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銀の魔法と赤の世界  作者: 永ノ月
3章 古豪の技師と赤の傍観者
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秘密の工房

「宿? 今日は空いてねえよ」

「ここは家出の子どもを匿う場所じゃねんだ。帰りな」

「一泊なら……金貨2枚くらいかな? 高いってんなら他を当たりな」


 三件目の宿を後にし、サラ=メルティアは黙々と歩を進めていた。


 麻色の大きなカバンを背負い、純白のワンピースを纏った上から漆黒のローブを被る。

 フードの隙間からは同じく黒の長い髪と、深い藍色の瞳を覗かせる。


 その表情は今にも泣きそうでもあり、またふて腐れているようでもあった。

 ドラゴン、現在はサラの首にかかる水晶である使い魔のリューは、ここぞとばかりに追い打ちをかける。


『野宿はそんなに嫌か?』

「君は私の何を見てきたんだ? 嫌に決まっているだろう。どれだけ旅をしてきても、私は絶対に土の上よりもふかふかなベッドの上で寝たいし、寝る前にはシャワーを浴びたい」


 主であるサラの考えていることは自分のことのように感じることができる。

 その上で聞いてくるのだから、この使い魔は相当意地の悪いものだと、サラは無用な怒りをまた一つ溜め込む。


 町に着いたにも関わらず、宿が取れなかったのはサラにとって大きな誤算だった。


 ここ数日は野宿が続き、今日こそは屋根とベッドのある睡眠ができるとばかり踏んでいた。それだけにこの仕打ちはサラの心情を大幅に荒れ模様にした。


「この町は冷たいというか、柄が悪いな。料理屋に入っても、昼から酒を飲む男ばかりだったし、お世辞にも治安がいいとはいえない」

『お前も見た目はただの子どもだ。ゴロツキに絡まれても相手にするなよ』

「……そうできればいいんだけど」


 ぽつりと漏らすサラの視線の先には、意味もなく道に座り込む数人の男がいる。

 目を合わせぬようその間を通ろうとするが、案の定カバンの端を掴まれる。


「よう嬢ちゃん、一人か?」


 顔の赤い男が下衆な笑みを浮かべ、道を塞いでくる。離れていても酒の匂いがするあたり、相当酔っているようだった。


 サラは無視して通ろうとするが、数人とサラの前を塞ぎ、足を止める。

 嫌に顔を近づけて、サラの不愛想な表情を覗き込み、ご満悦な笑みを浮かべた。


「家出かい? それなら俺んち来なよ」

「ああやめとけ、こいつ子ども好きだからよ。性的な意味で!」


 ゲラゲラと下品な笑い声を上げる男たちを、サラは静かに睨みつける。


 ただでさえ機嫌の悪い彼女は、考えなしに絡みかかる男たちに呆れを通り越し、今にも手が出そうなほどに怒りを覚えている。

 今にも彼女から魔法が飛び出すかといった瞬間――


「ごめんね兄さん方、ボクの連れなんだ。離してくれないかな?」


 どこからともなく、ひょろりとした長身の男が現れる。

 血よりも赤い派手なスーツを着て、白の紳士帽からは金色の髪が飛び出している。


 西方の大陸を思わせる派手な形相の彼を男たちは睨みつけると、つまんねぇ、と捨て台詞を残してその場を去っていった。


 サラは助けてくれた男の方へ向き直るなり、彼に容姿以外の奇妙な雰囲気があることに気付く。


 周囲を漂うマナが彼に集まっている。それはつまり――サラと同じ、魔法使いである証だった。彼も気付いているようで、赤い瞳はサラを捉える。


 どこか間の抜けたような声で、男は問うた。


「で、君はどこの魔法使い? どこか見覚えのある顔なんだけど、名前を聞いても?」

「私はサラ。サラ=メルティア」

「サラ……ああ、アリアのお弟子ちゃんかぁ。大きくなったねぇ」


 久しぶりに聞いたその名前に、サラは思わず反応してしまう。食い気味に彼へと詰め寄る。


「師匠を知ってるの?」

「知ってるも何も、ボクと君は一度だけ会ったことがあるよ。まあそれも君がまだ小さかったときだけど」


 サラの記憶ではこんな奇々怪々な恰好をした人は見たことがない。端的に言えばうさんくさい男だが、アリアを知っているだけで彼はそれだけ信用に足る人物であることに間違いなかった。


