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アリッシャ・セルズ  作者: すすきのまい
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1章 1話

「はるか遠い昔のこと。マグネアスは崩壊の危機に脅かされていました。草木は枯れ空は淀み、死の地と化した世界に人々は頭を垂れる。誰もが絶望し生きる事を諦めてしまった。しかし突如、セルズの申し子といわれた救世主が現れたのです。


救世主は仲間と共に戦い、悪である絶望の糸(スレイザードル)を倒しました。救世主は奪われた7つの秘法、アリッシャ・セルズを取り戻し、平和なマグネアスも取り戻す事ができたのです。



◆◆◆



「今日はこれで終わりだ。気をつけて帰るんだぞ」


ホームルームが終わり足早に教室を出る部活生たち。今年の俺たちの担任は、話が短くて助かる。去年はあまりの長さに部活に遅れ、頭の固い顧問に怒られているクラスメイトを見かけたことがあった。


日直日誌を書き上げ佐山先生に渡す。佐山先生は日誌を書き上げるまで職員室に戻らずいつも待っていてくれるので、職員室に入らなくて済む。職員室は少し居心地が悪いので苦手だ。日誌をみて佐山先生は満足気に頷いた。


「七瀬は今日もしっかり書けているな。お前らも見習えよ、加藤、長谷川」


佐山先生が2人に目を向けると、こそこそ話をしていた加藤と長谷川は飛び上がった。


「ゲ、ゲームセンターなんか行かねぇっすよ!?」


そういった加藤は長谷川に腕を小突かれ、冷や汗を流して口を覆った。佐山先生にはめられたみたいだ。俺も少し口の端があがる。


「まあお前ら3人は、成績の心配はないけどな」


佐山先生は優しく笑い、やんちゃもほどほどにな、と言って教室を出ていった。2人は怒られなかった事にほっとしている。2人は以前、制服のままゲームセンターにいた所を教頭に見つかりこっぴどく叱られた。


「他の高校はいいのに、何で俺たちだけ私服に着替えなきゃなんねぇんだろうな」


長谷川がボヤくと、加藤が俺の肩に手を回してきた。俺よりも一回りガタイのいい体だから、正直痛い。それに比べて長谷川はヒョロヒョロだ。


「正人も一緒に行かね?優等生がいれば見つかったとしても怒られねーだろ!」


「それ賛成!」


無茶なことを言う2人に思わず笑う。2人は俺の幼馴染。昔からこういうデタラメなところは変わらない。2人と一緒にいると安心するし楽しい。でも。


「ごめんね、今日は無理なんだ。図書室に読みたい本があるから」


「またかよ〜。お前昨日も6時くらいまで図書室にいたんだろ?たまには勉強やめて遊ぼうぜ」


3人で遊ぶことが大好きな長谷川は、意地でも俺を誘うつもりだ。だけど俺にも読みたい本がある。ここは少し、よいしょしてやるか。


「授業を受けただけで理解できる2人が、羨ましいんだよ。俺は寝る時間削っても理解できない部分なんてごまんとある。2人みたいに運動もできない。だからせめて、勉強面では隣にいたい」


そうまくしたてると、目の前には顔を赤くしている2人。図体のでかい男と、ヒョロヒョロ金髪。傍から見たら勉学とは無縁の不良にみえるが、実はクラスのトップを争う。僭越ながら、俺もその争いに入っている。


