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銀の魔法と赤の世界  作者: 永ノ月
2章 青の大地と潮の香り
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そこに困っている人がいるから

『サラ、向こうに人が集まっているぞ』


 リューの言うままに目を向けると、港が何やらざわつき始めたことに気付く。


 海際の小さな港に人が集まっている。視線は海に浮いた小舟に集中しているようで、サラもその人だかりに飛び込んで人の間を通り抜けて進む。


 皆が見ていたのは漁船だったらしい。

 同時に、血まみれの男が一人、仰向けになって乗せられている。

 それを見ると同時、咄嗟にサラは小舟に飛び乗る。人の目など気にする余地もなかった。


 ……脈はない。もうとっくに死んでいるようだ。

 虚ろな瞳が、遥か遠くを見つめているような、しかして死者にもう見る力はない。


 服には大量の血が滲んでおり、そのすぐ近くに、斬りつけられたような跡が無数に残っている。


「襲われたのか?」

「ここ最近じゃ、珍しくないんよ」


 サラが振り返ると、一人の老婆がそう言っていた。

 しわで目が開いているかも見て取れないような年配の女性は、サラに向けてそう言った。


「自然にできたとは思えない」

「そう、この向こうにある無人島に、賊が住み着いたんじゃ。それ以来、魚を捕りに行った漁船はこうして襲われる」


 女性が口重そうに言うと、周りにいた民衆は皆項垂れる。

 さきほどまでの明るい雰囲気は嘘だったかのようだ。


「自警団かなにかは?」

「一昨日に数人で出て行った。それっきり、彼らは帰ってきてないよ」


 民衆からは不安の表情がこびりつき、恐ろしい、怖いと囁いている。


 ――サラは知っていた。人がいる限り争いは生まれる。楽をしたいから人の道を外れる。時には、誰も思いつかない方法で多くの人を陥れようとする。


 戦争という、誰にでも目に見える醜いものがなくなっただけで、この世界には、まだ多くの悲しみや憎み合いがある。


 それがなくなることは永遠にないことを、サラは知っている。


「……じゃあ」

『やめておけ。関わってもお前に得なんて帰って来やしない』


 言いかけたところで、リューは念話で彼女を諭した。

 これから彼女がやろうとしていたことを悟り、それが無駄だということを教えたかった。

 彼女もまた、それを十分に理解していた。


「わかっている。けど、見過ごすこともできない。無害な人たちが虐げられるのは、間違ってるよ」


 すべての悪を倒したいわけではない。サラは勇敢でもないし英雄気質でもない。問題があったとしても、すべてに真っ向から抗うほど熱血でもない。


 けれど、サラはこの村で多くの優しさをもらった。


 個人にではなく、キーンという村の大多数から、サラという一人の人間を歓迎してくれた。

 当然、彼女が魔法使いだとは夢にも思っていないだろう。それでも、この体験はサラの心情を動かすに足る動機だ。


「ご迷惑をおかけしました。早く賊がいなくなるといいですね」

「旅人さんは気にせんでもええよ。昼のうちなら、この村は平和じゃから」


 そう言って、女性はしわだらけの手を差し出す。サラはそれを優しく握り、微笑んでみせる。


「できれば宿を紹介してほしい。それと、できれば美味しいものが食べたい」

「ならうちはどうだ? 宿も飯も安く付けるぜ!」

「おい、うちだって負けてねえぞ!」


 ――騒ぎはやがて静まり、太陽が海に隠れていくとともに、村全体が眠ったように静かになっていった。

 サラは借りた宿で一人窓を開け放ち、波が静かに凪ぐ音を聞く。


「……本当に、海は綺麗だな」

『随分気に入ったな』

「うん。ずっと見ていられる」


 昼は太陽に照らされ、宝石のように輝いて見えた。

 しかし夜は、ぼんやりとした月明り。真っ暗な海は不気味でもあり、また波の凪ぐ音は子守唄のようでもある。

 初めて絵本を読んだときのように、サラは童心に帰っていた。


『本当にやるのか』

「やるさ。このまま放ってはおけないからね」


 リューは静かに問いかける。対してサラも、迷うことなく答える。

 彼にはきっと、サラの行動を本質的に理解できない。それも承知の上で、サラは静かに語りかける。


「……称えられたいわけじゃない。ただ、ここに生きる優しい人たちが不幸な目に遭うのは、嫌なんだ。リューのときもそうだったけど、私はじっとしてられないらしい」

『我の主はそういう奴だったな。まあいい、日が出る前には起こすぞ』

「ありがとう。おやすみ、リュー」


 目を閉じ、ゆっくりと深呼吸する。やがて波と呼吸のリズムが重なり、心地の良い眠りへと誘った。

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