がした。




思った通り、精神世界に来ていた。目の前にいるユリスは何故か得意気な顔をしている。


「なるほど。我が引き寄せることもできるのだな」


俺はユリスに掴みかかる勢いでまくしたてた。


「そんな事よりユリス、大変だ!今、何か変なやつらに追われてて、戦わなきゃいけないんだけど、俺はお前の力にどんなものがあるのか分からなくて……」


「貴様は、理解し難い事があるといっぺんに考える人間のようだな。よしよし、落ち着け。ここで過ごす時間がいくら長かろうとも、現実世界では約10秒しか経っていないようだ」


「え……そうなの?」


「くだらん嘘は好かん。それより戦い方か……。聞きたいことはそれだけか?」


金色の瞳は俺の考えている事を全て見透かしているようだ。


「えっと、じゃあ多いけど聞いていいかな?」


「いいから、ほら早くしろ」


ユリスに急かされ言葉をまとめる。


「スレイザードルってなんの事?」


ユリスは座り込んで、顎に手を当てた。俺も座り込む。


「奴らは自らの組織を、絶望の糸(スレイザードル)と称している。その糸は、紡がれた硬い糸のように簡単に解けることはない。人数も数え切れないほどだろうな。あの女もスレイザードルの1人だ。奴らは俺の心臓とアリッシャ・セルズを狙っている」


俺は耳を疑った。あいつらに捕まったら、心臓を抜かれるのか?


「ユリスが、殺されるってこと?」


そう言って体を乗り出すと、何がおかしいのかユリスは笑いだした。


「はっ!おかしな事を言うのだな。おっと、あまり近付くなよ。いやしかし、貴様は我が思っていたより賢くないようであったな」


ユリスの言ったことを理解できないまま少し離れる。触れたらユリスの魂が破壊されてしまうから。


「俺、そんなに馬鹿みたいな事言った?」


「ああ。ふん、自分の事よりも我の事を気にかけるか。貴様は1度死の間際を経験したはずなのに、恐ろしくはないのか?」


「そりゃ、恐いし最初だけ痛かったよ。でもユリスが死ぬのは……」


それだけはあってはならない事だ。


「まあいい。あとは?」


もうこの話に興味は無くしたようで、笑みは一切消えていた。


「そもそも、アリッシャ・セルズってどんな物なの?形とか、どこにあるか、教えてくれなきゃ……」


「今はまだ詳しく言えん。だが言うなれば……人間の真髄、だな」


真髄とは、そのものの本質という意味だ。人間の本質が秘宝と言う事だろうか。


「難しいや。というかどうして教えてくれないんだよ」


「深い意味は無い。あいつらと共に行動していればいずれ解る」


これ以上聞いても教えてくれない。ユリスの口ぶりからしてそう思った。


「わかった。じゃあ最後、戦い方を教えて」


ユリスは口端を上げ、立ち上がる。俺もそれにならった。


「集中して、全身に神気を行き渡らせるんだ。心臓から神気を流れ出させる」


突如、ユリスの身体のまわりを神々しい光が覆った。俺も心臓を意識する。神気の流れはわからないが、血液が全身を巡るという感覚は本能的に知っていた。身体の奥がほんのりとあたたまる。


「これが、神気?」


「すんなりできたようだな。もう少し手こずると思っていたのだが。とにかく、貴様はそうしていれば良い」


「いやでも、さっきも言ったけど戦わなきゃヤバいんだって!それにこの神気は……」


意識が戻りそうになり、慌ててユリスに向かって叫ぶ。ユリスは盛大なため息をついた。


「あいつらは簡単にやられるほど弱くはない。だからほら、早く行け。我は少し寝る」


強制的に意識が現実世界に戻らされた。頭を抑えながら目の前を見ると、巨大な岩が飛んできた。神気を纏う前にグレゴリーが巨岩を全身で受け止める。


「ユリス、怪我はねェか!?とっとと神気をまとえ!」


深く息を吸い、集中する。あたたかい。成功を確認したらグレゴリーに聞く。


「我はどのくらい放心状態だった?」


次は左右から巨岩が俺を狙って飛んでくる。砂埃で視界が遮られ認識しにくい。しかし避けようと思う暇もなく、巨岩は壊れた。アイラが巨岩を綺麗に真っ二つに、マールの魔法の氷刃でもう1つは破壊された。


埃や煙にむせる。肺に入った空気を全て出し切りたい。砂埃の中に足音が聞こえる。警戒してもっと強く神気をまとおうとしたが、これ以上身体があたたまることはなかった。


「ユリス君が苦しそうだったのは、そうだね……10秒くらいだったよ。チャンスだと思って殺そうと思ったんだけど、また君たちかい。邪魔をしないでくれるかなあ?」


深緑の髪が、茶色のスーツのおかげで映えている。


「ヒューディスさん、いい加減諦めていただけますか。私たちは秘宝もユリス様の心臓も渡しません!」


アイラが俺の前に立つ。


「こわいよアイラちゃん。そうだ、グレゴリーくん。その皮の袋に入っているのは秘宝だよね。僕は今日それを奪いに来るつもりだったんだ。もらっていい?」


あの皮の袋。まさかアリッシャ・セルズが入っているとは思わなかった。


「やるわきゃねェだろ。頭に1発いれるか?」


「あっはは、好戦的だ。マールちゃんなら、僕のお願いを聞いてくれる?」


マールは首を傾げてうなっていた。何か考え事だろうか。


「マール?」


テラがそっけなく聞いた。


「いやね、あの人と結構戦う事あるけど、名前を覚えられないんだよね。ほら、ナントカ補佐官って言ってたじゃん」


マールの言葉にヒューディスの眉がピクリと動いた。口も引き攣っている。まさか、怒っているのだろうか。


「じゃあ、マールちゃんのためにもう一度自己紹介をしよう……このやりとり7回目なんだけどね。僕は大地の支配者、絶望の糸(スレイザードル)四天王第5補佐官のヒューディスだよ。覚えてくれると嬉しいよ、レディ」


ヒューディスはくるりと一回転し、優雅なお辞儀をした。


「ふーん、まあ興味ないからいいや。1時間後には忘れてるし」


俺の思い込みか、ヒューディスに電撃が走った気がする。たしかに、あんなにカッコつけて自己紹介をして興味ないと言われれば誰でもショックを受ける。


「女の子に興味ないなんて言われたの、マールちゃんが初めてだなあ。まあ、今日はもう帰るよ」


よほど恥ずかしかったのか、ヒューディスは砂に包まれて消えていった。マールの両手杖が箒に変わる。役目が終わったのか、箒は去っていく。


アイラとグレゴリーは、信じられないものを見るような目でマールを見つめている。そんな2人にマールは微笑み、テラはそっと姿を消した。


俺は、マールとの会話はメンタルを鍛えるのに最適だと密かに思った。

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