「俺も七瀬みたいに綺麗な心を持ちたかったよう!」


肩をバシバシと加藤に叩かれる。


「ちょ、痛いって。わかったわかった!」


無理矢理加藤の手を避けるが、それほど嫌だというわけでもない。自分らにとってはじゃれているだけだ。


「ほら加藤、七瀬の体が吹っ飛ぶぜ?」


それを抑制する長谷川。ひとしきり騒いだあと、教室に残っているのは帰宅部の女子数人と俺たちだけになっていた。


「じゃあ俺、そろそろ図書室に行くよ。2人とも気をつけてね」


「おう、お前もな。最近やべぇやつがうろついてるみたいだから、早めに帰れよ!」


「そしたら加藤が殴り倒してくれるんでしょ」


冗談を言って別れ、図書室に向かう。昇降口とは反対方向なので、すれ違う人はいなかった。高校生になって図書室に行きたがる人なんて少ないのかもしれない。


そんな淋しい思いをしながら歩いていると。


「まさとくぅーん!」


体操服を着たクラスメイトの逢沢美紅(あいざわみく)が、後ろから抱きついてきた。転びそうになりながらも、何とか体制をたてなおす。


「み、美紅さん、部活は?」


また抱きついてこようとする美紅さんから距離を置きながら聞く。出てくる答えはわかりきっているけど。


「まさと君を見つけたから、サボっちゃった!」


どんなに鈍感な人間でも分かる通り、美紅さんは俺の事が好きみたいだ。確かにルックスは良い方だと思う。ただ、こうもグイグイと来られると対応に困る。


何より、異性との接し方がよくわからない俺にとってこのタイプの女性は難問である。それでも女性を傷つけるのは人としてあるまじき行動だ。


「そうなんだ。でも美紅さん、サボると顧問にも怒られるしチームにも迷惑がかかっちゃうよ?」


「美紅の事だけじゃなくて、周りにも目をくばれる…そんな優しいまさと君が大好き!」


逆効果だったみたいだ。美紅さんに絡まれた時はいつも加藤や長谷川がいたからどうにかなったものの、1人でどうにかするのは難しい。


「美紅さん、俺は図書室に行きたいんだ。それとも一緒に勉強する?」


美紅さんは勉強が苦手だから、断るはず。意地悪してごめんね、美紅さん。


「え?そ、それは……そうだまさと君!土曜日に東にあるサッカーコートで練習試合があるから見に来てね!」


そう言って美紅さんは逃げるように去っていく。申し訳なく思いながらも、俺は図書室へと歩を進めた。美紅さんは本当にサッカーが上手だから少し楽しみだ。



やはり図書室に人はいなかった。いるはずの図書委員もカウンターにはいない。おかげで本の貸し借りができなくて困っている。


「まあ、勉強や読書には最適な場所かな」


そう呟き、本を取り出していつも通りノートを広げた。



外を走るバイクの音で集中力が切れる。ふと時計をみると電子時計は6時40分を示していた。


「……やっば!」


慌てて筆記用具をしまい、本をもどす。図書室の電気を消して暗い廊下を走った。職員室に近づくごとに光が強くなる。危うく職員室から出てくる佐山先生にぶつかりそうになった。俺と同じようにマフラーを巻いて手袋をしているので帰るところなのだろう。


「七瀬、お前今帰るのか?さすがに遅すぎだろう」


「ごめんなさい、先生。つい……」


「しょうがない、先生が送っていく。お前の家ここから3キロもあるだろ?」


この田舎には夜に通るバスもなく、街灯も少ない。冬だから外は真っ暗だろう。幸い今夜は月明かりが強い。


「ありがとうございます。でも大丈夫です、母に連絡したので」


初めて先生に嘘をついた。佐山先生には小学生の一人娘がいる。奥さんとは離婚しているらしいので、娘さんは今は家で独りのはず。俺は早歩きでもすればいい。


「そうか。なら安心だ、じゃあな」


俺の言った事を嘘だとも疑わず信じてくれた佐山先生を裏切った気分だ。俺も早く帰ろう。母さんと、今年中学生になった妹が待っている。



学校からだいぶ離れ、田んぼだらけの農道にはいった。車通りもなく、虫の声も聞こえない。不安になりながらも、冷えきった足を速める。しばらく歩いていると、人影がみえた。


夜に人が通るのは珍しいと思いつつも、ただの散歩だろうと気にせずにいた。ようやく姿を認識できる。その人は黒いコートを着てフードをかぶり、異常にゆっくりと歩いていた。