「記憶にはないけど、師匠を……アリアを知っているなら、君は信じられる」

「認められたようで助かったよ。でもまあ、君だけでも生きててよかった」


 その言葉に、ついサラは表情を曇らせる。


 悪意がないことはなんとなく判るのだが、改めてアリアが死んだと言われたようで、サラは複雑な感傷に浸ってしまう。

 男は続けた。


「気を悪くしたことには謝ろう。アリアが死んでしまったことはボクも悲しいよ。でも、君は生きていた。それだけで十分さ。なんせ君は、ボクが知る限りじゃ最年少の魔法使いだからね」

「それならいい、ありがとう。そういえば、君の名前は?」


 男は一度笑顔を作り、帽子を取って深々と頭を下げる。視線だけサラに向けて、名乗る。


「ボクはウォーカー。転移魔法を得手とし、世界を巡っている者。またの名を赤の傍観者とも呼ばれているよ」

「よろしくウォーカーさん。ところで、君はどうしてここに?」


 彼は再び帽子を被ると、おどけたように首を傾げる。サラはその意図が判らず、同じように首を傾げる。


「もしかして知らないのかい? てっきり同じ目的で来たのかと思ったのだけれど」

「少なくとも私は、旅の途中でたまたま通りかかっただけだ」

「そうか。確かにお弟子ちゃんが知る由もないか。うんうん」


 一人でなにか納得したようで、満足げに頷いている。

 それが気に食わず、なんなのかとサラは続きを促すと、ウォーカーは答える。


「いやね、この町にもいるんだよ。生き残りの魔法使いがね」


 その言葉にサラは肩を震わせる。

 ウォーカーに出会っただけでなく、さらにもう一人の魔法使いがいるのだと知り、不思議と気分は高揚していた。


 確かにアリアは他にも魔法使いはいると言っていたが、こんなにも簡単に会えるとは思っていなかった。

 端的に言って心の準備ができていなかったのだ。


「それは、一体どんな……?」

「うーん。簡潔に言うと、頑固なじいさんかな? ボクもこれから顔を出しに行くんだ。よければ一緒に来るかい?」


 いいのか、という台詞が出る前にサラは強く首を縦に振る。

 その仕草は稀に出る年相応のもので、彼女は恥ずかしくなって視線を逸らす。


 それを見てウォーカーは一笑し「ついてきて」と先を歩き出し、サラはその後をやや駆け足で追っていった。


 ――歩けば歩くほど道に街灯は減っていき、暗く嫌な静けさのあるものへと移っていく。


 ウォーカーが指差したのは、人がいるかも怪しいボロボロの家屋だった。


 看板らしきものがあるが文字は掠れて読めない。ガラスは割れたまま修理もされていない。

 そもそも、こんなところに人が住めるのだろうかと怪しんでしまうような有様だった。


「本当にここなのか?」

「錯視の魔法だよ。ボクらが髪の色なんかを誤魔化すのと仕組みは同じさ」


 そう言って彼が中に入ると、今度は誰かに向けて声を飛ばした。


「やあ、ボクだ。ウォーカーだよ。少しばかり頼まれてほしいことがあるんだけど」


 返事は返ってこない。しかしその代わりというように、壁の一部が泡沫のように溶けて消え、下へと続く階段が現れた。


 その先からは、弱くはあるが明かりが見える。ウォーカーが躊躇なく下っていくのを見て、サラはその後を追う。


 階段は急でこそないが、息が詰まる、まるで人が入ることを拒むような狭い作りになっている。


 中にいるであろう人物について、サラはまったく知らない。

 しかしその人が他人と関わることを喜ぶ人物ではないことが、なんとなく感じ取れる。

 

 恐れながら、しかしそれ以上に興味を持って、サラは古びたドアノブを捻った。

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