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銀の魔法と赤の世界  作者: 永ノ月
6章 呪いの森と人嫌いの精霊
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薔薇の花言葉

 老人の導かれるままに家へと迎え入れられ、一人には大きすぎるテーブルの前に座る。


「無理やり連れてきて悪かったね。それと、ありがとう」


 なんのことやら、と思うところだが、サラにはある程度の察しがついていた。

 あの場面で。皆が森を憎んでいる中、ただ一人だけ異を唱えた人物。


「あなたが、グランさんですか」

「僕の名前を……なるほど、君は本当に、あの人に会ったんだね」


 老人、グランは懐かしそうに笑ってみせた。

 彼からは魔法使いのようなマナの流れを感じない。やはり、彼は見えるだけの人間のようだ。サラにとっては残念でもあり、嬉しくもある。


「あの人とは、もう会ってないんですか?」


 わかりきった質問だったが、サラは改めてグランに問う。彼は微笑みながらも俯き、話を始めた。


「僕は生まれた頃から、変なものが見えていた。村や小川から小さな光の粒が飛んでいて、あれは何と聞いても他の人は見えていなかった。周りは変なことを言っている、目の病気だとからかわれたものだ」



「ある日友達の悪戯で、森の奥まで行って花を取って来いと森に放り込まれた。僕は怖くて怖くて、入ってすぐに泣き出してしまった。するとね、どこからか声が聞こえたんだ」


 あの夢を思い出す。あのときの少年の面影はないが、この優しげな瞳は間違いなく彼だろうと、じっとグランの瞳を覗き込む。

 彼は続ける。


「辺りを見回すと、木の上にそれは綺麗なお嬢さんが座っていた。一目見てすぐに、彼女は人間ではないと確信した。それくらい、あの人は美しく聡明に見えた。話しかけてみると、お嬢さんは目をまんまるにして、急に慌て始めたものだから、僕は不思議に思った。……今思えば、あのお嬢さんは人間との話し方を知らなかったのだろう」


 そんな様子が脳裏に浮かぶ。何十年経っても、彼女の不器用な部分は変わっていないらしい。

 嬉しそうに話すグランにつられ、サラも頬を緩めて話を聞いていた。


「それから何度か遊びに行ったのだけれど、彼女は人間に話すことなどないと言って、何度も何度も追い返された。それでも僕を見たときは、どこか嬉しそうな眼をしていた。いつしか僕は、そんな彼女に、幼いながらも恋心を抱いていたのかもしれないね」


 グランの表情が曇る。そこからゆっくりと紡がれる言葉は、拭いようの後ろめたさが混じっていた。


「あまりにしつこく来るものだから、食べてしまうぞと言われた。僕は村でもからかわれて、親にも気味悪がられている。そんな辛い時間を生きるのなら、いっそ食べてほしいと返した。彼女はなんて返したと思う?」

「つまらない、人間ごときが、とか?」


 グランは首を横に振る。サラが聞いた話と少し違う、と首を傾げる。

 彼は自分の手をぎゅっと握り、擦り切れそうな声で答える。


「寿命の短いお前たちが、そう命を軽く見るんじゃない。長く生きてこそ、命は輝き、そして大地に還る価値がある、と説教された。きっと彼女なりの励ましだったのだろう。おかげで僕は、今もこうして生きている。それっきり、彼女は姿を現してくれんがね……村のみんなは森を焼き払おうと言っているが、最長老である僕の声で繋ぎ止めている。あの森がなくなってしまえば、もう二度と彼女には会えない。そんな気がしてね」


 肉体のない生命は、人の目には見えづらい。故に彼らは不死であり、突然消えてしまう不安定なものなのだ。


 だからこそ、人間にその存在を見つけられた。

 それが精霊にとって、どれだけ嬉しかったことか。人間には知る由もない。


「あっそうだ」


 サラはその精霊から託されたことを思い出し、ポケットに差していた一輪の赤い薔薇を、グランの前に置く。


「これは……?」

「とある人からの贈り物だ。彼女なりの感謝の気持ちなのだろう」


 グランは薔薇を手に取り、凛々しく美しいそれをまじまじと眺めている。

 まるで意識が吸い込まれたかのように、動かなくなる。

 しばらくすると彼は手拭いで目頭を拭い、自然と笑みが零れていた。


「君は何者なんだい?」

「私は……こういう者だ」


 サラはローブを外し、術式を解除する。

 瞬く間に黒い長髪は鈍く輝く銀色へ、海のような藍色の瞳は、燃え盛る炎のような赤へと姿を変える。


 グランは呆気にとられたように一度驚いた後、目を細め、頷いた。


「そうか。あの人もまた、僕を覚えていたんだね……そうか、そうか……」


 それから、グランが何かを言おうとしては止めを繰り返していた。

 お互いがお互いを忘れているのではと考えていたこの数十年に答えが出た。サラにはまだ、その時間が生む感覚を知らない。


 それは美しく、どこか脆く、それでも絶対に着れることのない、確かな想いの繋がりがあった。

 それをきっと、愛と呼ぶのだろう。





 闇が支配する静かな夜、肉のない女性は自分の庭である静かな森を歩いていた。

 その日はいつもと違って、騒がしい一日だった。


 ドラゴンを連れた魔法使いの少女。恩も借りもないくせに、精霊の重い悩みをずけずけと聞いてくるような、生意気な人間だった。


 けれど……そのおかげで、心はすっと軽くなった気がする。同時に、自分がそんなことを何十年も気にしていたことが分かり、苛立ちすら覚えている。


「あの魔法使いには、感謝しなくてはいけないな」


 ぽつりと呟いたのも束の間、森に何かが入った気配がする。眉間にしわを寄せ、その方向に向かう。


 月明りに照らされていたのは、一人の年老いた男。女性は一度目を細めながらも、その存在が誰なのか。どうしてここに来たのか、察しがついてしまった。


 手始めに、あのときのように、声を投げかける。


「今更何をしにきた」

「遅くなってごめん。ちゃんと長生きしてきたよ。あのときは、ありがとう」


 あのときと変わらぬ無垢な笑顔で、男は答える。

 女性は戸惑いながらも、呆れた面持ちを繕い、顔を逸らして言う。


「来るのが遅い。愚か者め」

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