その人も俺の存在に気づいたようで、何故か立ち止まった。俺は嫌な予感が頭をよぎった。加藤が言っていた、『やべぇやつ』。先週から話題になっていた『不審者』。犯人はまだ見つかっていないという。そして、被害に遭った人はいない。


でも、それは外が明るかったからじゃないのか?もしこの人が本当に……


ふと、目が合った。するとその人はフードの下で――笑った。


本能的に俺は学校へ行く道へ走り出した。足音が近づいてくる。せめて、車通りの多い所まで戻らなければ。


しかし俺の足掻きは数秒しかもたなかった。手を捕まれ地面に叩きつけられる。頭をうち、目の前がチカチカする。刃物が月明かりに反射する。


帰らなきゃ。母さんも、理沙も心配してしまう。


腹を刺された。痛くはなく、それどころか心地良い。二度寝をするような感覚だ。そういえば、死ぬ瞬間はエンドルフィンというものが分泌されるらしい。


死ぬ間際、そんなくだらない事を考えながら、七瀬正人(17)は死んだ。




微睡んでいる。少し肌寒く、体が痛い。石の上に寝ている感覚だ。まだ意識があるということは、俺は死んでいないのか?だとすればここは病院だろうか。


上半身を起こし、辺りを見回す。言葉が出なかった。俺は何故、倉庫の中で寝ているんだ?


薄暗い倉庫の中で薄いシーツをかぶっていた。床は板でできている。倉庫の中には大きな箱や小さな箱。俺は咄嗟に自分の腹を確認した。


「……は?」


傷がない。俺の身体では絶対にありえないように、程よく腹筋が割れている。手も、ゴツゴツせずにスラリと細長い指をしている。まるで俺の身体ではないようだ。近くに水の張ったバケツがある。


おそるおそる、覗き込んだ。銀色に輝くサラサラヘアー、金色に光る瞳、高い鼻に形の良い唇。


「これは、俺は……誰だ?」


自分の身に起きている事を理解できずに呆然としていると、背後で床がギシギシと音を立てた。今さら気づいた事だが、数人ここにいる。その1人が今、起きたみたいだ。


「おはようユリス。どうしたの、バケツなんか見て」


その少女は欠伸をして体を伸ばすと、首にかけてある懐中時計をみた。


「少し早いけど、まあいいか。ユリス、アイラたちを起こして。私は外に絶望の糸(スレイザードル)がいないかを見てくるから」


そう言い残して少女は出ていった。……箒に乗って。


どういう事なのだろう。人が箒に乗って空を飛ぶなんて、現実的ではない。それに、自分の容姿も全くの別人になっている。あの時刺されて死んだはずだ。


理解が追いつかなく軽くパニックを起こしていると、突然耳鳴りと頭痛がした。冷や汗が頬を伝う。心臓がドクドクと音を立て、息が詰まる。


「いっで……!」


今まで経験したことの無い痛みに耐えられるはずもなく、気を失った。



気が付くと白い光の空間にいた。光はふわふわと霞み、あたたかい。訳の分からない事が次から次へと起こるので現状を把握しようと周りを見渡す。すると、先程の俺の容姿と全く同じ人がそこに堂々と佇んでいた。


俺はというとしっかり自分の姿に戻っている。男は俺を見下すように眺め、痴れ者を相手にするように舌打ちをした。


「貴様、我の身体を返せ。消すぞ」


言葉の通りにしかねない様子に怯んでしまう。これほどまでに高圧的な人を見たことがない。しかし言葉の割に、彼の声は透き通るように爽やかだった。立ち上がり目線を合わせる。少し見上げるかたちになった。


「すいません、あなたは誰ですか?何故俺は、こんな所に?何故俺はあなたの姿を、それに俺は刺されたはず……」


「いっぺんに鬱陶しいから口を閉ざせ。それに、貴様が我の身体乗っ取った理由はこちらが訊きたい」


「そんなの俺だって分かりません。お互いわからないなら、別の疑問を解決しましょう。ここは何処ですか?」


彼は舌打ちをして苛立ちを隠す様子もない。しかし顎に手を当て、考え込んでいるようだ。美男だからか、様になっている。時々目を細めたり何かを呟いたりと、彼の聡明さが伝わってくる。しばらくすると俺の目を見て問いかけてきた。


「貴様、先刻刺されたと言っていたな」


「うん、言ったよ。それで死んだはずなんだ」


「結論から言えば、貴様はまだ死んでいない」


彼の言う事は到底受け入れられない。しかし、僅かな希望を持ってしまう自分もいる。


「どういう事なのか、説明してもらっても良いですか?」


「聞かせてやろう、憶測ではあるがな。この空間は我の心の奥底であり、ここにいる我と貴様は魂だ。肉体を離れた魂が我の身体に入り込んだのだろう。その上、魂が会話してるのであって、我らが直接会話をしているのではない」


「それなら、あなたの身体には今、魂がふたつあるということですね」


「ああ……指を出せ、1本で良い。もぎとるわけではないから安心しろ」


言う通り人差し指を出す。彼も指を出し、互いにそっと触れた。するとバチン、という痛々しい音が響き渡ったかと思えば、彼は手を抑えていた。指の先がバラバラと崩れている。


「大丈夫ですか!?」


「我は問題ない。魂に痛みは感じないからな」


「触れただけで、こんなに……」


「なるほど、触れ合うと我の魂が消滅するのか。迂闊に触れんな……しかし、困ったものだ」


先程まで堂々と高圧的だった彼は、今はすっかり眉を下げて声も小さく呟いた。


「どうしたんですか?」


会話をして数分なのに、俺はこの人の悩みはただ事ではないと思っている。それほどまでにこの人は聡い。


「……我は、命を捨ててもやりきらなければならない使命がある。アリッシャ・セルズを探し出すことだ。しかし、今この身体の支配権を持っているのは貴様だ」


アリッシャ・セルズ、とは何だろう。初めて聞く言葉だ。そして、この身体は今、俺にしか動かせない。という事は。


「つまり、俺にそれを探せと言う事ですか?」


「話が早くて助かる。だが1人でやれという事ではない。守護者であるマールとアイラ、それにグレゴリーもいる。貴様の名は?」


話がトントン拍子に進んでいく。完全に彼のペースにはまった。


「七瀬正人です……でも、待ってください!探しているそれが何なのか、何のために探しているのか、俺は全く分かりません!」


彼は3度目の舌打ちをした。


「貴様は馬鹿ではないのだから考えろ。説明も面倒だ。我の演技をすれば良いだけなのだから簡単だろう。決して弱さを見せるな」


「……せめて、プロフィール的なものは?」


半ば諦め気味に尋ねてみる。


「……我の名はユリス、『セルズが呼び覚ましもの』。マール、魔法使い。アイラ、剣士。グレゴリー、脳筋バカ。これで満足か?」


淡々と述べられる現実とかけ離れた言葉。夢であるなら覚めて欲しい。それでも、肯定の言葉がついて出る。


「わかったよ。俺がやるしかないなら、やるよ。でも少しは君にも協力してもらうからね」


「元々我の使命なのだから当たり前だ。詰まったりしたら共に考えてやる」


覚悟があるかと問われれば嘘になる。意味がわからないし、命を懸けるのは嫌だ。死の瞬間は多少なりとも恐怖がある。またそんなものに向き合わなくてはならないのか。


けど、愚図っていても何も進まない。このユリスがそれほど大事にしている使命なのだから、恐らく放り投げていいものではないだろう。仕方ない、と割り切れば良い。恐怖を感じたら夢中で走ればいい。


「ありがとう。これからよろしく、ユリス。君の使命は俺の使命だ」


これから俺は『七瀬正人』ではなく『ユリス』として、7つの秘法アリッシャ・セルズを探す旅に出ることになった。

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